作戦3
ライアンについていった先には、使用人たちの仕事場であるキッチンがあった。シェフはフライパンを握り、執事やメイドたちもカトラリーや皿を並べている。
「みんな、ただいま! リアナも帰ったよ」
ライアンが声を張ると、使用人たちの顔がこちらを向く。私の顔を見て口を大きく開ける者、青ざめていく者、カトラリーを落とす者、反応はどれもよくはない。それが私に対する緊張であることに気付くまで、そう時間はかからなかった。
「どうしてミエ……リアナがここに?」
一人のメイドが震える声を振り絞る。
「使用人仲間が一緒にいちゃマズい?」
「そうじゃ……ないんだけど、見慣れてないから」
メイドは苦笑いすると、躓いて転びそうになってしまった。私と年の近そうなメイドが一脚の椅子を持ってこちらへと走り寄る。
「リアナはここに座ってて」
「えっ? でも――」
「怪我してる子に仕事はさせられないから」
私も手伝った方がいいのだろうかと手を伸ばす前に、彼女はにこっと微笑んだ。しかし、目が悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「あの時は……申し訳ございませんでした」
去り際の聞こえるか聞こえないかの声量の言葉に、思わず息を呑む。緊張のせいだけではない。使用人たちも事件の影を背負っているのだ。左手で拳を握っていた。
ライアンもさり気なく椅子を進めてくるので、素直にそこへ腰を落とす。すると、使用人たちの顔にも若干の安堵が広がっていったようだ。ライアンもほっと小さな息を吐く。
「じゃあ、僕も行ってくるね」
ライアンも手を振り、持ち場へと戻る。
今頃、クラウとリアナは何をしているのだろう。偽りの恋人を演じているのだろうか。それとも、個々に作戦を練っているのだろうか。姿が見えないだけに、余計に気になってしまう。
「ディナーまであと三十分だよ! みんな、集中!」
ライアンの声にも反応できないほど、頭の中には思考という名の霧が広がっていた。
大きなミスはなく、四人分の食事は出来上がっていく。この食卓を囲む時には、私の席にはリアナがいるのだろう。少しだけ沈んでしまった心を立て直そうと、背伸びをしてみる。
「リアナ」
近くで囁かれた声に、肩が小さく震えた。声のした方を振り向いてみると、一人のメイドが佇んでいた。
「今日、私が食事の控え担当なんだけど、リアナも行くよね?」
「食事の控え?」
「うん。食事中にカトラリーを落としたりとか、何かあった時のためにダイニングで控えてる使用人のこと」
ああ、そういうことか。一人で納得し、大きく頷いてみせた。立場はどうあれ、クラウの傍にいられるのならできるだけいたい。リアナに嫉妬するわけではないと思いたいのだけれど、本物の恋人は私なのだ。
メイドに従い、ダイニングへと入った。食事は既に並べられ、食欲をそそる匂いを漂わせている。
ここまで来たのはいい。しかし、どんな顔をして四人を見守っていればいいのだろう。気持ちの整理がつく前に、廊下から足音は近付いてくる。ライアンが扉を開けると、セドリックを先頭に、ヒルダ、クラウ、リアナが揃う。その表情はみな固い。会話もなく、食事は始まろうとしていた。その中でクラウだけがそっと手を合わせた。
「いただきます」
言いながら、私を見てにこっと笑う。その瞬間、頬が高熱を発した。
ヒルダがくすりと笑う。
「それ、何かの呪文?」
「ミエラ流の食事のマナー。ね?」
「は、はい……」
先ほどの笑顔はどこへ行ったのか、クラウは冷めた表情でリアナを見る。そんなことをするから、リアナも委縮してしまったようだ。
話題の中心は私のはずなのに、話に入っていけない。まっすぐにクラウを見ることができず、軽く唇を噛んだ。
セドリックはカトラリーを動かしながら、僅かに視線を落とした。
「クローディオ。これ以上、犯人が姿を見せなかったら陽動作戦をしましょう」
「それって……」
「ミエラを短時間だけ外に出すんです。言ってしまえば、餌を巻く……そんなところでしょう」
あまりにも危険すぎはしないだろうか。外に出た時に犯人に狙われてしまえば、リアナを守る人が手薄になってしまう。
しかし、私は今はただのメイドだ。異を唱えることもできずに、ことの成り行きを見守るしかない。
「俺は賛成だよ」
「でも、それで犯人に襲われたらどうするの?」
「その時のために、私たちが見張るんですよ」
セドリックなりに、最悪の事態は想定しているらしい。それを踏まえての陽動作戦だというのなら、強い理由もなしに反対はできないだろう。
「ミエラ、いい?」
「私のことは何なりとお使いください」
リアナも決意に満ちた表情で言うので、作戦の実行は決まっただろう、四人揃って頷くのはいい。その輪の中に私も入れてくれと願わずにはいられなかった。
「犯人は現れるでしょうか……」
自信なげにリアナが俯くので、クラウはリアナから目を逸らした。
「現れてくれなくちゃ困る。こんな茶番、いつまでもやってられない」
その言葉には怒り、憎しみ、苛立ち――全てが入っているようで、胸がきゅっと締め付けられるようだった。




