24.未来への備え
あれからどれだけ追いかけ回されただろうか。
辺りが暗くなってきて、ようやく地獄の鬼ごっこが終わった。
「あ、兄弟子……生きてます……?」
「たぶん……でも、生きた心地がしない……」
金井さんは地面に突っ伏して満身創痍。
僕も座ったまま動けない。
ふたりで何度も千歳さんの猛攻を切り抜けた。
「ふたりとも、お疲れ様!」
一方、千歳さんは大変満足そうな表情をしている。僕たちと同じくらい走り回っていたというのに、ちょっと汗をかいているくらいでまったく疲れていない。無尽蔵の体力と呪術の練度は、人間の枠を超えているとしか表現できない。
「あぁ……お気に入りのスーツがオシャカに……」
金井さんに良く似合っていた黒のジャケットはボロボロになっていて、もはやただの布切れと化していた。辛うじて服としての機能を残しているのは、白のワイシャツとズボンだけ。千歳さんの攻撃から僕を庇い続けてくれた結果がこれだ。
「すみません、兄弟子……」
「トーヤさんが悪いわけじゃない。スーツなんて着てきた俺が悪いんだ……」
死にそうになっている僕と兄弟子を見て苦笑いする千歳さんが、僕たちの肩を優しく叩く。
「よくがんばったな! 美味いメシでも食いに行こう、奢ってあげるよ。金井くんのスーツも新調してあげるから安心してくれ。実は、私の娘の旦那が服の仕立て屋をやっていてね。いいスーツを準備してやるからさ」
「うおお……マジっスか、よかったぁ……嬉しい……」
金井さんは小さく呟いたあと、その場で眠ってしまった。
何度も体を張ってくれたくれた兄弟子には感謝しなくてはいけない。
「じゃあ、車に戻ろうか」
千歳さんは、眠ってしまった金井さんを米俵のように担いで車へと向かう。
地獄の1日は、ようやく終わりを告げた。
……………
車の後部座席で爆睡する金井さんと助手席でウトウトする僕を乗せて、千歳さんが高速道路を運転し続ける。
ハンドルを握る千歳さんは満足そうに見える。
僕たちが最後までがんばったことを評価してくれているのか、あるいは暴れてスッキリしただけなのか……どちらにせよ機嫌が良い。
「今日の訓練、どうだった?」
「良い経験になりました。でも、どうして急に実戦的な訓練を?」
「トーヤ君が全力で魔術を使えて、本領を発揮できる自然の多い場所に連れて行ってほしいって……ずっとティスタに頼まれていたんだ。あの子、荒っぽいことを自分からやるのが苦手なんだよね。昔、それが原因で弟子に逃げられているから」
「なるほど、先生がいなかった理由はそれですか」
「そういうこと。どちらにせよ、今のあいつは体調不良だし休んでもらっていたほうがいい」
先生の体調は心配だが、そんな中でも僕のためにと色々と提案してくれるのは本当に嬉しい。
「あとで先生のところにお見舞いに行こうと思います」
「うんうん、そうしてあげなよ。二日酔い以外で弱ってるティスタなんて、たまにしか見れないから。大好きな先生を介抱してやんな」
「そ、それは……」
千歳さんは意味深な笑みを浮かべている。
……別に下心は無い。
体に良いものを差し入れしようってだけだ。
「こんな本格的な訓練ができるんだから、がんばって一緒に来ればよかったんだけどな。全力を出したティスタなんて、弟子のキミでも見たことないでしょ?」
「そうですね、1度だけでしょうか。氷の魔術を使っているところを……」
「いいや、周囲を気にせずに全力を出したティスタはもっとすごい。あのデカいクレーターを見ただろう? 魔術師としての全盛期の力だが、あれでも加減していたらしい」
直径2kmのクレーター。
かつてティスタ先生と千歳さんが三日三晩の殺し合いをした名残。
帰りの運転中、千歳さんは当時の話を聞かせてくれた。
若い頃、ふたりで結構やんちゃをしていたという話を嬉々として話す中、ティスタ先生に様々な異名がつけられていたことを教えてくれた。
「得物が銀の杖だったから『銀杖のティスタ』、他には『碧氷の魔術師』とか『雪の魔女』……魔術師界隈ではそう呼ばれていたみたいだね」
「異名、かっこいいですね。同じ魔術師として憧れますっ!」
銀髪碧眼という神秘的な容姿と圧倒的実力、そして誰もが知る異名。
あのクレーターを見たあとだから納得できる。
僕の師匠は、本当にすごいひとなんだと。
「他には『チンピラ魔術師』とか『カチコミ・ウィザード』とか『アル中』とか、裏社会では『マジカルヤクザ』……あとは『歩く暴力』とか『生粋の暴』……」
「すみません、そういうのはちょっと憧れないです……」
地元で名の知れたヤンキーみたいな異名ばかり。やさぐれていた時期は色々と素行がヤバかったに違いない。今の優しい先生からは想像もできないけど、僕の想像を超えるほど荒れていたのだろう。
「それが今では弟子の教育に熱心な先生だもんな。何があるかわからないもんだ」
千歳さんが嬉しそうに笑う。
魔術師と呪術師。
本来なら犬猿の仲だが、長い間一緒に仕事をしてきた仲のティスタ先生が立ち直った姿を見て、千歳さんは安心したのかもしれない。
「この調子で弟子が戻ってくれば、減る一方だった魔術師の数もなんとかなるかもしれない」
「あの……純粋な疑問なんですが、呪術師の千歳さんにとって魔術師の数が増えるのは良いことなんですか?」
「増えすぎても良くない。最も望ましいのは『魔術師と呪術師の数が同じくらい』になってること。勢力均衡による平和維持ってやつだね。もちろん、こういった平和の作り方って問題点もあるんだけれど……今はそれでも仕方ない状況だから」
魔族の日本移住に関する折衷案、そして魔術師と呪術師の勢力均衡による一時的な平和。これから先、今を生きる若い人間や魔族には、様々な問題が降りかかってくることが予想される。
千歳さんが実戦的な訓練をしてくれたのは、魔族にとって過酷な未来を想定しているから。
僕は、まだまだ子供だ。難しいことは理解できていないし、ここから先の未来でなにが起こるのかわかっていない。僕らのような若い世代が未来に備えられるように、千歳さんは色々と気を使ってくれているんだと思う。
「今は難しいことを考えるのは大人に任せておけばいい。でも『そういう現実もある』ってことだけは、どうか頭に入れておいてほしいんだ。楽しめるうちにいっぱい人生を楽しみな。今しか味わえないものもたくさんある。ティスタもそう言っていたはずだよ」
「……はい、わかりました」
ティスタ先生が「学生としての時間を大切にしなさい」と何度も言うのは、未来に起こりうる人間と魔族の苦難を予想をしているからなのだろうか。
そうなったとき、僕がティスタ先生の隣に立って、助けになれる魔術師になるためにも……やれることはやっておきたい。
今は無意味に思えるかもしれない経験も、きっと自分の糧になる。




