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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
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31.黒炎


 呪術師との戦いが終わり、薬物による洗脳状態から解放された人々の安否を確認したあと、ようやく警察が到着した。鑑識が捜査のために宗教施設の中に入っていくのを見送り、ほっと一息つく。


 すべて終わったと思った途端、一気に疲れと眠気が襲ってきた。


「トーヤさん、大丈夫っスか」


「うん、平気だよ。シロー君、あれだけいろいろあったのに……まだ体力に余裕がありそうだね。狼魔族ってすごいなぁ」


 正直、シロー君がいなかったら僕は死んでいたかもしれない。

 洗脳されていた人々を解放することもできなかった。


 彼の活躍によって多くの命が救われた。

 今回の事件解決の功労者は、間違いなくシロー君だろう。 


「トーヤさんがこんなことになるなら、二手に分かれて戦うべきじゃなかったっス……すみません」


 血の滲む僕の服を見て、シロー君が苦い顔をする。

 足に突き刺さっていた結晶は取り除いて、傷も治癒魔術でしっかりと塞いだ。

 出血が多かったので少しふらつくけど、問題なく動ける。

 

 これくらいで済んだのはシロー君のおかげだけど、彼は自分を許せないらしい。


「ケガは自己責任だから気にしないでね。僕の見込みが甘かっただけだから」


「でも――」


 シロー君の声を遮るように、遠くから聞き覚えのある声が響いた。


「おーいっ! シロちゃんっ!」


 こちらに向けて走ってきたのは、今回の事件で協力してくれたカノンさん。

 その後ろにはスーツを着た白髪頭の警官が立っていた。

 彼女もパトカーに同乗して現場まで来てくれたのだろう。 


「無事でよかった、心配したよぉ……」 


「お、おい……人前で抱き着くなよ……あとシロちゃんって言うな」


 カノンさんに抱き着かれて照れ臭そうにしながらも、ちゃんと彼女の肩を抱いてあげるシロー君。ふたりの様子を遠目で見守っていると、同行していた白髪頭の警官に声をかけられた。


「初動が遅くて毎度申し訳ない。今回もキミに助けられてしまったな」


「たしか、あなたは……」


 昔、騒ぎを起こしたティセを連行した警官だ。

 ガーユスとの戦いの日、僕たちに情報提供をしてくれた方でもある。


「申し訳ありません、まだお名前を伺っていなくて」


「おっと、すまない。千歳さんから聞いていなかったか」


 そう言って、白髪の警官は懐から警察手帳を取り出した。


葉山(はやま)だ。一応、警部補ってことになっている」


「一応、というのは?」


「俺は、千歳さんの元弟子でね。呪術師の総本家、宝生から出向する形で警察に協力している」


「……いろいろと初耳ですがっ!?」


「そりゃそうだ。今、はじめて言ったからな」


「えぇぇ……?」


 いきなりのカミングアウトに困惑する。

 どうして今、立場を明かしたのだろうか。


(いや、こんなときだからこそ……なのか?)


 隠していた事実を明かさなくてはいけないほど状況が変わったということだ。

 千歳さんと関わりがあるなら、ある程度は信頼できるだろう。




 ……………




 葉山警部補と一緒にその場を離れて、話を聞かせてもらうことにした。

 警察しか知り得ない情報がいくつかあるらしい。


「今後、関わることもあるかもと思ってね。自己紹介もしておこうかと」


「ありがとうございます。正直、あまり良くない状況なんでしょうか?」


「今回の事件、明らかにおかしい。通常、思想の強い宗教組織っていうのは公安がいつでも立ち入り検査ができるように監視して、組織側に活動報告義務を課すものだ。しかし、今回は組織に関する事前情報が一切得られなかった」


「この国の公安の目を掻い潜り、信者でもない人間を集めて呪術的に洗脳するなんて……今の日本で可能とは考えにくいですね」


「ああ、まず不可能だろう。実を言うと、公安には千歳さんや俺のように呪術を使える者が大勢いる。式神を使った監視の目が至るところにあるんだ。だからこそ、疑いの目を向けなくてはいけないのは……」


