作戦2
リアナは焦げ茶のウィッグを被り、私に扮する。顔は似てはいないけれど、暗闇の中で見ただけでは犯人も私の顔を覚えていないだろう。
私も左目に黒の眼帯を付け、オッドアイを隠した。これで私は『リアナ』になったのだ。
頃合いを見て、クラウとライアン、それにヒルダ、セドリックが部屋へと戻ってきた。衣装を交換した私たちを見て、クラウは表情を引き締め、ライアンは小さく首を傾げる。ヒルダとセドリックは納得したように何度か頷いた。
「リアナ、部屋を変えよう」
「う……はい」
クラウに『うん』と言いかけて何とか踏み留まった。傷を庇うためなのか、ライアンがそっと私の背中に手を回す。この腕がクラウのものならいいのにと思ったけれど、口には出さずにいた。
クラウやライアンと部屋を出て廊下を抜け、小さな階段を上ると薄暗い廊下が続く。天井が斜めになっているので、屋根裏部屋なのだろう。幼少期は屋根裏部屋に憧れていたので、場違いと分かっていても小さく胸がときめいてしまった。
十畳ほどの部屋に入ると、飾り気のない椅子にクラウと二人で腰かける。ライアンはクラウの隣で佇んでいた。
「作戦中はここで生活してもらうね。狭いけど、少し我慢して」
「ううん、十分広いから。大丈夫」
つい、いつも通り話してしまった。クラウの眉間にしわが寄ってから、あっと気付く。
「リアナ、敬語で」
「は、はい……」
この距離感が痛くて、左手でスカートを握る。でも、これは私のためでもあるのだ。泣き言は言えず、目を伏せてしまった。
「じゃあ、ライアン、後は頼んだ」
「かしこまりました」
いつもよりも強張ったクラウの指示に、ライアンは頭を下げる。去り際のクラウの「ごめんね」という囁きが耳に色濃く残った。
ライアンはにこっと微笑んだ後、静かに膝を折る。
「ほぼ初対面なのに、リアナに敬語を使えないことを許して欲しい」
「ううん、私のことは気にしないで」
私が首を振ってみせると、ライアンの表情は萎んでいった。
「今回の危険を誰も予見できなかった。ただリアナを危険に晒してしまった。主の大事な人を護衛できなかったなんて、使用人失格だ……」
ライアンは言い淀むと、僅かに唇を噛み締める。
「本当に申し訳なかった」
そして、勢いよく頭を下げる。
私は謝罪なんて望んでいない。逆に、他に負傷者が出なかったことに胸を撫で下ろしているのだ。
「頭を上げて。私はリア……ミエラ様が無事なら、それでいいの」
今、リアナは私――ミエラに変装している。自分で言っておきながら、頭の中が若干混線してしまった。
ようやくライアンはゆっくりを上体を起こすと、すっと私の目を見る。
「リアナ、『J』というイニシャルに身に覚えは?」
問われて、頭の中を探ってはみた。しかし、イニシャルが『J』の人物なんて、私は知らない。それどころか、サファイアではルーゼンベルク以外に知り合いすらいない。犯人も人物の名前は口に出していないはずだ。
首をゆっくりと振り、ライアンの次の言葉を待つ。
「そっか。現場に落ちてたナイフに『J』の文字が彫ってあったから。嫌なことを聞いちゃったね」
『ナイフ』という言葉に、傷口が痛んだ気がする。口を引き結ぶと、傷を庇おうと左手が動く。右腕に触れる前に、慌てて手を止めた。
「リアナ、僕は……」
そんな時に、ライアンは私に揺れる瞳を向ける。
「僕は、クローディオ様とミエラ様の秘密を……いや、魔導師様の秘密を知ってる」
私たちに秘密なんてあっただろうか、と一瞬だけ考えた。ところが、秘密なんて数え切れないほどあるのだ。どのことを言っているのかが分からない。
私が首を傾げてみせると、ライアンは私から視線を外して小さく頷いた。
「魔導師様は、必ず魔導師様として生まれ変わる。魔導師様は神様の分身で、世界を監視する者。そして、ミエラ様は異世界人。なにか間違ってることはある?」
この内容を全てクラウがライアンに伝えたのだろうか。ライアンはこの事実を受け入れてくれたのだろうか。私たちだけで抱えなくてもいい。そのことに、何故か胸が温かくなる。
無言で首を振ってみせると、ライアンはにこっと微笑んだ。
「僕が無理矢理聞き出したことだから、あの方を責めないで欲しい。他言無用を誓わされたし、破ってもいないから。ただ、僕からも言わせて欲しい」
ライアンはすっと息を吸い込み、大きく瞬きをした。
「リアナ、クローディオ様を救ってくれてありがとう」
「私は……何も」
そんな大それたことはしていない。お互い様なのだ。それ以上は言葉が続かず、ライアンを見詰めてみる。
ライアンは遠くの方を見遣ると、小さく口を開く。
「あの方は、ずっとここじゃないどこかを見ていらした。恋人と引き離されて、心ここに在らずみたいな感じで。きっと、あの方も気付かない間にリアナを探してたんだね」
そう言われると、胸が苦しくなる。百年前から、クラウには寂しくてつらい思いばかりをさせてしまった。
私が口を引くと、ライアンは静かに立ち上がる。
「僕も仕事に戻らないと」
では、私をここに置いていってしまうのだろうか。
「……一人になりたくない」
訴えかけるように、ライアンに視線を向けていた。
「リアナも一緒に来る?」
「うん」
「じゃあ、ついてきて」
ライアンは私の歩幅に合わせ、ゆっくりと廊下を進む。今はクラウと一緒にいるであろうリアナが羨ましくなってしまう。
でも、それは違う。リアナは犯人と遭遇するかもしれない恐怖と戦ってくれているのだから。




