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日本人の私が次期公爵夫人なんて務まるでしょうか〜恋も試練も簡単にはいかないようです〜【第二部後日談】  作者: 七宮叶歌
第4章 陰り

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陰り3

「犯人は捕まるんですか……?」


 少しでも不安を消すために、セドリックに焦点の定まらない瞳を向けていた。


「そればかりは何とも……。ルーゼンベルクの力を信用するしかありません」


 セドリックは力なく首を横に振る。その隣で、ヒルダも唇を噛み締めた。

 もう一人きりにはなりたくない。またあんな目に遭うかもしれないと思うと、怖くて堪らない。


「私、まだ一人でここにいなくちゃいけないんでしょうか」


 サファイアに来て、初めて弱音を吐いてしまった。ただクラウと結ばれたかっただけなのに。神を恨んでも仕方のないことくらい分かっている。それでも、神が何とかしてくれていればと考えずにはいられない。

 膝の上で手を震わせていると、その手をヒルダが両手で握ってくれた。


「お父様とお母様は、ミエラが思ってるほど冷徹じゃないから。悪いようにはしないよ」


 今はその言葉を信じるしかない。小さく頷いて、そっと目を伏せた。


「ミエラ、申し訳ありません。人として……サファイア人として、貴女にお詫びさせてください」


「いえ」


 セドリックが謝るべきことではない。でも、謝罪を否定する気持ちにもなれず、口を噤んでしまった。それ以上会話は続かず、部屋の扉は開かれる。


「ミエラ嬢……!」


 この声はリアナだ。ふと顔を上げると、湯気の立ち上る大皿を持ったリアナが涙を浮かべ、その場に佇んでいた。


「私という者がおりながら……本当に申し訳ございません!」


 皿をどこかに置くこともせず、リアナは思い切り頭を下げる。


「リアナ、雑炊を溢しちゃうでしょ? まずはテーブルに置いて」


「あっ……申し訳ございません」


 リアナは頬を赤く染め、大皿をテーブルに置いた。食欲なんてない。コンソメの匂いを嗅いだだけで、もう満腹だ。


「……いらない」


 気付かぬうちに、ぼそりと呟いていた。


「ミエラ、少しでも食べよう?」


 ヒルダの問いかけに、無言で小さく首を振る。そこへ又しても扉が開いた。クラウが戻ってきたのだ。

 歩みを進めるクラウの腕に、よろめいたリアナの身体が軽くぶつかった


「クローディオ卿……!? 申し訳ございませんでした! ミエラ嬢のことも……どのようにお詫びを申し上げたらいいのか……!」


「さっきも言ったけど、君の監督不行き届きじゃないから。今回のことは誰も予測出来なかった。違う?」


「は、はい……。申し訳ございません……」


 ペコペコと頭を下げるリアナに、クラウは苦笑いをする。


「落ち着いて。これは俺が持ってくよ」


「で、ですが――」


「いいから」


 何やら二人で少し揉めているようだ。リアナは何度も頭を下げているし、クラウは困り顔で頭を搔くしで収集がつかない。


「リアナ、下がっていいよ。後は私に任せて」


「は、はい……。失礼いたします……」


 ヒルダの一声で、ようやく諦めたようだ。リアナは深々と一礼すると、部屋から去っていった。

 クラウは溜め息を吐きながらリアナを見遣り、テーブルの上の大皿を手にする。カトラリーも持つと、不機嫌そうな顔でこちらにやって来た。それをヒルダに手渡すと、ドカリと椅子に腰掛ける。

 ヒルダは不服そうに目を細め、口を尖らせる。それを見たのか、セドリックも小さく溜め息を吐いた。


「クローディオ、リアナのことで腹を立ててるでしょう?」


「……うん、ほんの少しだけ」


「怒ったって仕方ないでしょう? 使用人は何も悪くないんですから」


「分かってるよ」


 クラウの反応に呆れたのか、セドリックは肩を竦める。


「『分かってる』じゃなくて、『分かりました』です。こういう時こそ冷静でいなさい。当主としての威厳に関わります」


「……はい」


 先ほども感じたのだけれど、どうやらクラウはセドリックには逆らえないらしい。

 クラウは目を伏せ、膝の上で握られた拳は僅かに震えている。一方でセドリックは僅かに視線を動かしている。周囲を警戒しているのだろうか。

 どうか、三人とも今日はこの屋敷にいて欲しい。寂しさではない。恐れが私の心を突き動かす。


「三人とも、今日はここに泊まっていってください」


 祈るような気持ちで三人の顔を見詰めてみる。すると、三人の表情はすぐに柔らかくなった。


「ミエラを一人で置いていくわけがないでしょ? 大丈夫だから」


 ヒルダは言うと、目を細めて口角を上げる。


「さ、ご飯食べよ? いい感じに雑炊も冷めただろうし」


「本当にいらないんです」


「駄目! 半分でもいいから食べなさい」


 ヒルダはスプーンで雑炊を掬うと、無理やり私の唇に近付ける。嫌々口を開けると、ほどよい温かさの雑炊が口へと流れ込む。

 雑炊って、こんなに美味しかっただろうか。素朴な味わいが舌を、全身を温かく包み込んでいく。

 頬を温かなものが伝っていく。何故か目頭は熱くなっており、鼻も詰まりを感じる。


「ミエラ、ごめん。本当にごめん」


 私が両手を顔に当てると、クラウが背中を撫でてくれた。それがどうしようもなく安心するのだ。


「どうしてヒルダまで泣くんです」


「だって……ミエラは何も悪いことなんてしてないのに、悔しくて」


 三人はそれぞれが違う感情で私のことを思ってくれている。嬉しいのに、感謝の言葉が出てこない。余計に涙が溢れてしまいそうだ。

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