 藤堂 悟道が運営していた宗教組織には、公安の監視の目を掻い潜れるだけの人脈や手段があったということ。


 真っ先に疑うべきは――


「まさか……公安そのもの、ですか?」


「そうだ。この宗教組織……純人教(じゅんじんきょう)は、意図して情報を隠蔽されていた可能性がある」


「…………」


 疲れた頭に詰め込むには、あまりにも重すぎる情報だった。


「この情報、千歳さんに共有しておいてほしい」


「構いませんが、僕の口からでいいんですか? 直接会ってお話されてもいいのでは……」


「いや、遠慮する。千歳さん、怖いから会いたくない」


「えぇ~?」


 警察官とは思えない情けない理由に呆れてしまうが、葉山警部補にとっては千歳さんは会うのも遠慮したいくらいに恐ろしい存在らしい。


「今でこそあんな感じだが、昔は尖っててさ。娘と孫ができてだいぶ丸くなったとはいえ、怒るとメチャクチャ怖いんだよ。あれでも呪術師界の重鎮だし」


「そんなにすごい立場の方だったんですね。僕たち、かなり気軽にお話させてもらっていましたけど……」


「間違いなくキミたちは特別だと思うよ。新しい世代に期待しているんだろう。ああ見えてかなーり長生きしているから、周りにいる連中が全員孫にでも見えてるんじゃ――」


 葉山さんが僕の背後を見て顔を真っ青にしている。

 振り返ると、満面の笑みを浮かべている千歳さんがいた。


「葉山くぅ~ん……釣れないじゃないか。私には挨拶も無しか?」


「い、いやいや……奇遇ですね。お久しぶりです……」


「怖いから私に会いたくないって? 自分の口で情報も共有せずに?」


「滅相もないです……というか、いつもそちらからアポなしで勝手に来られますし……そもそも警察の情報網に引っかかる程度の情報なら、千歳さんは掴んでいるでしょうし……」


「それでもしっかり情報共有をしろ。お前、警察に入ってから少し鈍ってるんじゃないか? 鍛え直してやろうか……?」


「いいえッ!! 申し訳ございませんッッ!!」


 葉山警部補の謝罪が夜の森に木霊する。

 呪術師って、思っていた以上に上下関係がしっかりしているみたいだ。




 ……………




 葉山警部補と情報を共有して、僕たちは便利屋事務所に戻ることにした。


 撤収の準備中、僕は上空に飛ばしていたフクロウの使い魔を呼び戻す。

 周囲に不審な人影もないので、警戒を解いても問題ないと判断した。

 今は警官も大勢いるので、何かあったらすぐにわかる。


「お疲れ様。戻っていいよ」


『ホーゥ……』


 僕の腕にとまって羽を降ろしたフクロウの使い魔は、甘えるように頬擦りしてから淡い緑色の光になって消えた。


 使い魔の視界共有は魔力の消費が激しく、ティセのように潤沢な魔力が無いと常用は難しい。


(そういえば、ティセの使い魔は見たことがないっけ。作り出せないわけじゃないんだろうけど……)


 国定魔術師ともなると、強力な使い魔を使役できるんじゃないだろうか。

 今後のためにも、使い魔の扱い方も直接指導してもらいたいところ。


(早く会いたいな……)


 こんな目にあったあとだからなのか、今すぐティセに会いたくなってきた。国定魔術師としての呼び出しに応じているので、いつ帰ってこられるのかわからない。


 今回の呼び出しは、この事件にも関連したことかもしれない。

 彼女にすぐ会えても、ふたりでゆっくりと過ごすのは難しいだろう。


「トーヤ君、今夜はお疲れ様」


 夜空を見上げながら休憩していると、千歳さんが戻ってきた。


「あのジジイの生首……藤堂 悟道は、呪術師の警護を付けたうえで護送することになった。準備ができたから、私たちも帰ろう」


「……ここからが大変ですね」


「ああ、そうだな。今後は警察と連携していく。この規模の事件になると、私たちだけじゃ手が足りないから」


「はい、わかりました」


 長い1日がようやく終わる。

 

 シロー君とカノンさんを呼ぼうと歩き出した、そのときだった。


 全身に怖気が走る。

 今まで感じてきたどの恐怖よりも強い、まとわりつくような恐怖。


「……ッ……?……なんだ、これ……」


 僕がその場に立ち竦むのと、千歳さんが叫ぶのは同時だった。


「トーヤ君、伏せろっ!!」


 千歳さんに頭を掴まれて、強引に体を伏せられる。

 直後、頭上に何かが飛んできた。


「なに、が……」


 あのまま立っていたら、飛来してきたモノに直撃していた。

 少し遅れて、遠くから爆音が聞こえてくる。


「戻るぞ!」


 千歳さんが叫んだ。

 考える余裕は無い。

 立ち上がって、千歳さんの背中を追う。


 途中、何かが焦げる匂いがしてくる。

 足元には『さっきまで人間だったモノ』がいくつも転がっていた。


「こんな、ことって……」


「……あんまり見るな。前だけ見ておけ」


 千歳さんの言葉を聞いて、頭を切り替える。

 今は現状を把握しなくてはいけない。


(爆発……いや、爆弾……?……それにしたって、この規模……シロー君とカノンさんは無事なのか……?)


 おかしい。


 僕の使い魔による索敵で周囲に不審な物は無かったし、シロー君の狼魔の嗅覚でも感知できないものがあったのだろうか。


 なんらかの爆発があったと思われる現場に着くと、そこにいたのは――



『……来ましたか』


 

 黒い外套を羽織った人影が立っていた。

 鉄製の仮面を着けていて顔は伺えないが、体格から子供に見える。

 声色から少女であることもわかる。


「黒い、炎……?」


 少女の足元には黒い炎が揺れていた。

 禍々しい黒炎は、周辺の警察車両を熱を加えた砂糖菓子のように溶かしていく。

 地面に倒れている大勢の警官たちはピクリとも動かない。

 

「トーヤ君。わかっていると思うが手遅れが大半だ。今は目の前に集中しろ」


「……はい」


 千歳さんが淡々と事実を伝えてくる。

 どれだけの人間があの少女の黒い炎に殺されたのだろうか。


 仮面の少女は、静かに語りはじめる。


『宝生家の当主……森精魔族(エルフ)狼魔族(ライカン)夢魔族(サキュバス)の亜人……この場は、まるで今の日本の縮図のようです。そうは思いませんか』 


 彼女の発言の意図はわからない。

 しかし、対話ができないわけではないようだ。

 気になることはあるけど、今すぐ確かめておきたいことがある。


「……この場に半魔族の少年と少女がいたはずです。どこにいますか?」


『彼は優秀な戦士ですね。私の最初の炎で力量差を悟って、少女たちと一緒に即撤退しました』


「ずいぶんと正直に話してくれるんですね」


『えぇ。あなたにはガーユスを封印してもらった「借り」がありますので』


「……あなたも呪術師ですか?」


『半分正解です』


「…………」


 彼女の話が本当なら、シロー君はカノンさんと一緒に逃げることができたのだろう。少女「たち」ということは、シロー君の近くにいた葉山警部補も無事かもしれない。


「そろそろ自己紹介くらいしろよ」


 千歳さんが妖刀を鞘から抜いた。

 僕も臨戦態勢に入る。


『ずいぶんと血の気が多いのですね』


「ここまでしておいて、お話しましょうなんて言うわけないだろうが」


『それもそうですね。では、いきますよ』


 仮面の少女が手のひらを僕たちに向けてくる。

 周囲を燃やしていた黒い炎は、少女の手の内に集まっていく。


(……ダメだ。やられる)


 直感。

 一瞬で悟った。

 消耗した今の状態では、間違いなくあの黒い炎を防げない。


「……これは無理だな」


 千歳さんが諦めた様子で妖刀を鞘に納める。

 しかし、その場から動かなかった。


「トーヤ君、大丈夫だ。そのまま動くな。何もしなくていい」


 千歳さんが小さな声で呟く。


「……っ……はい……!」


「いい子だ……!」


 諦めたわけじゃない。

 満身創痍の今の僕には、この人を信じることしかできない。


『……?……』


 抵抗する様子のない僕たちを見て、首を傾げる仮面の少女。

 ああいった仕草を見るに、こちらが思っているよりも幼いのかもしれない。


 しかし、少女の手元に集まった黒炎は違う。

 まるで悪意を持っているかのように思えるほど禍々しい。


『少しは抵抗するのかと思いましたが……残念です。さようなら、トーヤさん』


「え――」


 たしかに僕の名前を呼んだ。

 疑問に思うのも束の間、放たれた黒炎が目の前まで迫る。


 千歳さんを信じて、僕はゆっくりと目を閉じた。

 

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