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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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23.忌み地での修練③


「はぁ、はぁっ……くそっ……」


 冬の山中、木々の間を走り抜けながら背後に迫る脅威へ意識を向ける。千歳さんの実戦訓練は、想像を絶するほど過酷だった。


「あぐっ!?」


 走っている最中、足に鋭い痛みが走った。飛来した「血の斬撃」が太ももとふくらはぎを切り裂いたことに気付く。


 千歳さんの血の呪術は、血液を自在に操作することができる。形状や硬度を操って、自由自在に飛ばすなど、様々な応用が可能らしい。


「本当に容赦無いな……」


 僕は、治癒の魔術で足の傷を塞ぎながら立ち上がる。


 幸いなことに重魔力地と呼ばれる土地では魔力が枯渇する心配は無い。大気や土壌に染み込んだ魔力のおかげで、魔術を使いたい放題なのである。初めての実戦訓練には最適な場所だ。千歳さんが僕をこの場所に連れてきてくれた理由がわかる。


「すごいね、トーヤ君! ティスタでもその速さで傷を治癒なんてできないよ」


「お褒めにあずかり……はぁ……光栄です……はぁっ……」


 満面の笑みを浮かべながら僕の元に歩いてくる千歳さんの姿を見て、僕は苦笑いをしながら反撃の機会を伺う。


 千歳さんからは「私はトーヤ君に大ケガをさせるつもりで戦うから、キミは殺す気で来なさい! どうせ私は死なないから! 私の満足する一撃を入れたら訓練は終わりにするね!」と言われている。


 実際には防戦一方で、まだ一度も反撃はできていない。


「ほらほら、これくらいで音をあげてたら、ティスタを守ってあげられないよ?」


 僕を的確に煽る言葉選び。僕のために行ってくれている実戦的な訓練とはいえ、こうも言われて黙っているわけにもいかない。


(言わせておけば……!)


 半ば怒りに身を任せながら、自分の真下の地面へ手のひらで触れて、大量の魔力を放出。


 ここまで逃げるだけだったわけではない。植物を操る魔術の行使に最適な場所への誘導と下準備をしていた。


 走りながら蒔いて仕込んでおいた植物の種に向けて、地面を伝って魔力を送り込む。魔術によって急成長した頑強な植物の蔦が千歳さんの体へ巻き付いていく。


「おぉっ!? やるじゃん!」


 植物の蔦による拘束を受けても千歳さんの表情にはまだ余裕がある。むしろ僕の反撃を受けて楽しそうにすらしている。まるで戦闘狂だ。


「でも、ちょっと詰めが甘かったな!」


 千歳さんの足元から無数の血の刃が伸びて、植物の蔦は無残に切り刻まれた。千歳さん曰く、血の呪術は事前に体の一部から出血をさせておかなければ行使できない。僕の不意打ちを完璧に予想していたに違いない。


 異能の力を交えた戦いにおける経験値がまるで違う。


「あぁ、くそっ……!」


 弄ばれている、というのが正直な印象だった。


 ふと、子供の頃に見たドキュメンタリー番組の中で海のギャング・シャチが狩りの際に獲物のアザラシで遊んで殺すという場面があったことを思い出した。今の僕は、正にそんな状況。


斬羽(きりばね)


 呪術の行使の際、千歳さんは何かを唱えている。手のひらをナイフで切って出血させて、滴る血を僕に向けて飛ばす。


 飛散させた血液は刃のような形状へと変化して、周辺の木々を切り刻みながら襲い掛かってきた。


「……っ……」


 魔術の行使が間に合わないと判断して、咄嗟に防御の体勢に移る。体を切り刻まれたとしても、僕は傷を即座に治癒できる。千歳さんもそれがわかっているから攻撃に躊躇が無い。


