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日本人の私が次期公爵夫人なんて務まるでしょうか〜恋も試練も簡単にはいかないようです〜【第二部後日談】  作者: 七宮叶歌
第4章 陰り

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陰り1

 明かりを消してから気付く。きちんと針をピンクッションに刺しただろうか。リアナが間違えて針を手に刺してしまったら大変だ。

 踵を返し、テーブルへと近付こうとした時、首筋に鋭い痛みが走った。視線を下げるとナイフの刃が見える。後ろから身体を拘束されてしまった。


「……お前がミエラか。報告通り、間違いない」


 冷静すぎる低い男性の声だ。何が起きているのか理解できない。腕に力を入れると、男性の腕はさらに私の身体を締め付ける。


「主の命だ。騒がないでもらおうか」


 もしかして、誘拐――ううん、殺されるかもしれない。頭に過ぎると、顔から、身体から血の気が引いていく。

 私の身体を引きずるようにして、男性は窓を目指す。駄目だ。このまま連れ去られる訳にはいかない。足に力を入れ、何とか抵抗を試みる。

 それも長くは続かず、片足からパンプスが脱げてしまった。一気に足に力が入らなくなる。

 助けを求められるのは、あの人しかいない。


「……リアナ!」


 震えながら、何とか叫び声を上げる。それも束の間、首筋、そして右腕に火を吹くような痛みを感じたのだ。耐え切れず、その場に倒れ込む。

 人の気配は遠ざかっていき、部屋に外の空気が流れ込む。寒い。誰か助けて。悲鳴も上げられず、何とか這ってベルへと辿り着いた。それを左手でなぎ倒す。床に転がり落ちたので、いつもよりも激しいベルの音が鳴り響いた。

 お願いだから誰か来て。右腕を庇いながら顔をしかめる。

 どうして誰も来てくれないのだろう。絶望に打ちひしがれる。永遠に感じられるような時が過ぎ、ようやく部屋の扉が開かれた。リアナの悲鳴が響き渡る。


「誰か……! ミエラ嬢が……!」


 リアナは一瞬固まったものの、すぐに抱き締めてくれた。その温もりの中で荒い息を繰り返す。

 怖かった。酷く怖かった。今はもう何も考えられない。ただただリアナの腕を必死に掴んでいた。

 明るくなった自室の周りは騒然となり、使用人たちが絶え間なく出入りする。

 そこに白衣を纏った男性が現れた。


「私は医者です。もう大丈夫ですからね」


 穏やかな瞳に、小さく頷いてみせる。

 速やかに傷口には包帯が巻かれていく。


「一体、誰がこんなことを……。酷い傷だな……」


 医者が呟いた言葉が脳に浸透していくようだった。

 この事件の一報は、すぐにルーゼンベルク公爵家に伝えられたらしい。泣き出しそうなヒルダと、赤髪の男性が私の元に駆けつけてくれた。


「ミエラ! 何があったのぉ!」


「ヒルダ、落ち着いて」


「だってぇ!」


 二人はしゃがみ込み、私の顔を覗き込む。男性の眼鏡の奥にある水色の瞳は、悲しげに揺れていた。


「大丈夫ですよ。私とヒルダが来ましたから。クローディオもこちらに向かっていますからね」


 この人がセドリックなのだろう、とぼんやりと思う。小さく頷き、無言で唇を噛み締めた。

 私を襲った男性は誰だったのだろうとか、何が目的だったのかなど、考える余裕もない。襲われた恐怖の余韻を引き摺り、身を縮める他になかった。

 傷の処置も終わり、医者はお辞儀だけをして去っていく。セドリックは立ち上がり、歩みを止めた医者の元へと走り寄る。二人で何か話すと、セドリックは苦虫を噛み潰したような表情でこちらに戻ってきた。


「何を話してたの?」


 ヒルダが小さく首を傾げると、セドリックは首を横に振る。


「後で二人になったら話しましょう」


 私に聞かせられないような話なのだろうか。余計に不安が広がっていく。それでも不満は言えずに言葉を飲み込んだ。


「ミエラ、ベッドに行きましょうか。私に掴まって」


 半ばセドリックに担がれてベッドへと移動する。ベッドに座り込んで息を吐き出すと、途端に傷が痛むように感じられた。


「痛い……」


 弱音まで漏れてしまう。ヒルダは錠剤を取り出し、私の手の平の上に乗せてくれた。


「鎮痛剤だよ。飲んで」


 言われるがままに薬を水で流し込む。すぐに効く訳でもなく、痛みが引いた気はしない。眉をひそめて痛みに耐えていると、一際大きく扉の開く音が響く。私が一番見たいと思っていた顔だ。感情の糸はぷつりと切れてしまった。


「ミエラ!」


「怖かった……。怖かったよぉ……!」


 駆け寄ってきてくれたクラウに飛び付き、わんわんと泣き声を上げる。クラウも黙って私の背中を撫でてくれた。午前一時の時計が腹に響くように鳴る。

 どれくらいの間、そうしていただろう。ヒルダが横から水の入ったグラスを差し伸べてくれた。


「ミエラ、少しでも飲んで」


 受け取ると、ちびちびと飲み干す。喉が渇いていたのが分からないほど、私の感覚は麻痺していたらしい。


「ミエラ、今日は寝てないでしょ? 少し寝よっか」


 ヒルダはグラスを受け取りながら、そっと微笑む。クラウとセドリックも頷いてくれたので、その言葉に甘えて休ませてもらうことにした。クラウが布団を持ち上げてくれたので、そっと身体を横たえる。


「三人は……寝たの?」


「俺たちのことはいいから」


「でも……」


「でもじゃない。今日くらい、俺たちの言うことを聞いて欲しい」


 クラウが涙を滲ませて言うので、何も言い返せなくなってしまった。瞬きをしていると、私の片手を温かくて柔らかなものが包み込む。その温もりが心地よくて、自然と瞼は視界を閉ざしていた。


「ごめん……」


 暗闇の中で、クラウの声が小さく聞こえた気がした。

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