第14話 『氷華』の忠告
「……すみません」
セレスティアの羽根ペンが止まった。薄水色の瞳がちらりとライアに向けられる。
「……さっきの」
「あの、そちらの資料の中に、第七次魔界探索記録があると思うんですが……少しだけ見せてもらえませんか」
セレスティアは無言で資料の山を探ると、一冊の記録集を引き抜いてライアの方に差し出した。
「これ?」
「はい。ありがとうございます」
ライアが手を伸ばした時、セレスティアの目が僅かに細くなった。
「一つ聞いてもいいかしら」
「なんですか?」
「あなた──本当にドラゴンを倒したの?」
ライアは一瞬、言葉に詰まった。嘘はつきたくない。かといって「魔王の娘が倒しました」とも言えなかった。
「俺のパーティが倒しました」
「パーティ。ギルドにはそう言っていたわね──そのパーティメンバーはどこにいるの?」
「今は、別行動です」
セレスティアはしばらくライアを見つめていた。嘘をついているとまでは思っていないが、全てを話してはいないと見抜いている。そんな目だった。
「そう」
セレスティアはそれ以上追及しなかった。納得できる答えを引き出せないと悟ったのかもしれない。
「あなた、何を調べているの?」
「……≪白楼の花≫について、です」
「≪白楼の花≫」
セレスティアの声が、ほんの僅かに変わった。嘲笑ではない。驚きとも違う。ライアには読み取れない、何か別の感情だった。
「……あなた、未踏破地域に行くつもり?」
豪傑揃いのA級でも、未踏破地域に挑む者は極僅かだ。比較的安全なエリアで採取可能な素材ですら人間界では法外な値段が付く。まともな神経ならわざわざ金のなる木を素通りして、命を捨てるような真似はしない。
「はい」
「今日A級になったばかりの人間が?」
「……はい」
「死ぬわよ」
淡々とした声だった。脅しでも忠告でもない。ただ事実を述べているだけの、感情を欠いた声だった。
「未踏破地域どころか、魔界の入口付近ですら確実に生き残れる保証はないわ。ましてあなたは──」
セレスティアの視線がライアの装備を上から下まで舐めた。貧弱な革鎧、使い込まれたナイフ、魔法具の類は一切なし。
「……いえ、お節介かしらね」
セレスティアは言葉の続きを飲み込み、手帳に視線を戻した。どうやら会話は終わったらしい。ライアは受け取った記録集を持って、離れたテーブルに座った。
記録を読み進めながら、時折、視界の端でセレスティアの姿が目に入った。資料を繰る指。ペンを走らせる手。時おり地図の一点を指で押さえ、じっと見つめている横顔。彼女もまた、魔界の向こう側に何かを求めている。それだけは確かだった。
日が傾き始めた頃、ライアは資料を棚に戻し、資料室を出ようとした。セレスティアはまだ同じ姿勢で資料に向かっている。声をかけるべきか迷ったが、邪魔になるだけだろうとライアは背を向けた。
背を向けかけた時、セレスティアの声が飛んできた。
「──この部屋の記録は、全て誰かの命で書かれたものよ」
ライアは振り返った。セレスティアは資料から目を上げず、ペンを走らせている。ライアに向けて言ったのかどうかすら分からない。独り言のようにも聞こえた。
だが、その声は妙にライアの胸に残った。




