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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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27.師匠と語る未来


 沈黙の後、ティスタ先生は笑顔を浮かべながらお見舞いの品のロールケーキを頬張った。もう語れる話は無いということなんだろう。


「他に何か質問があるなら可能な範囲で答えます。一定の立場以上でないと教えられないこともありますから、トーヤ君が見習い魔術師を卒業した時になりますが」


「…………」


 魔界の滅びの真実、人類の滅びの前兆、話のスケールが大きすぎて頭がクラクラしてしまう。


 僕は、どうすればいいのだろうか。魔術師として何ができるのか。悩む僕の気持ちを察したのか、ティスタ先生は優しく笑い掛けてくる。


「混乱するのも当然です。本当ならもっと早い段階でキミに話しておくべきことでした。魔界の件は謝って済む問題ではありませんが、どうかこの場では謝らせてください。本当に申し訳ありません」


「……いいえ、僕には魔族の血が流れてはいますが酷い目にあったのは魔界を故郷としていた魔族達です。先生が悪いわけでは――」


「我々人間が魔族の故郷を滅ぼしてしまったことは事実。この先、どんなことをしても償いきれません」


 魔術師として、魔界を滅ぼした人間を許せない先生は、人類という種族のひとりとして本気で悩み、魔族へ贖罪をしたいのかもしれない。 


「……魔術という魔族が心血を注いで作り上げた異能を使わせてもらっている身でありながら、私は誰も救えなかった。かつて日本から追いやられた魔族達の背中を思い出す度に思うんです。もっと何かできたのではないかと」


 先生は、空になったコーヒーカップを見つめながら呟く。


 その場にいるだけで人間に大きな影響を与えてしまうほど強大な力を持った魔族は、この国から退去するしかなかった。日本から出た彼等は、今も安住の地を求めて人間の世界を彷徨い歩いているかもしれない。


「国定魔術師なんて称号を貰っておきながら、結局何も……」


 先生は後悔ばかり浮かんでいるみたいだけれど、先生が救ってきた人間、魔族、半魔族は多い。僕は自分の目で先生へ感謝する者をたくさん見てきたし、一緒に仕事をしてきたから身を以って知っている。


 そして何より、先生は大切なことを忘れているみたいだ。


「誰も救えなかったというのは嘘ですね。今、先生の目の前に救われた半魔族がひとりいるんですから」


「え……」


「あなたが思っている以上に感謝している人間や魔族はたくさんいると思います。僕はアルバイトをしながら、先生の背中をずっと見てきましたから」


 大きな力と立場を持っているからこそ、小さな感謝や幸せを見逃してしまうものなのかもしれない。


 先生にとって、人間や魔族を助けるというのは「他者よりも優れた魔術師として当たり前のこと」なんだと思う。当たり前の中で生まれる感謝は、先生にとっては些細なこと。


 何故なら彼女は、根っからの「善人」だから。


「数ヵ月とはいえ、一緒にお仕事をさせてもらったからわかります。先生は多くの人間や魔族に必要とされています」


「……キミは優しいですね。ありがとう。その言葉を貰えただけでも、便利屋のお仕事を続けていた甲斐がありました」


 顔を少し赤らめながら、先生は笑顔を浮かべた。こんな素敵な表情を見せてもらえると、僕もつい恥ずかしいことを口走ってしまう。


「やっぱり僕は、先生がいつもみたいに笑ってくれているのが嬉しいです」


「な、なんっ……キミ、そういうことを簡単に言うのはやめておきなさい。女性を勘違いさせてしまいますよ。大人をからかうものではありません」


「嘘じゃないです。僕は、先生のお役に立つために魔術師を目指していますので」


「……あ、あの、あんまりそうやって持て囃されると……私、調子に乗ってしまいますよ……?」


「はい、調子に乗っていただいて結構です」


 尊敬する先生に、自分の好きな女性に、頑張っている人に笑顔でいてほしいと思うのは当然のことだ。


「先生の抱えていた気持ちを聞けて本当に良かったです。僕も無関係ではないですし」


「あ、いやいや、キミを巻き込もうというわけではないんです。若い子が気にすることでは――」


「いいえ、弟子として先生と問題に立ち向かいたいと思っています。今は未熟者ですが、いつか見習い魔術師から抜け出した時には、改めて先生のお隣で一緒にお仕事をさせてください。お願いします」


「キミの気持ちは私も嬉しいですけれど……他にもたくさんの道がありますから、今から決めなくてもいいんですよ。トーヤ君のように優しい魔術師は、きっと魔術を教える側に向いていますし」


「じゃあ、魔術の先生をやりながら便利屋のお仕事をするのもアリですね。ティスタ先生のように」


「…………」


 先生は僕の言葉を聞いて、呆れつつも嬉しそうに笑った。きっと言いたいことはたくさんあるに違いない。魔術師の便利屋稼業は良いことばかりではないとか、あんまり儲からないだとか、嫌な客の相手もしなきゃいけないとか。


「弟子にそこまで言ってもらえるなら、もう私の方から言うことはありません。私も師匠として、キミが魔術師として成長できるように全力を尽くします」


 ティスタ先生は椅子から立つと、仮眠室の小さな冷蔵庫の方へと歩いて行く。冷蔵庫の中から数本の缶ビールを取り出して、テーブルの上に並べた。


「先生?」


「いやぁ、なんだか嬉しくなったら飲みたくなっちゃってぇ!」


「えー……」


 相変わらずお酒をたくさん飲むようで心配だけれど、僕の目の前で躊躇せずに飲酒をするのは調子が戻ったということなのかもしれない。


「お酒に合うおつまみ、作ってきましょうか」


「さすが我が弟子! よろしくお願いします!」


「任せてください」


 事務所の給仕室へ行こうと立ち上がる僕に向けて、何か思い出したように「ちょっと待った」と声を掛けてくる。


「見習い魔術師のキミに開示できるのは、ここまで。実は、正式に魔術師と認められた者だけが知ることのできる話がいくつかありますが、キミが見習いか卒業した時に話そうと思います」


 ティスタ先生は立ち上がって、僕の頭を優しく撫でながら笑い掛けてくれた。


「いつかキミの立場は「私の弟子」から「ひとりの魔術師」となります。私もキミに頼ることもあるかもしれませんし、キミも私を頼ってくれて構いません。なんでもひとりで解決しようとせずに、周囲に頼ることも忘れないでくださいね。私のようになってしまいますから」


 先生は、ひとりで困難を解決できてしまう能力がある故に孤独に過ごしてきたのではないかと思う。これは、僕が同じ道を歩まないようにアドバイスなんだろう。


「はい、わかりました。先生のお役に立てる魔術師に……いえ、隣に立てる男に成長できるように頑張ります」


「そ、そういう言い方は女性を勘違いさせますよ……自重してください……」


「……いや、本気で」


「そっすか……ふーん……」


 僕の言葉を聞いて、ティスタ先生は顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。そのままテーブルの上のビール缶を手に取って、ちびちびと可愛らしく飲みはじめた。


 いつもの調子に戻ったと思ったけれど、腰に手を当てながら一気飲みをしないのを見る辺り、まだまだ本調子ではないのかもしれない。


 例の呪いの件、今を生きる魔族や半魔族の行く末。人間と魔族が共存する今の世界には、様々な問題がある。


 ひとりよりもふたりで、ふたりよりもみんなで。楽観的かもしれないけれど、いつか様々な種族が手と手を取り合って困難を乗り越える日が来ると信じたい。


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