第四十五話:病室で或いは田舎町での一時
「ん……」
目が覚め、すぐさま意識が覚醒する。昔から割と意識を失いやすかったからなれた物だ、さすがにあの大会の時は別だったが。
「っ! 起きたか!」
傍らにいたルフトが慌てて顔を覗き込んでくる。目は充血し、顔色は酷く悪い、寝ずに付き添ってくれたのがこれでもかと言う位伝わる、不謹慎ながら嬉しい。
「今何日だ? 此処は?」
そんな思いを掻き消すように矢継ぎ早に質問を重ねる。
「そんな事より、大丈夫か? 怪我が痛むとか……」
「そりゃ怪我してれば痛いだろう。と言うか今までにもこんな事よくあっただろう」
ギルドの仕事中に何度か同じような目には合ってる、さすがにそう頻繁では無かったが。
「馬鹿言え! 出血多量で死ぬ寸前だったんだぞ!」
「えっ?」
よく思い出してみれば、何時もと違い意識の無くなり方が酷く濃密だった気がする、無くなるのに濃密とはこれいかに。
「まっまぁなんだ、無事だったからいいじゃないか」
「良い訳あるか! ったくお前は無茶ばかりを……!」
「ってちょっと待て、それ戦場に突っ込ませた奴の台詞じゃないぞ」
「うぐっ」
ルフトがわざとらしく固まり僅かに目を逸らす。あー……こんなの見てる私が恥ずかしいんだがな。
「しかも、ヴァンパイア倒して来いって言ったのお前じゃ無かったかな」
「はっはーイレーナ、変な事言って貰っちゃ困るナー、まだ記憶が混乱してんじゃないのカ? これはイケナイナーお医者さんを呼ばなきゃナー」
「おい、乾いた笑い、いやに饒舌、棒読み、嘘を吐いた人三大要素がそろってるぞ」
まぁその三大要素は今考え付いたのだが。
「くそっなんで分かった」
「そう言うのいらないからな、照れ隠しか本気で隠そうとしたのかは知らないが、こてこての茶番を見せられるこちらの身にもなれ」
「はいはい、ったくお前言動だけ見たら男と変わらないぞ」
「それは私自身分ってる、地味に傷つくからな、その発言」
特にお前から言われるとな、などと心中で付け加えてみる、加えてみただけだ。
「わ、悪い」
「そこは素直に謝るんだな」
「そりゃ悪いと思ったらな」
「その割には顔が悪びれてないんだが。まぁいい、でっ今日は何日で、ここは何処なんだ?」
「お前が気を失ってから三日後、一月の十日、場所は俺達がなんて言うとおこがましいが、守った町"テポーレ"の中央病院だ」
「戦いはどうなったんだ?」
「あれから二十四時間後に決着した。町の損害はほぼゼロ、この町に限れば相手勢力はほぼ壊滅、残党も今の所確認できていない。襲われた他の町からの状況からしたら、まず最高の成果と言っていいだろう」
他の町の状況が気になったが、そこまで知ったところで気持ちが沈むだけだな。
「戦死者は?」
「……推定約二千人、民間人は奇跡的に死者ゼロ。戦いの規模から言ったら妥当、いや少ない方と言ってもいいだろう、それでも二千人だがな」
酷くつまらなそうに、いやに冷めた目でルフトが吐き捨てる。
「……ところで、あれからお前どうしたんだ、あの姿を見られたのだろう? どうやって誤魔化したんだ?」
「誤魔化してないんだよな、それが」
「どういう事だ?」
「正直に言った」
さて、ここで"正直"誰もが聞いた事があり、誰もが貫き通せない、この単語の意味について辞書(クルトゥーラ書店著)から引用してみよう。心が正しく素直な事、また偽りのない事。こう書かれている、この辞書を真に信ずるならば、今ルフトが言った言葉の意味は,自分が巨大な狼に慣れる事を偽りなく話したという事になる。そんな偽りのない事実に少しの間絶句し、ポロリと本音が零す。
「馬鹿かお前」
「そう言うとは思ったよ。まぁとにかく、正直に言ったんだよ、そしたら「本当か! お前凄いな!」みたいな感じになってる、今」
いや、無いだろ。またも口から出そうになるが、ルフト自身信じられないと言うか、気が抜けると言うか、狐に化かされたような顔をしているので自重する。
「あのなぁルフト、そんな上手い話があるか?」
巨大な狼になれる人間をそうそう許容できるとは思えない。異能者と言っても程があるだろうし。
「あるから世の中よく分らないんだよ。アイゼルの「強けりゃそれでよし」みたいな気質も関係してるのかもしれないな」
「……なんとまぁ」
「で、それはお前も同じ」
「何?」
私は狼にも蜘蛛にも蜥蜴にもなった覚えは無いのだが?
