大精霊クロノス
『え、僕のこと知ってるのかい? あんまり人里には下りてないはずなんだけどなぁ……』
「(ギクッ)……精霊の子達が言ってるのを聞いたのよ」
『……ふぅん、そっか。まあそうだよね、そうじゃないと知ってるはずもないし』
なんとか切り抜けた……とホッと安堵の息を吐き出しながら、アナスタジアは目の前に居る大精霊クロノスを前に動揺を鎮めていた。
『プリンセス・アラモード』におけるお助けキャラである精霊。
低位・中位・高位とランク分けされている彼らは当然ながら高位になるほどに強くなり、契約時の恩恵も大きくなっていく。
精霊達の中でも強力な高位精霊、更にその中でも最も強力な四人の精霊が、大精霊と呼ばれる存在だ。
目の前の小さな精霊は、ゲーム内で契約が不可能である精霊王を除けば精霊達の中で最高位に位置している、精霊界の四天王のうちの一人なのだ。
『プリアラ』では大精霊との契約ができてしまえば、ゲームパートは一気にヌルゲーと化す。
大精霊と契約すればカーシャ一人で余裕で魔王を倒せるようになるといえば、その強さがわかるだろうか。
『しかし、良い匂いだね……僕もビールには一家言あってね。子供達が美味しい美味しいって言ってるから気にはなって、久しぶりに下界に下りてきたんだよ』
……すんすんと鼻を鳴らしながら桶の周りを飛び回っている様子からは、とてもそんな風には見えないが。
大精霊クロノス――彼は時空属性を司る高位精霊だ。
この世界の魔法の基本は火・水・土・風・氷・雷・光・闇からなる八属性魔法である。
だが大精霊クラスの圧倒的な存在は、彼らにしか扱うことのできない時空・断裂といった特殊な系統外魔法を使うことができる。
時空魔法は『プリアラ』では味方の速度を上げたり相手の速度を下げたりすることができる魔法だった。
クロノスの必殺技は対象を時の牢獄に封印するというものであり、実際クロノスと共に魔王を倒した場合、魔王は永遠の時をその中で生きることになる。
『失礼、つい高ぶってしまった。改めて自己紹介をするね。僕はクロノス。精霊界でも一、二を争うくらいの酒好きさ』
「……精霊って結構お酒好きな子が多いのね」
『その通り、中でも僕は筋金入りさ!』
ドヤッと胸を前に張るクロノスを見て、なんだか精霊という生き物への認識が変わってしまいそうなアナスタジアであった。
ちなみに彼女の後ろにいるエッカの方は、またアナスタジア様がなんかやってる……という感じで、見慣れた呆れ顔で彼女のことを見守っている。
それでも何かあったらすぐに身体を張れるよう、前に乗り出している辺り、きちんとこちらのことを思いやってはくれているようだ。
(うーん、とりあえず……他の精霊達と同じ扱いでいいわよね?)
『プリアラ』において、精霊とは装備品のような扱いだった。
そのためたとえネームドの大精霊であっても、そのパーソナリティーについてアナスタジアが知っていることはほとんどない。
何度もやってきてはお酒をせびっていく精霊にはもう慣れたものなので、アナスタジアはとりあえずいつものようにビールを出して機嫌を取っておくことにした。
樽詰めしたばかりのラガーを出し、ジョッキへと移す。
あのちっちゃな精霊達でもコップでは足りないのだから、大精霊は最初からジョッキで飲ませてあげよう。
『催促したみたいで悪いね』
「実際催促してるじゃない!」……とはさすがに言わず、いえいえと首を振りながらジョッキを渡そうとする。
クロノスの方まで歩いて行こうとすると彼がパチリと指を鳴らし、一瞬のうちに手からジョッキが消えた。
そして気付けば彼の手にジョッキが握られている。
(現実世界だと時空魔法って、こんな使い方もできるのね……)
アナスタジアがその便利さに感心しているうちに、クロノスが辛抱たまらぬといった様子でラガーに目を向ける。
どうやら酒飲みというのは本当らしく、ついいつものくせで上に浮いたカスを吹き飛ばそうとしていた彼は、何一つ浮いていない液面を見てあっと驚いていた。
一体大精霊が何を恐れているのかはわからないが、彼はおそるおそるラガーに口をつけ……そしてそのまま、ものすごい勢いで飲み進めていく。
ジョッキの確度の上がり方が速すぎて一瞬自分でビールを浴びるつもりなんじゃないかと思ってしまうほどの速度でジョッキが空になった。
『ぷっはぁ! なんだいこれ!? 僕がちょくちょく盗み飲みしてるビールと全然別物じゃないか!』
(大精霊も、盗み飲みとかするのね……)
『おかわり!』
「はいはい、ビールは逃げないからそんなに慌てないでね」
精霊達との経験があって良かった、と内心で思うアナスタジア。
もし事前知識なしでいきなり自分が知っているキャラのクロノスと遭遇していたらボロが出ていたかもしれない。
実は最初に名前を言ってしまうというボロを普通に出しているのだが、都合の悪いことはすぐに忘れる都合のいい脳みそをしているので忘れていた。
『んぐっ、んぐっ……いいね! お酒において基本的に苦みってアルコール感とかを伴う嫌なものなんだけど、この苦みはまたちょっと違う。なんていうか……苦みそれ自体が良い意味でプラスに作用してる感じがするよ』
「あら、本当にお酒に詳しいのね。そうしたら……私達も仕事はここまでにして今日はお休みにしましょっか。私も飲もうかしら。エッカもどう?」
「お、俺は大丈夫です……」
クロノスを見て何か感じるものがあったのか、先ほどからエッカは妙に静かだった。
たしかにアナスタジアもなんかすごいプレッシャーを感じるなぁとは思っている。
だが彼女はつい先日国内最強と言っても過言ではないニブルヘイム公爵からお叱りを受けたばかり。
あの時と比べたらぜんぜん威圧感もないし平気よね、とアナスタジアの感覚は完全にバグっていた。
「それじゃあ乾杯」
『うん、乾杯!』
中位の精霊とは違いその場に留まってふよふよと浮かんでいるクロノスと一緒にジョッキを打ち合わせ、一緒にビールを飲む。
「あ、そうだ。飲む前に氷魔法でジョッキとビールを冷やした方が美味しくなるわ」
「ビールだけじゃなく……ジョッキも?」
クロノスが握っているジョッキに一瞬で霜が降り、ビールの中身が急速に冷やされていく。
彼は楽しそうな顔をしてジョッキを傾け……そしてくうぅ~っとおじさんみたいな声を上げた。
『こ、これは……来るねぇ。なんていうか体内にダイレクトにアルコールが届くっていうか……苦みが少し増したけど、それ以上に爽快感があって更にぐびぐび飲めるようになってる! これは……魔性の飲み物だね』
『飲んでもいいかい?』と聞かれたので頷きを返すと、彼が魔法を使った瞬間に空けたジョッキに直でビールが入り始める。
すごい、天然のビールサーバーだわ……などとちょっと失礼なことを思い始めるアナスタジア。
二杯目を飲み終わり、彼女も少し酔ってきているのかもしれない。
『つまみは!? つまみはないのかい?』
「そうね……たしかにつまみも欲しくなってきたわね」
この醸造を行っている場所は厨房にほど近い。
たしかにお酒を飲んで小腹も空いてきたし、ささっとつまみを作ってもいいかもしれない。
「そうしたら作ってくるわ。エッカ、その間の対応はよろしくね」
「……えっ、俺がですか!?」




