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日本人の私が次期公爵夫人なんて務まるでしょうか〜恋も試練も簡単にはいかないようです〜【第二部後日談】  作者: 七宮叶歌
第5章 作戦

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激動1

 陽動作戦の詳細は見せてもらうことができず、一日が終わろうとしている。メイド伝手に聞いた話では、犯人は現れなかったらしい。襲撃されずに済んでよかったのか悪かったのか分からず、心にしこりだけが残る。そして、ベッドの中で右腕が痛んだような気がしたのだ。またあの日のような出来事が起きそうで、胸が冷えていく。

 いつの間にか夜更けは通り過ぎ、小鳥たちがさえずり始める。自分でカーテンを開けると、窓の外ではダイヤモンドダストが輝いていた。触れれば壊れてしまう、儚い輝き――。

 カーテンをぎゅっと握り締め、思う。今日は犯人が捕まるだろうか。リアナは無事に済むだろうか。事件の決着がつかない限り、この不安は消えはしないのだろう。

 窓の傍で佇んでいると、ノックの音が響いた。


「リアナ、おはよう」


「おはよう」


 現れたのはライアンだ。若干、表情を強張らせながらにこっと微笑み、瞬きをした。


「今日はランドリー室で仕事だよ」


「分かった」


「その前に、朝食を食べよっか」


 寝室だけではない。食事も使用人たちと一緒だ。シェフの腕が立つので、食事に文句は一つもない。ただ、クラウと一緒にいられないことだけが心にぽっかりと穴を作る。

 キッチンでサンドイッチを頬張る。具はカリカリのベーコンとレタス、それにトマトだ。どれもが新鮮で、齧れば心地のいい音が鳴る。


「リアナ」


 隣に座っていたメイドに声を掛けられ、一瞬だけ固まってしまった。食事の手を止め、そのメイドに首を傾げてみせる。


「その……怪我の具合はどう?」

 

 一応、痛み止めの錠剤は飲んでいるから、動かさなければ痛みはない。


「大丈夫だよ」


 そっとメイドに微笑んでみせる。


「そっか……。私たちで力になれることがあるなら言ってね」


「うん」


 あえて礼は言わず、口角を上げた。メイドも悲しそうに微笑むと、自分の食事に戻る。私も齧りかけのサンドイッチを味わい、小さく息を吐き出した。

 食事も終わると、メイドたちに続いてランドリー室へと入る。柔軟剤の花のような香りがふわりと香っている。落ち着く場所だな、と思っていると、昨日と同じように椅子を差し出されてしまった。

 こうもできることがないと、溜め息が漏れてしまう。会話する相手がいるわけでもなく、頭の中はすぐにクラウとリアナに占拠されてしまった。

 メイドたちが水飛沫を上げる中で唸り声を上げ、頭を抱える。何度、時計を見たか分からない。こんな時間なんて、早く過ぎ去って欲しいものだ。

 昼も終わり、もう何度目かの溜め息を吐いた頃、大きな手が私の肩を叩いた。


「リアナ、今ちょっとだけいい?」


 顔を上げると、ライアンと目が合う。彼はゆっくりと瞬きをしつつ、表情を引き締める。


「クローディオ様からの伝言だ。『二十二時を回っても犯人が現れなかったら、俺の部屋に来て』だそうだ。ノックを三回、掛け声は『お呼びでしょうか』」


「分かった」


 時計に視線を移してみれば、時刻は十六時半――あと六時間ある。

 今日こそは、犯人と決着をつけたい。そうでなくては、私はいつまでもリアナのフリをしなくてはいけない。クラウにもまともに会えない。心は重く、叫んでしまいたくなるばかりだ。

 結局、犯人からの動きはなく、夕食も終えてしまった。見ているだけではもどかしくて堪らす、クラウたちの食事の控え担当も外してもらったのだ。屋根裏部屋に戻り、気を紛らわすために深緑の本を手に取った。タイトルは『白いリボンと緑の鳥』、この文章からすると、童話だろうか。

 集中できるはずもなく、すぐに本を元の場所へと戻す。時計を見てみれば、針は二十一時半を指している。約束の時間まで、あと三十分だ。

 鼓動が速度を早めていく。手には汗が滲み、生唾を飲み込む。

 酷く遅く感じられる時間でも、確実に進んでいく。カモミールティーを飲みつつ、時計に目を凝らす。あと十五分、十分、五分――少し早いけれど、クラウの部屋に行ってみよう。

 と、ここで問題にぶち当たった。クラウの部屋の場所を知らないのだ。

 キッチンに行けば誰かに会えるだろうか。呼び出しベルもないので、手段は限られている。

 駆け足でキッチンに向かい、その扉を押し開けた。そこには笑顔で世間話をしているメイド三人組の姿がある。


「話し中にごめんね。私、クローディオ様の部屋の場所を知りたくて」


 息付く暇もなく、メイドたちに投げかけていた。一瞬だけ固まってしまった彼女たちだったけれど、私の顔を見て口角を上げる。


「私が連れて行ってあげる。ユリア、ジェニー、ちょっと待ってて」


「うん」


 メイドの一人が一歩前に出ると、名を呼ばれた他のメイドは小さく頷いた。その表情はどこか固い。作り笑いなのだろうな、と予想はできた。


「リアナ、こっちだよ」


 とはいえ、道案内をしてくれるのは素直に頼もしい。先導するメイドの後に続き、二階へと向かう。本来の私の部屋からほど近い場所に、一際大きな扉が控えていた。


「ありがとう。貴女はキッチンに戻って」


「うん」


 言いながら、メイドは頭を下げる。その直後、慌てた様子で手を振ってくれた。駆け足で去っていく足音が軽快に廊下へと響く。

 鼓動を何とかしようと胸に左手を押し当て、深呼吸をする。そして、クラウの部屋の扉を三回ノックした。


「お呼びでしょうか」


「うん、入って」


 ライアンに言われた通りにすると、部屋の中から声が聞こえた。

 堪らずに部屋の中へと駆け込み、クラウに飛び付く。クラウはいつもと違って私の背中を何度か軽く叩くと、そっと身体を離した。


「リアナ、ごめん。今は主と使用人だから」


「う〜……」


 誰も見ていないだろうから、少しくらいいいではないか。眉間にしわを寄せると、クラウは苦笑いをする。


「それより、もうこんな時間だから。作戦を次の段階に移すしかないと思うんだ」


「次の段階ですか?」


「うん」


 頷くと、クラウの表情から笑みが消えた。

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