「そりゃそうだろ、隊長他お偉いさんの命を救ったんだ、ほれ感謝状と名誉勲章」
そう言ってぞんざいに賞状と勲章を投げてくる。もっと丁寧に扱え
「連絡事項は以上で終了。俺が此処に居る意味は無く、医者からも患者に負担が掛かるから面会時間を制限されている、となると俺はこの病室から出ないと行けな訳だが……」
時間を稼ぐ様にいつもに増してぐだぐだと口から言葉を放流する。放流したは良い物の外に出た途端死んでいる様な気もする声だ。
「あー……憂鬱だー」
「なんだ、ここに来る前まで案じてた事を全部をスル―出来たじゃないか」
そもそもここに来た理由は、部隊受け入れられない事を考慮しての事だったのだ、英雄などとのたまうつもりは無いが、少なくとも受け入れられはしてるだろう。
「お前は寝てたからいいよな……なぁ俺今日此処に泊っちゃ駄目?」
「だ、駄目に決まったるだろう!」
声がどもった上に噛んだおかげでおかしな台詞になってしまう、なんだよ決まったるって。と言うか、私の行動が一々甘ったるい。
「お願いします、今日行く所がありすぎるんですぅ……」
「ええい、捨て犬みたいな表情するなぁ! 女みたいな台詞を言うな! 気持ち悪い! って……あり過ぎる?」
「そうなんですよぅ……何処に行ってもこれ変化してとか、武勇伝語ってとか、余興に一勝負しろとか、脂っこい食事ばっかで胃が弱るし、酒は上手いけど」
「ちっちゃい「う」を付けるの止めろ、いい年のおっさんが言うと怖気が走る」
想像して見て欲しい、只の二十一歳ならともかく、見た目二十後半下手したら三十に見える男が上目遣いでかわいい子ぶる姿を、喉元が熱くならないだろうか、私はなった。
「なんだ? おっさん舐めるなよ、世の中はおっさんの人柱失くして存在しないんだからな?」
あー面倒臭い! この絡み方がまたおっさん臭い、他のおっさん方に失礼かもしれないが。
「とまぁ冗談は置いといて、とりあえずそんな感じで、大変なんだよ。俺、人ん家いったら気を遣うタイプでな」
「タイプの真偽はともかく、胃痛とかはどうとでもなるだろ」
「生命力を回復中なんだよ、"召喚"は酷く生命力を使うってのに、あんな規模の変化で召喚しちまったからな」
「成程な……そう言えば、召喚なんて何時出来る様になったんだ?」
「そうだな、日ごろの特訓の成果という事にしておいてくれ」
「しておいてくれって……」
それは嘘を吐いていると自白してると同意義じゃないか?
「で、泊っちゃ駄目?」
「帰れ」
「うう……了解」
肩を落としながらルフトが病室から出て行く、扉を出た途端、歓声が上がり何かに引っ張られて様に姿が消えた、よしこれで事実確認は済んだな。
「ふぁぁ……」
起きて直ぐ色んな情報を叩き込んだ所為か酷く眠い、別に今日は睡魔を妨げる理由も無い、意識を自ら睡魔にゆだね、ゆっくりと意識を沈めて行く……
◆◇◆◇◆◇
あれから一週間、寝て起きるのを繰り返し、やっとこさ退院が叶った。
感謝の言葉を医師や看護師に伝え、ゆっくりと扉を開き外界への一歩を踏みしめ……
「ようやく会えた!」
ようとした所で、やや豊満な体型のご婦人に抱きつかれる。
「あ、あなたは?」
「ブルーナよ。貴方が助けてくれた馬鹿亭主、じゃなかったホウルの妻よ!」
「ホウル? ……ああ! あのじじ……じゃなかった、落ち着いた物腰の方ですか」
いかにも厳しい隊長と言った、やや白髪が混じった人物だった気がする、如何せん緊急事態だったので明確には覚えていない。
「そうよ! あの人を助けてくれて本当にありがとう!」
馬鹿亭主、なんて言っていたが、内心は本当に好きなのだろう、その瞳はうっすら潤んでいるように見えた。
「いえ、当然の事をしたまでです」
「何を言うの、貴女の活躍があってからあの人すっかり変わっちゃって、もう大助かり!」
なんだか先程のモノローグを撤回しないといけない気がしてきた。
「変わった?」
「ええ、前までは良くも悪くもアイゼル人の鏡! って人だったのに、貴女に救われてから、私の身体を労わってくれたりしてね」
「はははーそれは良かった」
ルフトじゃないが、若干乾いた笑いが零れる。人間って変わるんだな、まぁあの時いた人物の中では一番まとも(と言う表現は適当ではないが)だったからな。
「本当にありがとう。良かったらぜひ今夜家に来てくれないかしら?」
「喜んで、と言いたい所ですが残念ながらしばらくは病み上がりですし、安静にしていたいと思っていますので」
「あらそう、それは仕方ないわね、だったらお茶はいかが?」
人の誘いを無下に断るのは良くないだろう、それに国事のルールと言うか決まり事みたいなものがあれば、教わりたいしな。
「それなら」
「じゃあ決まりね、時間もちょうど良いし、良いお茶を入れるわよ」
