便り2
通された自室は、またも薄ピンクの調度品で溢れた部屋だった。ヒルダに促されるままにふかふかのソファーに座り、キャサリンとヒルダを見上げる。
キャサリンは優しい眼差しのまま、声を張る。
「ミエラ。貴女には家庭教師からの教育を受けてもらいます。明後日から早速、授業に入らせてもらいますね。ヒルダ、家庭教師の手配はできる?」
「うん。任せて」
ヒルダは考える間もなく、大きく頷いた。
どんな授業が行われるのだろう。きちんと頭に入るだろうか。家庭教師はどんな人なのだろうか。親身に教えてくれるだろうか。心配は尽きない。息を詰め、拳を作った。
キャサリンはヒルダと小さく頷き合い、少し表情を緩める。
「というわけですから、今日と明日はゆっくり休んでくださいね。身体のメンテナンスも公爵夫人の立派な仕事ですから」
「分かりました」
既に私は試されている。家庭教師が入る前にも寝冷えをして風邪でも引けば、体調管理がなっていないと叱られるに違いない。
キャサリンはヒルダに向き直り、小さく息を吐いた。
「ヒルダ、帰りますよ」
「えっ? もう?」
「私たちがいては、ミエラが気疲れしてしまうでしょう?」
ヒルダは唸り声を上げたものの、納得したらしい。「分かった」と小さく呟く。一人の時間を作ってもらえるみたいでよかった。緊張の連続で、私の心もすり減っているところだった。
部屋から出ていく二人を深々とお辞儀をして見送ると、再びソファーに身を投げた。はっきり言って、もう眠ってしまいたいほど疲れている。
そこへリアナが封筒らしきものを持って現れた。
「これ、ミエラ嬢宛てに届いています」
「何~?」
「ブラストン伯爵夫人からのお手紙です」
ブラストン伯爵夫人という人物に心当たりがない。私の家庭教師なのだろうか。訝りながらリアナから封筒を受け取り、中身を取り出す。
* * *
ミユへ
ミユがこの手紙を読んでるっていうことは、無事にクラウと会ってサファイアに到着できたんだよね。
そっちはどう? 雪が多くて、寒くてビックリしてるでしょ。ゆっくりできてるかな。
あたしはアレクと二人で、元気にトパーズで暮らしてるよ。アレクったら、一ヶ月も経たないでガーネットまで迎えに来てくれてビックリしちゃった。
あたしたちは難なく結婚できたけど、ミユたちはきっと大変だよね。だってクラウったら公爵家の出身なんだもん。スティア生まれのあたしでも臆しちゃう。
でも、二人なら大丈夫だよね。そうに決まってる。二人の結婚報告、楽しみにしてるね。
またね。次はアレクにもちゃんと書かせるよ。
フローリア・ウィンスレットより
* * *
「フローリア……」
フローリアとはフレアの本名、ウィンスレットはアレクの苗字だったはずだ。本当に結婚してしまうなんて、流石はあの二人だ。
「フレア……!」
懐かしくて、嬉しくて手紙を抱き締めた。二人が幸せそうにしているところを想像するだけで、胸が温かくなる。
「私、頑張るね」
そっと囁き、もう一度、便箋の文字を見てみた。几帳面なフレアらしい丁寧な字だ。
私も返事を書こうとリアナに手紙一式を用意してもらい、便箋と対峙する。
* * *
フレアへ
フレア、手紙ありがとう! 手紙だけでも話せて凄く嬉しいよ~! もう話せると思ってなかったから。
アレクと結婚出来たんだね! ホントに良かったよ~。
私たちは八ヶ月間、離れて暮らすことになっちゃった。私、次期公爵夫人としての知識と教養を勉強しなさいってクラウのご両親に言われちゃって。週に一回は会えるんだけどね。
寂しいけど頑張ってみせる。八ヶ月間だけ乗り切れば、クラウとずっと一緒に暮らせるんだもん。
たまにこうして手紙書いても良いかな? 駄目って言われても書いちゃうけど……。
私もフレアとアレクがずっと幸せに暮らせるように祈ってるよ。
ミエラ・アークライト
* * *
封筒には青い封蝋をしっかりと押し、リアナへと手渡した。無事にフレアの元へ届きますように。そして、二人が笑って読んでくれますように。思いをしっかりと託したつもりだ。
さて、早速、手持ち無沙汰になってしまった。この広い屋敷で、話し相手もいないのに何をすればいいのだろう。考えるよりも早く、睡魔に襲われる。視界は徐々に狭まっていく。重たい瞼を持ち上げられない。
倒れ込むようにソファーへと横になる。そのまま意識は暗闇へと落ちていった。
* * *
私を呼ぶ声が聞こえる。誰の声だっただろう。少しだけ低い女性の声で、困っているようで。瞼を開けていくと、そこにはグリーングレーの瞳があった。
「ミエラ嬢、お食事ができていますよ」
食事とは夕食だろうか。それとも朝食だろうか。時間の感覚が全くない。
天井を見上げてみるとシャンデリアが輝いており、カーテンは閉められている。きっと夜なのだろう。
理解が進むと同時に身体を起こし、瞼を擦る。
「分かった」
小さな欠伸を一つし、リアナに続いて部屋を出た。サファイアに来てからというもの、たった一人で食事を摂るのはこれが初めてだ。これからこんな毎日が続くのだろう。無意識のうちに、胸に片手を当ててしまった。
暖炉の火が灯る温かいダイニングには、出来立ての食事が用意されていた。それらをなんとなく眺め、席に着く。
「いただきます」
一口いただいたホタテのマリネは、ほどよい酸味と濃厚なコクを感じられる。美味しい。たったそれだけを思うと、はらりと涙が零れ落ちてしまうのだ。片手で涙を拭きながら、ゆっくりと食事を平らげていった。




