第7話 王都グランフェス
王都グランフェスの城門は、何度見ても圧倒される大きさだった。
コレア村の柵が子供の積み木に思えるほどの巨大な石壁が、見上げるだけで首が痛くなるような高さで聳えている。門の左右には武装した兵士が直立しており、出入りする人々の流れを厳しい目で監視していた。ライアは何度か王都を訪れたことがあるが、ギルドで用事を済ませるとすぐに帰ってしまっていたので、街の中をまともに見て回ったことはない。
「でかいのう」
ソルブレアがフードの奥から城門を見上げて呟いた。魔王の娘もこの規模には多少の興味を示したらしい。
「魔王城と比べてどうだ?」
「比べるのも失礼じゃ。魔王城はあの壁の三倍は高いぞ」
「想像できないな……」
城門を潜ると、その先に広がっていたのは圧倒的な活気だった。石畳の大通りの両側にびっしりと店が並び、人々の声が層になって響いている。果物を山積みにした荷車、鍛冶屋の槌音、魔法具を売る露店の怪しげな光。コレア村の一年分の情報量が、この一瞬に詰まっていた。
「おおっ!」
ソルブレアの金色の瞳が、フードの奥でこれまでにないほど輝いた。
「ライアよ! あれは何じゃ! あの串に刺さった茶色いものは!」
「あれは……焼き鳥だな。鶏肉を串に刺して焼いた料理だよ」
「食べたい!」
「いや、まずギルドに──」
「食べたいと言っておるのだ!」
ソルブレアの目に抗えるはずもなく、ライアは財布から銅貨を取り出して焼き鳥を二本買った。ソルブレアは受け取るなり一本を瞬時に平らげ、もう一本に取りかかる。
「うまいっ! コレアボアとは違う美味さじゃ! ライアよ、あっちの赤いものは何じゃ!」
「あれはリンゴ飴だと思う……って、ちょっと待ってくれ」
ソルブレアは聞く耳を持たない。ライアの袖を引っ張り、次から次へと屋台に突撃していく。焼き鳥の次はリンゴ飴、その次は蒸しパン、さらにコロッケ。ライアの財布はみるみるうちに軽くなっていった。
「ソルブレアちゃん、頼むから少し落ち着いてくれ。俺の全財産が……」
そう言いつつも、ソルブレアが美味しそうに頬張る姿を見ていると強く止める気にはなれない。ライアはため息をつきながら、残り少なくなった財布の中身を数えた。勢いのままに王都にやってきたけど、これからどれくらいのお金がいるのだろうか。
大通りから一本裏に入ると、人通りが少し落ち着いた。石畳の路地に面した小さな店々が軒を連ねている。仕立屋、薬屋、古書店。王都の奥行きを感じさせる一画だった。ライアは街の構造を頭に入れながら歩く。ギルド本部は大通りの突き当たりにあるはずだ。
「ライアよ」
「ん?」
「あの匂いは何じゃ」
ソルブレアが鼻をひくつかせている。ライアも意識を向けると、確かに路地の奥から食欲をそそる匂いが漂ってきていた。濃厚で香ばしい甘みとコクのある香りは、屋台の匂いとは明らかに格が違う。
「……料理屋、かな」
匂いの元を辿ると、路地の突き当たりに小さな食堂があった。木造の温かみのある外観で、入り口には『ハンナ亭』と手書きの看板が掛かっている。
ソルブレアは看板など見もせずにドアを開けた。ライアは慌てて後を追う。
「いらっしゃい──あら、小さなお客さん」
カウンターの向こうから声をかけてきたのは、意外なほど若い女性だった。ライアと五つも離れていないだろう。栗色の髪を一つに束ね、白いエプロンを巻いている。穏やかな目元と柔らかい笑みが印象的で、どこか落ち着いた空気を纏っていた。
「我はソルブレアじゃ。この匂いの元を出すがよい」
「あはは、ずいぶん元気な子だこと。今ちょうど出来上がったところなの。座って?」
女将──ハンナは、この若さで一人で店を切り盛りしているらしい。ソルブレアの無礼な注文にも動じることなく、カウンターの椅子を引いてやった。ソルブレアは椅子によじ登ると、カウンターに顎を乗せて厨房を覗き込む。ライアも隣に座った。
「すみません、この子がいきなり……」
「いいのいいの。子供は元気が一番。──はい、お待たせ」
ハンナが出してきたのは、大きな器に盛られた煮込み料理だった。ふっくらと焼き上げられたハンバーグが、深い茶色のデミグラスソースにたっぷりと浸かっている。湯気とともに立ち上る香りだけで、ライアは思わず唾を飲み込んだ。付け合わせに焼きたてのパンが添えられている。
ソルブレアが一口食べた瞬間──その目が見開かれた。
「──っ!」
金色の瞳が、かつてないほどの輝きを放っている。小さな身体が椅子の上で震えていた。言葉を失うほどの衝撃が、ソルブレアの全身を駆け巡っているのがライアにも見て取れた。
「う、うま……これは……なんじゃこれは……!」
「煮込みハンバーグ。うちの看板メニューなの」
ハンナは腕を組んで満足そうに微笑んだ。
「ライアっ! この店じゃ! 我はこの店に住む!」
ライアは額に手を当てた。出会って数日だが、この子が本気で言っていることくらいはもう分かる。
「住むのはちょっと……」
「住むと言ったら住むのじゃ! ハンナ、我の部屋はどこじゃ!」
「うふふ、部屋はないけどおかわりならあるよ」
ソルブレアはそれで満足したのか、猛烈な勢いで煮込みハンバーグを頬張り始めた。
ライアは財布の中身を数えながら、今日の宿のことを考えていた。実際問題、宿が決まってないのだ。王都には安い宿屋があるはずだが、このペースでは一体何日保つか。
「ねえ、あなた冒険者?」
ハンナがライアの腰の装備を見て尋ねた。
「ああ、まあ……一応は」
「若いのに苦労してそうな顔してるわね──この子は妹さん?」
「いえ、その……知り合いの子で。ちょっと預かっていて」
「そう。まあ事情は聞かないわ。うちはご飯を食べてもらう店だから──あなたも食べて。顔色悪いよ?」
ハンナはライアの前にも煮込みハンバーグを置いた。
「あ、でも金が……」
「いいから。こんな顔して来た子を手ぶらで帰すほど、うちは冷たい店じゃないの」
ライアは躊躇ったが、空腹には勝てなかった。一口食べると、疲れ切った身体に温かさが染み渡っていく。王都に来てから張り詰めていた緊張が解けていく気がした。
「──美味しい」
「でしょう」
ハンナは得意そうに笑った。その笑顔がやけに眩しくて、ライアは思わず目を逸らした。
何をやっているんだ、俺は。リーナを助けるために来たんだろ。反射的に自分の心に棘を刺す。
ソルブレアは既に三杯目のおかわりに突入している。