 多少の痛みは我慢するしかないと開き直って、襲い来る痛みに備える。


 そんな僕の覚悟とは裏腹に、一切の痛みを感じない。「ギン!」という金属音が何度も聞こえた後に目を開くと、血の斬撃が何かに弾き飛ばされていた。


「いっ……てぇぇぇ!!」


 聞き覚えのある声。目を開けると、そこには黒いスーツ姿の男性。金井さんが、僕を庇ってその身を盾にして守ってくれていた。


「兄弟子、大丈夫ですかっ!?」


 僕を庇った金井さんの体には傷ひとつ付いていないが、黒いスーツはボロボロになっていた。お気に入りと言っていたサングラスにもひびが入ってしまっている。


 硬化の魔術――肌の表面を魔力で覆って硬化させて防御するというシンプルで扱いやすい魔術だ。血の斬撃をその身で受けて全く出血をしていないのを見ると、金井さんの魔術の練度は相当高い。


「なんだか嫌な予感がしたので、トーヤさんの肩にくっつけておいた使い魔から様子を見ていたんですけど……見ていられなくって」


 金井さんは、出発前に軽く肩を叩いた時に僕に使い魔をくっ付けておいたのだという。


 視界の端で何かが動いたのが見えて自分の肩へと視線を移すと、小さなトカゲが乗っかっていた。金井さんの魔力で生み出した使い魔。日本では式神という呼ばれ方もある魔術師の分け身だ。


 使い魔を通して、今まで何があったのかを一部始終見ていたらしい。居ても立っても居られずに、スーツ姿のまま山道を走って駆け付けてくれたのだ。


「おう、遅かったね! 来ると思っていたよ」


 千歳さんは今の状況も織り込み済みといった様子で笑っている。対して金井さんは、怪訝な表情を浮かべている。


「千歳さん、トーヤさんはまだ子供っスよ。流石にやり過ぎじゃないっすか? ティスタ先生が黙っていませんって」


「呪術値は、魔術師と違ってスパルタでね。本気で魔術師を目指すなら実戦的な経験も大切だ。これから先の時代を魔術を活かして生きていくなら、必ず避けては通れない道になる」


 正直、千歳さんの言う通りだ。


 魔族や半魔族、人間の魔術師ですら差別の対象になっている現代では、過酷な事態に陥ることもあるかもしれない。


 今の僕はティスタ先生に甘やかされているから、ハードな環境で魔術を使うことは今までなかった。これもティスタ先生の隣に立てる魔術師になるためには必要な経験になる。


「……すみません、金井さん。助けて頂いて恐縮なんですが、僕は引き続きお願いしたいです」


「えぇっ? キミも無理するなぁ……」


 金井さんは僕の言葉に呆れつつも「それなら」と言いながらボロボロになったスーツの上着を脱ぎ捨てる。兄弟子もやる気になったみたいだ。


「じゃあ、今日くらいはトーヤさんに付き合うよ。弟弟子のキミに大ケガをさせたら、俺がティスタ先生に殺されちまうしな」


 心強い兄弟子の言葉を聞いて、僕も思わず笑顔になる。でも、もっと笑顔だったのは千歳さんの方だった。


「うんうん、若いうちは色々と楽しいことを経験しておきなさい」


 凶悪な笑みを浮かべる千歳さんを見て、僕は「楽しんでいるのは明らかにあなたですよね」と心の中でツッコむ。


「よし、続けるぞ! 死ぬ気で頑張れ! 骨は拾ってやるから!」


 恐ろしいことを言う千歳さん。青ざめる僕。躊躇せずに背中を見せて逃げようとする金井さん。


「逃げるぞ!」


「えぇっ!?」


「あんな人の枠を外れた怪物、正面切って戦う必要なんてないから! 三十六計逃げるに如かず!」


 金井さんの背中を追って、僕も駆け出す。背後から千歳さんの怒号が響いた。


「おらぁ、2対1で逃げんな! 血と汗と涙を流せ!」


 狩人と化した千歳さんに追いかけられながら、僕は金井さんに聞いてみる。


「兄弟子! あの人、なにか怖いことを言っているのですが!」


「あの人のアレは「若人よ、青春しろ」みたいなニュアンスだから気にするな弟弟子! いつものことだ!」


「なにそれ、怖いです!」


 実戦訓練というよりは、命がけの鬼ごっこ。結局、僕達は陽が傾くまで千歳さんに追いかけ回された。


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