26.師匠が語る真実②
「話をはじめる前に、呪術という異能の特性を理解をしておく必要があります。簡単に説明しますね」
先生は魔術師でありながら、呪術の知識も身に着けているらしい。
「呪術とは、大きくふたつに分類されます。呪いと呪い。これらは表裏一体です」
呪いは自身に作用させる呪術。
呪いは他人に作用させる呪術。
「千歳さんの場合、肉体に作用する呪い。特定の条件下……主に戦闘時に肉体の強化ができる異能と、自傷行為と出血をトリガーに血液を操る呪いが使えます」
そしてもうひとつ。
呪いの方は大変厄介だという。
「日本では、古くから伝わる『丑の刻参り』なんて手法も存在していますね。あれを実用化したものです。ジワジワと嬲り殺しにしたり、大掛かりな準備と時間があれば即死させることも可能だそうです」
古来より人間の扱ってきた呪いには、ある特性がある。
強力だが、いつか必ず自分へ跳ね返ってくるというものだった。
人を呪わば穴二つ。
その言葉通り、他人へ与えた呪いは必ず使った者に災いをもたらすという。
「ここまでが呪術に関する基本知識の説明です。理解できましたか?」
「呪いは自分へかけるもの。呪いは他者にかけるもの、ということですよね」
「それが理解できているなら、今から話すことを理解できるはずです。ちょっとスケールの大きな話になりますが、ついてきてくださいね」
そして、ここからは魔界で起きた戦争の話。
「今から約150年前、人間世界のとある天才学者が『魔界』という異なる次元に存在する世界の観測に成功しました」
「人間の研究者ですか? 魔術師や呪術師ではなく?」
「異能とは関係なく、常識を逸脱してしまう特異な存在がたまにいるようです」
特定の分野において、特別な才能を発揮する人間。
卓越した運動能力や知能を持った存在。
いわゆるギフテッドと呼ばれる者たち。
不思議なことに、こうした存在が生まれるのは人間だけらしい。
「話を戻しますね。魔界の観測をした人間は、ふとこう思いました。『魔力という異能を備えた魔族は、将来的に人間の脅威になるかもしれない』と」
「…………」
理由を聞いただけで、その考えの先になにがあったのかわかる。
僕は、人間の悪意の中で生きてきた半魔族だから。
「理由はそれだけ。たったそれだけで、人間は魔界を滅亡させました。その過程で生物兵器や化学兵器、核兵器……あらゆる兵器が実験を兼ねて使用されました。人間にとって、魔界は大量破壊兵器や殺戮兵器の実験場でもあったのです」
僕は、自分の目で魔界を見たことがない。
唯一ある魔界の知識は、エルフだった母が残していた写真だけ。
この話が真実だとしたら許せることではない。
自分の先祖がどれほどの目にあってきたのか……今の話だけで理解できる。
「そして、刻一刻と滅亡へと向かう魔界に対して、人間は更に追い打ちをかけました。これが、魔界の環境に対するとどめとなったのですが……」
一瞬、ティスタ先生の表情が強張る。
それを見て、僕は息を飲んだ。
きっとロクなことじゃないとわかるから。
「それが『呪害』と呼ばれる兵器。人間が作り出した兵器の中でも最も恐ろしいものです」
「じゅがい……とは?」
「実にシンプルな構造ですよ。『すべての魔族は死に絶えろ』という呪いを詰め込んだ爆弾……いわゆるオカルト兵器というものです。呪害が原因で、大半の魔族は死に絶えました」
「呪いを、兵器に……」
ここで先生が言っていた呪いに関する前提を思い出す。
呪いは、災いとなって使った者に返ってくる。
では、魔族の大半を殺した呪いはどこに、誰に、いつ返ってくるのか。
人類は、呪いの力を軽視していた。
魔族に向けた呪いが、人類に跳ね返ってくることを想定していなかったのだ。
「どのような形になるか、どのタイミングになるかはわかりませんが、いつか必ずすべての人間に跳ね返ってきます。魔界の魔族は大半が死に絶えた呪い……そのしっぺ返しで人類の9割が死滅するというのが魔術師や魔族の見解です」
「……は? 9、割……?」
ティスタ先生は淡々と事実を告げる。
話のスケールが大きすぎて、現実味がまるでない。
「呪いで魔族を殺した分、何らかの形で人間も死ぬということですね。1年後か、10年後か、100年後か……人類存亡の危機がいつ来るのかは、今はわかりません」
呪いの形は、疫病や戦争、あるいは人間には対処できないほどの自然災害になるかもしれない。
「難しい話ではありません。他者を呪った報いが、いつか人類に返ってくるということ。おそらく異能の力を持たない人類全員に牙を剥くということ。そして、それがもうどうしようもないということ」
冷めてしまったコーヒーを飲むティスタ先生。
その碧い瞳は、曇天のように曇っていた。
(そうか、これが……ティスタ先生が現実から目を背けてしまった理由……)
今の話以外にも、魔術師が人間へ不信感を抱く理由になった数々の出来事があったという。
魔界から人間の世界へ返ってくる呪いへの対処を提案しても、本当に起きるかもわからない未来の危機に対して人類は楽観的で、魔術師の意見は適当に聞き流されてしまった。
近年では、現実味の無い人類の危機を吹聴する魔術師を迫害する「魔女狩り」が多発する地域もあった。
法的手続きを無視した私刑にまで発展して、ティスタ先生を含めた「銀魔氏族」という魔術師一族は、一部を残して歴史から消え去った。
「そのあとは、キミも聞いていますよね。家族や友人の多くを喪った私は、半ば自暴自棄のまま千歳さんと三日三晩の殺し合いをしました」
「……はい。魔族や魔術師の行く末を決める戦いだったと聞いています」
「決闘なんて古臭い方法でしたが……あのときは、それ以外に周囲の納得を得たうえで犠牲を抑える方法がなかったのです」
激しい戦いの末、決着がつかなかったと聞いている。
戦いのあと、今までとは違うやり方で魔術師や魔族の世間からの偏見を変えようとした。便利屋を開業したのも、その活動の一環だったという。
「でもね、ダメだったんですよ。大人になっていくうちに、ひとりの魔術師が世の中を変えることなんて無理だと、現実に打ちのめされちゃったんです。私、ダメな師匠ですね」
「そんなこと……」
「あとはキミの知る通り、不貞腐れてろくでもない魔術師となった私が、偶然にもキミと出会って今に至ります」
先生は、こんな感情をずっとひとりで抱え込んでいたのだ。
弟子の僕は、それに気付いてあげることができなかった。
自分が情けない。
「最近、某国で確認された未知の肺炎のウイルスがあるとか。案外、もう人間は滅びに向かっているのかもしれませんね。アレは多分、近いうちにパンデミックが起きますよ。キミも気を付けてくださいね」
淡々と説明を終えたティスタ先生は、静かに瞳を伏せた。




