第5話 旅のはじまり
コレア村を出ると、なだらかな丘陵地帯が広がっている。王都へ続く街道は一本道で、迷うことはない。馬車を使えば二日で着くが、金のないライアには徒歩しか選択肢がなかった。
「王都までどのくらいかかるのじゃ?」
「歩きだと四日くらいかな」
「四日!? 我が飛べばきっと一瞬じゃがのう」
「じゃあ飛んでくれれば──」
「お主を連れてだと、ゆっくり飛ばねばならぬ。四日分の距離をちんたら飛ぶなど退屈で死んでしまうわ」
「……歩こう」
「仕方ないのう」
ソルブレアは不満そうに鼻を鳴らしたが、大人しくライアの隣を歩き始めた。小さな足でとてとてと、ライアの歩幅二歩分を三歩で追いかけていく。
「王都にはどんな食べ物があるんじゃ」
「色々あるよ。焼き鳥とか、リンゴ飴とか、シチューとか。食べたことないものもいっぱい」
「全部食べたいぞ」
「全部は無理だよ。金がない」
「なんじゃ、使えぬ案内役じゃな」
「……これから頑張ります」
何を言われても、ライアの心の中にもやもやは浮かんでこなかった。ソルブレアは子供だし、何よりも欲しかったものをくれた恩人だから。
しばらく歩いた頃、ライアはふと自分の手を見た。昨晩から身体の奥で脈打っている、あの熱い鼓動。確かにまだここにある。
街道脇の草むらに手を向けてみた。何か出ろ、と念じる。雷でも、風でも、何でもいい。学院に通って三日の子供でもおこせるような、ほんの小さな火でいい。
「……」
何も起きない。
「何をしておるのだ」
「いや、魔力をもらったんだからさ。何か出来るかなって」
ライアは期待を込めて拳を握り直した。魔力がある。今までずっと空っぽだった身体に、確かに何かが流れている。ならば──火くらい出せてもいいはずだ。
「……出ないな」
「出ぬのう」
「なんでだ……確かに魔力はあるのに」
ソルブレアは少し首を傾げた。
「我は火も水も出せるからな。お主に入れた魔力で出来ぬ道理はないと思うのじゃが」
「じゃあなんで……」
「知らぬ。人間に魔力を入れたのは初めてじゃからな。お主の身体がどう反応するかなど、我に分かるはずがなかろう」
手を下ろすと同時に、胸の奥がずしりと重くなる。
魔力をもらえば全てが変わると思っていた。冒険者としてまともに戦えるようになる。A級への道が一気に開ける。そう信じていたのに、蓋を開けてみれば何も出来ない。
結局、何も変わらないのか。
「……そう落ち込むな。魔力は確かにお主の中にあるのじゃ。使い方が分からぬだけであろう」
「分からないのが問題なんだ。俺は学院に通ってないから、今から教えてくれる知り合いもいない。独学で覚えるにしても、どこから手をつければいいのか……」
「ふむ。ならこれから学べばよいではないか」
「……そうだね」
簡単に言ってくれる。だが、ソルブレアの言う通りだった。焦っても仕方がない。魔力は確かにそこにある。使い方が分からないだけだ。一つずつやるしかない。言葉を繋げて、心の中を落ち着ける。
目の前に、王都へと続く長い道が伸びている。一歩は小さくても、いつか王都にたどり着く。それと同じだ。
ライアは確かめるようにもう一度だけ手を開いて、それから静かに握り直した。
◆
初日の夜は街道沿いの木の下で野宿した。ライアがいつもの手順で火を起こし、道中の村で買った干し肉を焼く。ソルブレアは「コレアボアの方が美味い」と文句を言いながらも、きっちり二人前を平らげた。
二日目の夜。ライアとソルブレアは街道沿いの林の中で野営をしていた。
ライアは手慣れた動作で薪を組み上げると、火打ち石を取り出した。カチカチと石を打ち合わせ、火花を飛ばし、種火を育てていく。昨日も一昨日もその前も、四年間ずっとこうしてきた。
「お主の火起こしは見事じゃな」
ソルブレアが切り株に腰掛けたまま、感心したように言った。
「下手な魔法使いが火をつけるより余程早いのではないか?」
「褒めてるのか貶してるのか分からないなあ」
「褒めておるに決まっておろう。我は家臣を貶すような器の小さい主ではない」
いつ家臣になったのかという疑問はもう口にしないことにしている。ライアは串に肉を刺しながら、自分の手を見つめた。
昨日から何度も試した。歩きながら、休憩の合間に、寝る前に。手を翳し、念じ、力を込め──何一つ起きなかった。身体の奥に魔力がある感覚は確かにあるのに、それをどう引き出せばいいのか全く分からない。
──でも、行くしかない。魔力が使えようが使えまいが、リーナを救う方法は他にないのだから。
ライアはコレアソルトを振りかけた肉をソルブレアに手渡した。ソルブレアは受け取ると、待ちきれないように齧り付く。
「うむ、やはりお主の肉は美味いのう」
「コレアボアじゃなくて普通の猪だけどね」
「我の舌はそこまで繊細ではない。美味ければよいのじゃ」
星空の下で肉を齧る魔王の娘。その光景にもすっかり慣れてしまった自分に、ライアは少し可笑しくなった。




