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銀杖のティスタ  作者: マー
銀杖の魔術師
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21.忌み地での修練①


 見習い魔術師として充実した日々を送る中、久しぶりに訪れた休日。


 今日は事務所での修練ではなく、千歳さんからの誘いで県外へ向かっていた。


 便利屋の所有する軽自動車で高速道路を走る最中、窓の外に広がる自然を眺める。自分にエルフの血が流れているからなのか、自然の多いところへ来ると心が落ち着いてくる。


「悪いね、トーヤ君。休日に呼び出しちゃって」


「いえ、僕も自然の多いところは大好きなので嬉しいです」


 助手席に座る千歳さんは、後部座席に座る僕に向けて話し掛けてくる。ハンドルを握っているのは千歳さんではなく、ティスタ先生の元弟子の金井さんだった。


 ティスタ先生はまだ不調みたいで、今回の遠出には不参加となった。心配だけど今は身体を休めてもらうしかない。千歳さんは「寝てればそのうち治るから」と笑っていた。


「千歳さん、本当にあそこに行くんっスか?」


 ハンドルを握る金井さんは、今から向かう場所の詳細を知っているみたいだ。千歳さんによると、魔術師にとって相当過酷な場所らしい。


「トーヤ君の成長と勉強のためだ。頼むよ」


「弟弟子のためだと言われると、断れないですしねぇ……」


 金井さんは、バックミラーに写る僕の姿を見て優しく笑った。黒髪のオールバックにサングラス、黒のスーツ姿という威圧感のある風貌からは想像もできない明るい笑顔は、金井さんの本当の人柄が出ている。




 ……………




 千歳さんと金井さんが運転を交代しながら5時間の長距離運転をして連れてきてくれたのは、県外にある寂れた廃村。


「ここが……?」


「そうだよ。ちょっとした冒険だと思ってついてきてくれ」


 千歳さんは、鎖と南京錠で施錠されたフェンスゲートを開けるために懐から鍵を取り出した。


 大仰なフェンスに囲まれていて、至るところに「立ち入り禁止」の看板や立て札がある。正直とても不気味な場所だ。


「……あぁ、ダメだ。千歳さん、オレはやっぱりパスします……」


 ここまで車の運転をしてくれた金井さんは、フェンスの前に立っただけで気分が悪くなってしまった様子。


「わかった。無理を言って運転させて悪かったね。車の中で休んでいてくれ。全部終わったら美味い飯を奢るよ」


「へへ、それは楽しみっス。それじゃ、頑張ってな」


 金井さんは僕を元気付けるように肩を優しく叩いた後、ふらつく足取りで車へと戻っていった。


 廃村前に来てから、何となく魔力的な気配が感じられる。イメージとしては底の見えない大海を目の前にしているかのようだ。


「目的地に向かいながら説明をしよう。歴史のお勉強も兼ねたハイキングだ」


 僕と千歳さんは、本格的な登山をする装備に身を包んだ状態。ここからの道のりは過酷なものらしい。


 千歳さんに続いてフェンスの内側へと入ると、途端に身体が重くなる。同時に寒気まで襲ってきた。


「これって……魔力ですか? 随分と濃いような……」


「やっぱりキミは感受性が豊かだね。この廃村は、いわゆる「重魔力地」と言われる場所のひとつなんだ」


 何かしらの要因で大気や土壌に含まれている魔力が一定値を超えてしまった場所であり、普通の人間が住まうには適さない土地。魔術師には「重魔力地」、呪術師や神道を知る者にとっては「忌み地」なんて呼ばれている。


 千歳さんの言う通り、歩いているだけでも息苦しさを感じる。さっきから身体が重いし、軽い頭痛もする。


「……キツいかい?」


「ちょっとふらつきますが、大丈夫です」


「トーヤ君は魔力の器が大きいんだろう。ティスタほどではないけれど、それはすごいことだよ。普通の魔術師は、数分でダウンしてしまうことも多いから」


 廃村の周囲は魔力が濃すぎて、並の肉体に対して過剰な量の魔力が原因で魔力酔いという症状を引き起こす。


 人間にも魔族にも、身体に貯めておける魔力の量には個人差がある。基準がわからないけれど、僕はそこそこ容量が大きいみたいだ。


「私の感覚だけど、普通の魔術師の魔力量がコップ1杯分だとしたら、トーヤ君は大きめのバスタブ1杯分だね」


「そ、そんなにっ!?」


「ちなみに、ティスタは25mプール1杯分くらい」


「うわぁ、桁違い……」


 繊細な魔力コントロールに膨大な魔力量、ティスタ先生が魔術師として規格外の存在なんだと改めて実感する。


 そして、目の前で悠々と歩く千歳さんも規格外なんだろう。


「……そういえば、千歳さんの呪術って魔力は使わないんでしたよね。呪術の力の元って何なんですか?」


「あぁ、呪術は魔力を使わない。古来からあった呪いという概念を「魔術に対抗するために作り替えた」んだ。力の元は人間の持つ底なしの悪意や負念……いわゆる呪力だから燃料切れは無いようなものでね」


 人間の悪意――僕自身が何度も人間の悪意を味わってきた半魔族だからこそ理解できる恐ろしさがある。


「呪術だって、元は「誰かのために」って気持ちで生み出されたもののはずだったんだよ。誰かを傷付ける(のろ)いもあれば、誰かを助ける(まじな)いもある。魔術や科学技術と同じで、使い方次第で良いものに変わる」


 異能の力を作り出した先人達は、希望を後世に託すために魔術や呪術を作ったはずだったが、今ではその理念も薄れてしまった。


 僕は千歳さんの背中を見て黙々と歩きながら話を聞き続ける。


「人間は呪術を兵器に変えたり、魔術を犯罪に悪用する輩もいる。ティスタは、そんな現状がイヤになってしまったのさ」


「それで、すべてを投げ出して……」


「……そうだね」


 魔族達のために、人々にためにと頑張ってきたティスタ先生は、理想と現実のギャップに苦しんで、心が荒んでいった。


「ティスタは純粋だったんだよ」


 静かに呟く千歳さんの表情は、どこか寂しげだった。


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[一言] 過酷な地での鍛錬へ。 魔力差による兄弟弟子の体調の差。
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