契約
「えっ、ちょっと待……」
アナスタジアの答えを聞くよりも早く、問答無用とばかりにクロノスが彼女の身体の中に入っていく。
全身が虹色の光に包まれ、そのあまりの光量の高さに思わず目を閉じる。
そして輝きが収まったかと思うと、彼女の頭にポンッと時計を模した髪留めが現れる。
「何、これ……」
「大丈夫ですか、アナスタジア様!!」
「うん、大丈夫。平気よ……むしろすこぶる身体の調子がいいわ」
光沢のある髪留めに触れながら、自分の身体を確かめる。
まるで自分が自分ではないみたいだった。
契約による強化なのか、身体の底からとめどなく魔力があふれ出してくる。
これほどの全能感を覚えるのは初めての経験だ。
今ならどんな敵でも……それこそ魔王だって倒せるかもしれない。
実戦経験がないアナスタジアでさえそう思ってしまうだけの圧倒的な魔力が、彼女の身体に備わったのがわかる。
そして変わったのは魔力だけではない。
まるで最初から知っていたかのように、系統外魔法である時空魔法の使い方がわかる。
頭の中に突然説明書をインストールされたかのような感覚に、アナスタジアは戸惑うばかりであった。
『これで契約は成立だよ! 美味しいお酒、いっぱい飲ませてね!』
頭の中から声が聞こえてきたかと思うと、そのまま胸の辺りからクロノスが飛び出してくる。
そしてくるくると彼女の周囲を回ってから、そのまま時計型の髪留めの中に入っていった。
クロノスが入ったからか、時計がカチカチと動き出し今の時刻に合った。
どうやら彼が中に入っている間は、普通に時計としても使えるらしい。
(これは……精霊と契約をした証、なのかしら?)
取れるのかな……と少し不安になったので触ってみると普通に取れた。
髪のお手入れなんかにも問題はなさそうで一安心である。
「せ、精霊と……契約されたんですか、アナスタジア様!?」
「……どうやら、そうみたいね」
「なんで他人事なんですか!?」
「なんだか実感が湧かなくて……」
アナスタジアの言葉に、エッカは完全に絶句する。
精霊と契約ができる人間は非常に少ない。
それこそおとぎ話に出てくるような伝説の存在と知り合い仲良くなることなど、普通はできることではないからだ。
精霊との契約は冒険者や騎士のような自らの腕っ節を頼りにする者達は、どれだけだろうが大金を積んで懇願するようなことなのだ。
だがそれを精霊の側から、しかも言葉を流暢に話す明らかに強力な精霊と契約を交わしてしまうというアナスタジアの規格外さに、エッカは度肝を抜かれていた。
今までも何度も驚いてきたが、さすがにこれは極めつけだ。
(いや、あるいは……この人だから、なのかもしれないな)
アナスタジアには偉ぶったところもなければ、欲がない。
彼女はただ美味しいお酒を造りたいという気持ちだけで魔法を使っている。
その無欲さが、お酒への情熱が、精霊に届いたということなのかもしれない。
エッカはアナスタジアという女性の真っ直ぐさに、心を打たれるのであった。
(私が契約しちゃっても、大丈夫だったかしら……)
そんな風に尊敬の眼差しを向けられているとは気付かずに、アナスタジアは冷静に思考を巡らせていた。
一度してしまえば一気に戦力を上げることができる精霊との契約。
中でも最強格の大精霊と契約を結べたことは本来喜ぶべきことではあるのだが……残念なことにアナスタジアが戦場に出る機会は多分ほとんどない。
しかもこれで、カーシャが大精霊と契約を結んでしまう目を潰したことになる。
もしこの世界がカーシャがクロノスと共に魔王を封印する展開であった場合……めちゃくちゃにフラグを壊してしまった形になる。
(……うん、細かいことは考えないようにしましょう!)
気にしすぎてもしょうがない。
いざとなったら自分がクロノスと一緒に魔王を封印しに行けばいいだけの話だ。
今の自分の力があれば、多分なんとかできるだろう。
『プリアラ』でも時を加速・減速させる時空魔法は、戦闘でもめちゃくちゃ強い扱いだったはずだし。
「まあ、そんなことより今はもっと大事なことがあるわね。熟成を行ってアルコールの角を取ることを考えれば作成に半月はかかる時間を、時空魔法を使えば更に短縮できるはず! よしクロノス、今日中に頑張ってラガーをもう桶一杯分作りましょう! 今度はしっかりと樽熟成もさせた上でね! 飲んだ分は、しっかり働いてもらうわよ!」
「大精霊様と契約して手に入れた力も酒造りに、ですか……これほどの力を手に入れても、アナスタジア様は変わらないのですね」
エッカが笑っていると、彼に釣られたように時計の髪飾りが揺れる。
どうやらクロノスも中で笑っているらしい。
『精霊遣いが荒いねぇ。構わないけど、もしよければ僕にも一樽分くらい譲ってくれないかな? 精霊界に持って行って、女王様に献上したいんだ』
「うん、構わないわよ」
『ありがと、対価の方は女王様が渡してくれるはずだから』
アナスタジアは世界が征服できるほどの強さを持つ大精霊と契約を交わしたにもかかわらず、その力を早速酒造りに使おうと画策し、さっそくお酒を造り始める。
大精霊と共に時空魔法を使いながらラガーを造るアナスタジアを見て、エッカは、彼女のお酒との真摯な向き合い方に感心しつつ、自身も酒造を手伝うのであった……。