「ありがとうございます。ところで、ルフト……私の相棒は何をしているかご存知でしょうか?」
「ああ、あの子は今町中を逃げ回ってるわよ」
「どうしてですか?」
「あの子、この前、やっと折れて闘技場で試合をしたのよ」
「ええ」
「その時の動きがこの町、というかアイゼル中の武芸者には斬新な動きだったらしくてね、もう戦ってくれやら弟子にしてくれやらでてんてこ舞いらしいのよ、で逃げてるって訳」
「あいつらしいですね」
「そうね、アイゼルには居ないタイプだから物珍しいと言うのもあるんでしょうけど、あっほら、噂をすれば」
「どいてくださーい! 轢いても知りませんよー!」
前から口を必死に動かす馬がとてつもない速度で迫ってくる。変化が公認されてる事もあってか、自由(かどうかは疑問だが)を満喫してるなー
「おっ! イレーナ! 丁度良かった、乗って追手を撃退してくれ!」
馬が岩畳をがりがり削りながら何とか目の前に停止し、蹄で背中を指す。
「いや、今からお茶をするんだ、頑張ってくれ」
「おい! お茶の約束と俺どっちが大せ、くそっもう追いついてきやぐえっ!」
後ろを確認して逃げようとしたら馬の首に縄が掛かり馬が苦しそうな声を上げる、一文にすると酷く分かり辛い、だが実際それが起きたんだからどうしようもない。
「よし! 捕まえたぞ!」
「「「よくやった!」」」
息合ってるな。
「"変化"!」
「「「あっ!!」」」
馬の首が短くなり、縄を抜けて再び何処かへ走り去る。あいつが居たのはほんの数十秒だが、見てるだけで酷く疲れた。
「……行きましょう」
「そうね」
◆◇◆◇◆
想像以上に話が弾み、すでに時は夕暮れ、陽が落ち周囲は紅に染まり、牧歌的でどこか懐かしい臭いを漂わせていた。
「そうだったの……ご両親はさぞかし心配してる事でしょうね」
「……やっぱりそうですよね」
ブルーナは酷く母性的な女性だった(まぁ二児の母なのだから当然かもしれないが)、そのお陰かついつい私は滅多に言わない家族の話まで口から零れていた。
「それはそうよ! 私だって、あの子たちと音信不通なんてなったらもう!」
「はぁー……」
改めて現役の母に言われると、自分がいかに酷い事をやってるかを突き付けられる。
「まぁなんにせよ、我儘がすんだらしっかり戻るのよ、私にはありきたりだけどそれ位しか言えないわ。まっ子供の我儘を許容するのも親の役目だしね。勿論、躾けは必要だけどね」
「そうします……」
「ふふ、それでどうなの?」
「どうなのとは」
大体勘付くが誤魔化す。
「分かってるでしょ、あの子との関係よ」
「はぁ……まぁ昔は只の相棒って感じでしたけど、今は……」
「今は?」
「言わずもがなって感じですよ。一年以上互いの生死背負ってたら、どうしても気にはね、なりますよ」
「ふふふ……良いわねー青春してるわー」
「もう二十歳超えてますけどね」
青春なんて言葉は二十歳以下で使うような気がする。
「あら、青くは無くとも、春は何時だって、何回だって訪れるのよ?」
「私より長生きしてる方にそう言われたら、何も言えませんね」
なんて、失礼だっただろうか?
「そうよ、私からしたらあなたはまだまだ小娘なんだから」
「小娘、ですか」
「ええ、それもとびっきり子供っぽい、ね。大人ぶっちゃいるけど、あなたはまだまだ子供よ」
「母には勝てませね」
「母は強し、貴女も自分の母にこってり怒られなさい」
「相棒にも言われましたよ、それ」
「あ"ー……疲れたぁー……」
「っと、その相棒が来たみたいよ」
茂みをがさがさと掻き分け、泥や汗にまみれたルフトが顔を出す。所々からは縄が擦れた痕か、擦り傷が出来ている。
「ルフト、汗臭いから近づかないでくれないか。と言うか何時から居た」
声が僅かに震えている。落ち着け私、まだ慌てる時間じゃない。
「何時からって……追手を巻いたのはついさっきだよ」
「そうか……」
内心で胸をなでおろす、心に胸ってあるのか?
「って、ブルーノさん!」
「どうも坊や。大変見たいね」
「そうですよ! ってもしかしてここ、ブルーノさんの御宅?」
「ええ、そうよ」
「よし、それでは御機嫌よう。僕と会った事は記憶からさっぱり消し、順風満帆な生活をぉ!」
「儂の家に来るとは、やっと儂と仕合う気になったか!」
「あらあなた」
「おう、今帰ったぞ。おお! 我が命の恩人、イレーナ殿もここに居ったか、どれこの相棒少し借りても良いかな?」
「いくらでもどうぞ」
「よし、飼い主の許可は得たし行くぞ! 今宵の闘技場は大盛り上がりじゃ!」
「おい! イレーナァァァ!」
ルフトの声が住宅地にこだまするのを響き終えるのを待ち、再び椅子に腰を掛け、私達はは優雅にお茶を楽しみ始めた。