サハラの盲目
スタチウムが早駆けで領地へと戻り、アナスタジアが呑兵衛な大精霊にとんでもないスピードでビールを飲まれている間、王太子であるサハラは国王であるシルド三世からキツいお叱りを受けていた。
「アナスタジア嬢との婚約破棄を行い、あまつさえ平民と結婚するだと!? 一体貴様は何を考えているのだ!」
「で、ですが父上、私は真実の愛に気付いてしまったのです!」
ダメだこいつは……とシルド三世は大きな大きなため息を吐く。
彼は隣国との親善式に出席するため、サハラが開いたパーティーに関しては委細を彼に任せることにしていた。
成人もし社交の経験を十分に積み、そろそろ独り立ちもさせた方がいいだろうと息子を信じて送り出した……その結果がこれである。
一体どこで育て方を間違えたのか……息子がここまで世間知らずのまま成長してしまったことを悲しんでいいやら呆れればいいやら。
これはいよいよ、次男であるバスクに王太子の権利を譲ることを本格的に考えるべきかもしれない。
「おまけに婚約破棄の慰謝料として、酒税の撤廃をするなど……」
「で、ですが父上。アナスタジアの家はあのニブルヘイムですよ? 酒を作るなどといってもせいぜいが馬乳酒程度では……」
「……はぁ、お前は何もわかっていないのだな」
シルド三世自身、公爵令嬢であるアナスタジアが本気で酒造業を本格的にやろうとしているなどという奇天烈なことは考えてはいなかった。
故に賢い彼女がなぜそのようなことを言い出したのか、シルド三世は彼なりに答えを出している。
「悪しき前例を作り出す……おそらくそれこそがアナスタジア嬢の狙いなのだ」
王太子が婚約破棄の対価とはいえ、公爵令嬢に税の減免を認めてしまった。
これは間違いなく悪しき前例となるだろう。
これを知った上級貴族達は、今後何かあれば、あのニブルヘイムにもやったのだからと税の撤廃を要求するようになるのは間違いない。
減税であればまだ救いようはあるかもしれないが、撤廃を行うのはいくらなんでもやりすぎだった。
「だが既にスタチウムに免税を認めざるを得なくなった。なんとか一代限りと制約はつけたが……」
シルド三世にはこの馬鹿息子がしでかしたことの尻拭いをする必要があった。
子供がやったことだからと許すつもりは今の彼にはない。
むしろそのように甘やかして育ててしまったからこそ、サハラはこのような甘っちょろい人間になってしまったのだと、今後は一切の甘えを許さぬ腹づもりであった。
(その上で平民と結婚などと……そんなこと、許すわけがあるまい)
先日からサハラが結婚したいと言うようになったカーシャについては、当然ながら王の剣を使うことで調べはついている。
平民の出の、サハラの同級生。
どうやら魔法学院時代から交流があるようで、今はサハラが金を出している別邸に囲われているような状態ということだ。
新機軸の魔道具を開発したのは事実らしく、実際に才能がある人間ではあるのだろうが……残念ながら魔道具造りの才能など、王妃にあっても仕方がない。
アナスタジアのように思慮深く二手三手先を読んで行動できる家柄の繋がりが国益となる相手……王太子というカードを最大限利用し国益を得るために、そのような相手と結婚しなければならぬのが王族であるはずだ。
「父上、そろそろカーシャとの結婚を……」
「ならん! 彼女が聖女のような英雄であればまた話は違ったのかもしれないが……ただ物作りができるだけの女に靡くなど……王族としての恥を知れ!」
シルド三世がどれだけ怒っても、サハラはふてくされるだけで結婚の意思を撤回しようとはしなかった。
あまりにも子供じみた息子の様子に、シルド三世は今日何度目になるかもわからないため息を吐く。
国王の受難は、まだ始まったばかりであった――。




