便り1
別れの時はあっという間に来てしまった。荷物も持たずに、キャサリンやヒルダ、リアナと四人で馬車に乗り込もうとしたところで振り返る。屋敷の大きな扉の前では、クラウが潤む瞳で私を見ていた。その後ろにはレオニスもいる。
「精一杯、頑張るんだぞ」
「はい」
応援はしてくれているのだろうか。レオニスが笑顔で力強く言ってくれたので、私も大きく頷いてみせる。
クラウは何も言ってくれない。ううん、言葉が見つからないだけだろうか。ただ、私を見詰めるだけだ。
「行ってくるね」
私が囁くと、クラウは目を伏せてしまった。せめて『頑張ってね』とか、何か一言でも言って欲しかったのに。仕方なく、クラウとレオニスに背を向ける。
待っていてくれた女性陣三人に続き、馬車へと乗り込んだ。ドアが私たちを隔てても、視線が離れることはない。
馬車が車輪を回し始めると、クラウの足も前へと出る。思わず私も叫んでいた。
「頑張るね〜!」
目頭が熱くなる。それも束の間、クラウの膝がガクリと折れた。それでも馬車は止まらない。「あっ」と小さな声が漏れる。
「大丈夫だよ。クローディオったら大袈裟なんだから」
向かいに座るヒルダは苦笑いをし、髪をサラリと撫でた。
「ですが、あんな表情のクローディオ卿、初めて見ました」
「それもそうですね」
驚いた様子のリアナに、キャサリンも小さく頷く。
「そもそも、どうしてクローディオはミエラを選んだんだろ?」
ヒルダの一言で、三人の視線が私に集中する。無言の圧が私にのしかかる。
「あ、あの……」
「二人の馴れ初めを聞かせてもらおうかなぁ」
ヒルダのちょっとだけ意地悪な目が心地悪い。
どこから話せばいいだろう。私たちの場合は、今世での出来事では済まない。ドレスを握り締め、慎重に口を開く。
「話は百年前に遡るんです」
「どうして?」
理由を言ってしまえば、私の何かが変わってしまうような気がする。息を詰め、唇を噛んだ。
「私たちは、前世でも恋人だったんです」
信じてもらえるとは思わない。予想通り、三人は眉間にしわを寄せた。でも、これが私たちの真実だ。私の思うままに、さらに言葉を並べていく。
「先に死んでしまった私と、後悔するクローディオがまた出会って、優しくされて、自分の気持ちに気付いて……私たち、何回も一緒に泣きました。それで、また恋をして……。そこからはご想像にお任せします」
物凄く簡潔に纏めてしまった。これ以上の言葉はいらないし、説明する必要もないだろう。
ヒルダは眉をひそめたままで、キャサリンはちょっと目を見開いて私を見詰めるだけだ。
間を置いて、ヒルダが身を乗り出した。
「……クローディオが先に、ミエラに優しくしたの?」
「はい」
「ありえない。あのクローディオだよ?」
ヒルダはキャサリンの方へと視線を遣ると、キャサリンも首を傾げた。
「あんなに、ご令嬢に興味がなさそうだったのに」
「だよね」
「それは……」
私に心当たりがある。百年前のクラウ――リエルがプロポーズしてくれた、あの時の笑顔が蘇った。
「私が死んだのは自分のせいだって思ってたみたいなんです」
今はタイムカプセルの中で眠っている、百年前の私――カノンとリエルの結婚指輪がその証拠だ。彼は転生する度に、カノンの指輪を身に付けていた。今世も例外ではない。
「転生する度に私を探し回って、ワープして、寿命を縮めて……本当にクローディオにはなんて言っていいのか……」
「ワープ?」
「それって、百年前も二人は魔導師様だったってこと?」
「はい」
ヒルダとキャサリンは顔を寄せてコソコソ話を始めてしまった。罪の重さに耐えられず、手は小刻みに震えてしまう。
二人は話し終わると、意気消沈した表情で俯いてしまった。先に口を開いたのはヒルダだ。
「クローディオが社交界に興味を示さなかった理由が、何となく分かった気がする」
大きく息を吐き出し、小さく唸る。
「ミエラしか見えてなかったんだもん。そりゃ、他の令嬢なんてどうでもいいよね」
ヒルダに続き、キャサリンも何度か頷いた。
「八ヶ月も面会は極力禁止なんて、残酷なことをしてしまいましたね。ごめんなさいね」
キャサリンは謝るべきではない。親として当然のことをしただけなのだから。
私も大きく首を横に振ってみせた。
「クローディオにつらい思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「貴女もつらかったでしょう? 謝らないで。それより」
キャサリンは儚く微笑み、私の手を取った。
「あの子に出逢ってくれて、ありがとう」
その仕草が、表情が私の胸を熱くする。止めどない涙まで溢れてくる。私は感謝されるべきことなんて、何もしていないのに。
「ミエラ嬢ー!」
隣に座っているリアナが声を震わせ、私に抱き着いてきた。その腕を掴み、私も声を上げて泣き出してしまった。
何とも言えない空気が馬車を包む中で、進路は右へと曲がった。門をくぐり、同じくレンガ造りの屋敷へと入る。
ここが別邸だろうか。本邸よりは小さく見えるけれど、それでも大豪邸には変わりない。
八ヶ月間、ここが私の戦場となるのだろう。




