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銀杖のティスタ  作者: マー
赫灼の匣
101/103

30.四凶・窮奇


「あー、なるほどなぁ……お前かよ。数十年も姿を見せないと思ったら、姿を変えてやがったか」


 妖刀の切っ先を老人に向けたまま、千歳さんは表情を険しくさせる。

 藤堂 悟道と何らかの面識があるみたいだ。


「……キミが何を言っているのか、私にはさっぱりわからないが」


「おい、とぼけるなよクソジジイ。見た目が変わっても、魂の色までは隠せない。呪術師ならそれくらいわかってるだろ。耄碌したか~?」


「…………」


 煽るような笑みを浮かべる千歳さんを見て、藤堂 悟道の表情が強張る。

 魂の色というのがよくわからないが、呪術師にだけ見えるものがあるのだろう。


『……千歳さん。このジイさん、どうすればいいっスか?』


 狼男の姿のまま、牙を剥き出しにして威嚇をするシロー君。

 形勢は完全に逆転している。

 目の前の狡猾な老人には、先程のような余裕は残っていない。


「あぁ、手加減無用の殺す気でやっていいぞ。このジイさん、私と同じで『人魚の肉』を喰っている。そう簡単に死なないんだ……こんな感じでさ」


 そう言って、千歳さんがその場で妖刀を横に振り抜いた。



弧月(こげつ)



 一瞬見えたのは、三日月状の血の斬撃。


 僕とシロー君が何が起きたのか理解できずに呆然としていると、少しの間を置いて藤堂 悟道の背後にある樹木が轟音を立てて地面に倒れていった。


「……はぇ?」


 樹木が倒れる音が止んでから、老人の気の抜けた声が聞こえてくる。

 同時にゴトッと音を立てて首が落ちた。


 胴体と泣き別れになった藤堂 悟道の首は、状況を理解できていない表情を浮かべていた。


「え、あ、ちょっ……千歳さん、さすがにこれはっ……!!」


 満身創痍で意識朦朧としていた僕も、目の前の凄惨な光景を見て背筋が凍る。


 しかし、もっと恐ろしいのは目の前の凄惨な光景よりも、地面に落ちた生首の口や目が生きているように動いていたことだった。


「き、貴様ァッ!! よくも、よくもこんなことを……私がこの肉体に魂が馴染むまで、どれほどの時間を費やしたと思っているッ!!」


「おー……やっぱり首を落としたくらいじゃ死なないか。お互い、難儀な体になっちまったもんだなぁ。ははは」


「ふざけるな! 宝生の小娘如きが、藤堂の名を持つこの私を――」


「胴体は処理しておくか」


「……なにを言っている。おい、よせッ!! やめろッッッ!!」


 千歳さんは老人の生首を見下ろしながら、妖刀で自分の手のひらを軽く斬り付けて地面に鮮血を垂らした。



血形悪行罰示神けっけいあくぎょうばっしじん 四凶(しきょう)窮奇(きゅうき)



 地面にできた血だまりがブクブクと泡立ちながら形を変えていく。

 それは、藤堂 悟道が使っていた式神を呼び出す呪術と同じプロセスだった。


 顕れたのは――



『……グ、ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙……ゴぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッッッ!!』


 

 翼の生えた巨大な黒い虎。


 窮奇(きゅうき)と呼ばれる式神から放たれるのは、貪欲な殺気。

 誰彼構わず牙を剥くと思わせるほどの凄まじい存在感を放っている。


 シロー君も千歳さんの式神が放つ異様さを感じ取ったようで、牙を剥いて威嚇している。


 そんな様子の僕たちを見た千歳さんは、笑いながら虎の頭を撫で回した。


「ふたりとも、大丈夫だよ。ちゃんと私が調伏してるから」


「調伏……」


「式神にも種類があってさ。思業式(しぎょうしき)擬人式(ぎじんしき)、そしてこの窮奇のような悪行罰示神(あくぎょうばっしじん)。過去に人間に悪事を働いた強力な悪霊・鬼神・妖怪を力で打ち負かして服従させたものだ」


 説明をしながら、首を落とされても立ったままの老人の胴体を指差す。


「良い神様でも、悪い神様でも、力を示せば調伏できる呪術がある。罰当たりだとは思うけどね。さて……窮奇、喰っていいぞ」


 式神・窮奇は、大口を開けて藤堂 悟道の体を丸呑みにした。

 悍ましい光景を目の当たりにして、その場の空気が凍り付く。


「な、なんて……なんて……惨いことをっ……」


 地面に転がった生首がそう呟くと、千歳さんが怒りに満ちた表情を浮かべる。


「惨いのはテメーらのほうだろうが。誘拐や薬物による呪力的洗脳、しかもウチの大切な従業員にあんなケガまでさせやがって……楽に死ねると思うなよ、クソジジイ。生首のまま一生檻の中に閉じ込めてやるから覚悟しとけ」


 妖刀を鞘に納める千歳さんを見て、ほっと一息つく。


 薬物被害や誘拐事件、その他諸々の後始末がたくさんあるだろうけど、ひとまずは一段落だろう。


「千歳さん、シロー君。助けてくれてありがとうございます」


『いいっスよ、お礼なんて。どうぞ、オレの背中に乗ってください』


 シロー君は、魔力切れで動けない僕を背負ってくれた。


 さっきも思ったけど、狼状態の彼の本当に毛並みが良い。あまりの心地良さに眠ってしまいそうになるのをガマンしながら、千歳さんに話しかける。


「千歳さん、ここから先はどうしますか?」


「そろそろ警察が到着するらしいから、被害者の保護はそちらに任せよう。私たちは、この生首野郎に聞かなきゃいけないことがたくさんある」


 千歳さんは、地面に転がる藤堂 悟道の生首を鷲掴みにして持ち上げた。


「ぐ、ぐおぉぉ……や、やめろっ……」


「魔界での戦争のあと、音沙汰が無いとは思っていたが……まさか水面下でこんな宗教まで立ち上げているとはな。お前……いや、お前ら(・・・)は何をする気だ?」


「これは……わ、我々の……使命だ。呪術師として育てられ、人間を守るために作り出された我々の……!!」


「答えになってないぞ。真面目に答えろ」


「ぐぎゃああああっ!? 痛い痛い痛いっっっ!!」


 生首を鷲掴みにする腕に、更に力を込めていく千歳さん。

 ここまで、藤堂 悟道の目的に関しては何もわかっていない。

 彼から真実を聞こうにも、謎のノイズのように聞こえて認識できないのだ。


(まるで都合の悪いことだけを聞こえないようにしているみたいだ……)


 そして、藤堂 悟道の口からは僕たちが知る者の名前が出てきた。

 

 リリエール・オーベンリーン。

 僕の師匠、ティスタ・ラブラドライトが師事した魔術師でもある。


 剣狼マカミ。

 面識は無いが、シロー君の父親であることはわかっている。


 その共通点は――


(国定魔術師……)

 

 藤堂 悟道は、僕たちを「奴らのペテンに気付けない愚か者」と言った。

 リリさんを含めた国定魔術師は、何らかの真実を隠している。

 それは、大勢の認識まで歪めなくてはいけないほどのことなのだろうか。


「ティセも、知っているのかな……」


 この場にいないティセの顔を思い浮かべながら、僕は言いようのない不安に襲われていた。


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