陰り3
「犯人は捕まるんですか……?」
少しでも不安を消すために、セドリックに焦点の定まらない瞳を向けていた。
「そればかりは何とも……。ルーゼンベルクの力を信用するしかありません」
セドリックは力なく首を横に振る。その隣で、ヒルダも唇を噛み締めた。
もう一人きりにはなりたくない。またあんな目に遭うかもしれないと思うと、怖くて堪らない。
「私、まだ一人でここにいなくちゃいけないんでしょうか」
サファイアに来て、初めて弱音を吐いてしまった。ただクラウと結ばれたかっただけなのに。神を恨んでも仕方のないことくらい分かっている。それでも、神が何とかしてくれていればと考えずにはいられない。
膝の上で手を震わせていると、その手をヒルダが両手で握ってくれた。
「お父様とお母様は、ミエラが思ってるほど冷徹じゃないから。悪いようにはしないよ」
今はその言葉を信じるしかない。小さく頷いて、そっと目を伏せた。
「ミエラ、申し訳ありません。人として……サファイア人として、貴女にお詫びさせてください」
「いえ」
セドリックが謝るべきことではない。でも、謝罪を否定する気持ちにもなれず、口を噤んでしまった。それ以上会話は続かず、部屋の扉は開かれる。
「ミエラ嬢……!」
この声はリアナだ。ふと顔を上げると、湯気の立ち上る大皿を持ったリアナが涙を浮かべ、その場に佇んでいた。
「私という者がおりながら……本当に申し訳ございません!」
皿をどこかに置くこともせず、リアナは思い切り頭を下げる。
「リアナ、雑炊を溢しちゃうでしょ? まずはテーブルに置いて」
「あっ……申し訳ございません」
リアナは頬を赤く染め、大皿をテーブルに置いた。食欲なんてない。コンソメの匂いを嗅いだだけで、もう満腹だ。
「……いらない」
気付かぬうちに、ぼそりと呟いていた。
「ミエラ、少しでも食べよう?」
ヒルダの問いかけに、無言で小さく首を振る。そこへ又しても扉が開いた。クラウが戻ってきたのだ。
歩みを進めるクラウの腕に、よろめいたリアナの身体が軽くぶつかった
「クローディオ卿……!? 申し訳ございませんでした! ミエラ嬢のことも……どのようにお詫びを申し上げたらいいのか……!」
「さっきも言ったけど、君の監督不行き届きじゃないから。今回のことは誰も予測出来なかった。違う?」
「は、はい……。申し訳ございません……」
ペコペコと頭を下げるリアナに、クラウは苦笑いをする。
「落ち着いて。これは俺が持ってくよ」
「で、ですが――」
「いいから」
何やら二人で少し揉めているようだ。リアナは何度も頭を下げているし、クラウは困り顔で頭を搔くしで収集がつかない。
「リアナ、下がっていいよ。後は私に任せて」
「は、はい……。失礼いたします……」
ヒルダの一声で、ようやく諦めたようだ。リアナは深々と一礼すると、部屋から去っていった。
クラウは溜め息を吐きながらリアナを見遣り、テーブルの上の大皿を手にする。カトラリーも持つと、不機嫌そうな顔でこちらにやって来た。それをヒルダに手渡すと、ドカリと椅子に腰掛ける。
ヒルダは不服そうに目を細め、口を尖らせる。それを見たのか、セドリックも小さく溜め息を吐いた。
「クローディオ、リアナのことで腹を立ててるでしょう?」
「……うん、ほんの少しだけ」
「怒ったって仕方ないでしょう? 使用人は何も悪くないんですから」
「分かってるよ」
クラウの反応に呆れたのか、セドリックは肩を竦める。
「『分かってる』じゃなくて、『分かりました』です。こういう時こそ冷静でいなさい。当主としての威厳に関わります」
「……はい」
先ほども感じたのだけれど、どうやらクラウはセドリックには逆らえないらしい。
クラウは目を伏せ、膝の上で握られた拳は僅かに震えている。一方でセドリックは僅かに視線を動かしている。周囲を警戒しているのだろうか。
どうか、三人とも今日はこの屋敷にいて欲しい。寂しさではない。恐れが私の心を突き動かす。
「三人とも、今日はここに泊まっていってください」
祈るような気持ちで三人の顔を見詰めてみる。すると、三人の表情はすぐに柔らかくなった。
「ミエラを一人で置いていくわけがないでしょ? 大丈夫だから」
ヒルダは言うと、目を細めて口角を上げる。
「さ、ご飯食べよ? いい感じに雑炊も冷めただろうし」
「本当にいらないんです」
「駄目! 半分でもいいから食べなさい」
ヒルダはスプーンで雑炊を掬うと、無理やり私の唇に近付ける。嫌々口を開けると、ほどよい温かさの雑炊が口へと流れ込む。
雑炊って、こんなに美味しかっただろうか。素朴な味わいが舌を、全身を温かく包み込んでいく。
頬を温かなものが伝っていく。何故か目頭は熱くなっており、鼻も詰まりを感じる。
「ミエラ、ごめん。本当にごめん」
私が両手を顔に当てると、クラウが背中を撫でてくれた。それがどうしようもなく安心するのだ。
「どうしてヒルダまで泣くんです」
「だって……ミエラは何も悪いことなんてしてないのに、悔しくて」
三人はそれぞれが違う感情で私のことを思ってくれている。嬉しいのに、感謝の言葉が出てこない。余計に涙が溢れてしまいそうだ。




