大精霊の対価
「あなた以外に誰がいるのよ。大丈夫、すぐに戻るから」
アナスタジアはあたふたしているエッカをその場に残し、一人厨房へ向かう。
既に夕ご飯の仕込みが始まっていたので、調理人達からスペースの一画を譲ってもらい軽いおつまみを作っていくことにした。
フライパンを置き、下にセットされている魔導コンロのつまみを右に回す。
料理に妥協しない公爵家では、調理関連の魔道具は一通り揃っている。
魔道具コンロは魔力を込めればあっという間に火が灯るので、前世のガス火とそう遜色はない。
火力調節がしづらいので、その辺りは適宜魔力量を増減させて対応するしかない。
ちなみに魔力を入れずとも魔石と呼ばれる魔物の素材を消費しても使えるので、魔法が使えないコックにも安心設計となっている。
「まずはオリーブオイルを薄く引き延ばしてっと」
手を近づけてフライパンが熱されたのをたしかめたら、オリーブオイルを軽く垂らす。
まずは味付けからということで、熱した油の上に鷹の爪とニンニクを投入。
瞬く間に周囲ににんにくの良い香りが漂い、アナスタジアは思わず目を細める。
「んー、やっぱりビールにはガーリックよねぇ。これが使われていなかったなんて信じられないわ」
意外なことに、このバロニア王国では鷹の爪やニンニクといった香辛料はほとんど使われていなかった。
これらは基本民間療法で使う漢方のような扱いを受けており、鷹の爪は気付け、ニンニクは滋養強壮のためのお薬として薬師から処方されるお薬扱いだった。
これを料理に使うという発想自体がそもそも存在していなかったのである。
ニブルヘイムのコックにも、最初に厨房を借りた時はなんでそんなものを……と顔をしかめられたものだ。
「お嬢様、今日も料理ですか?」
「ええ、うちにまた食いしん坊の子が来ちゃってね。彼のための料理を作ってるの」
「くうぅ、良い香りですねぇ。今日の夜はガーリックトーストでも出しますか」
ただその意見も一度ニンニクを利かせたペペロンチーノを食べさせてあげれば百八十度変わった。
おかげで今では、ニンニクはアナスタジア家の常備調味料の一つとなっている。
「おっ、良い感じね」
ニンニクの香ばしい匂いが強くなってきたところで、事前に内臓を取ってから塩を振ってぬめり取りをしておいたエビを投入。
軽く火を通したところでざく切りにしたキャベツを入れ、しっかりとしなしなになるまで火を通していく。
最後に軽く味見をしてから塩で味を調整すれば、お手軽アヒージョ風にんにく炒めの完成だ。
フライパンから真っ白なお皿に移し、皿に垂れたオリーブオイルをしっかりと拭き取る。
クロノスが食べられるように子供用の小さなフォークも用意したら、そのままるんるん気分で部屋へと持っていった。
「お待たせ~、できたわよクロノス」
『よっ、待ってましたっ!』
大分出来上がっているらしいクロノスが、パチパチと手を叩きながら迎え入れてくれた。
エッカはげっそりとやつれた様子で、彼の健闘の後が見て取れる。
「ありがとうね、エッカ」
「い、いえっ、当然のことをしただけですから!」
にっこりと微笑みかけると、エッカは少し赤くなった顔を俯かせる。
多分クロノスに絡み酒をされて、飲まざるを得なかったのだろう。
『もう食べてもいいかい? うーん、食欲をそそる素晴らしい匂いだね!』
ほかほかと湯気を出している料理を見て、クロノスが空を飛びながらこちらに近付いてくる。
フォークを渡してやると、小さな手で器用に持ちながらエビへと突き刺した。
「んーっ!! エビがぷりっぷり! それにちょっと強めに利いてる塩が……ダメだ、喉が渇いてきた!」
ぶりんぶりんのエビを半分ほどに噛み千切ったクロノスが、そのまま右手に持ったビールをぐびぐびと飲み始める。
『口の中の脂と塩っ気を、この酸味の利いたビールで流す! 飲んだ残る苦みの余韻が、口の中を完全にリセットしてくれる! そして再び……エビッ!』
エビを食べ、キャベツを食べ、そしてそのままビールを流し込む。
ビールを飲んだらまたエビを食べ……とクロノスは完全に無限ループに入っていた。
ものすごい勢いで料理とビールが消えていく。
味見しておいて良かった、とアナスタジアはクロノスの好きなように食べさせてあげることにした。
後ろでちょっともの悲しそうな顔をしているエッカには、後でもう一度作ってあげるつもりだ。
食い意地が張っている精霊に食べきられないように、材料を残しておいたファインプレーが活きた形である。
『はふっ、はふっ、そしてこの……香辛料! こいつが僕の食欲を爆増させてくれる!』
「ニンニクっていうのよ。独特な強い匂いが癖になるでしょう?」
『うん、最初はこんな匂いがキツいもの食べてるとかこの子正気かなって思ったけど……こんなにビールに良く合う香辛料は食べたことないよ!!』
精霊がデフォルトで失礼なのはよく知っているので、別に怒ったりすることはない。
彼らは良くも悪くも素直で嘘をつかないので、思ったことを全部行ってしまうだけなのだと、短い付き合いながらもわかっていたからだ。
ニンニクを食べてますます食欲が増進されたのか、ものすごい勢いで料理とビールが減っていく。
料理が食べ尽くされた後もそのままガブガブとビールを飲み……なんとクロノスはあの巨大な桶の半分ほどのビールを、一人で飲み尽くしてしまった。
バキュームのように飲んで食べてを繰り返したらようやく満足したらしく、ふうぅ……といいながら横になりながらぐでーっと身体を伸ばしていた。
最初の頃に感じていた大精霊の威厳とかはもう既に完全になくなっている。
『ごちそうさまでした……素晴らしいものを作ったね、アナスタジア』
「まあ飲み過ぎたことはいいんですが……クロノス、これ作るのに結構時間がかかる最新のビールだったんだけど……」
『ええっ、そうだったのかい? それは悪いことをしたなぁ』
申し訳なさそうな顔をするクロノス。
そう、彼らは純粋なだけで良心がないわけではないのだ。
総じて憎めないやつら、というのがアナスタジアが精霊に抱いている所感である。
大精霊だからといって、クロノスもそこまで悪い性格をしているわけではなさそうだ。
『何かで対価を払ってあげられたらいいんだけど……君公爵令嬢なんだよね? だったら別にお金には困ってないだろうし……』
いや、結構困ってます。実は懐事情は大分カツカツなんです。
アナスタジアが自身と自家のプライドのためにそう言うべきか悩んでいたとっころで、クロノスが『いいアイデアが思いついた!』とばかりにポンッと手を叩く。
『それなら報酬として、僕が契約してあげるよ! 時空魔法が使えるなら、お酒造るのも短縮できるでしょ?』




