第四十六話:昇進の男女並びに傷心の父
テポーレをから片道四時間、現在地点は首都アイゼル。
私の退院から幾日か、私達の部屋には命令書が届いていた。まぁそれはそうだろう、一応私達は自由遊撃兵として扱いは正規兵、好きな時に働く気ままななギルド員とは違い、町内部の警備は勿論、結界適用外の部分を見て回るなど様々な業務がある。
そんな訳で命令通り八番隊兵舎へと歩を進め、正式な就任及び挨拶へと向かった。
そこに居たのは大隊長を初めとした八番隊トップのお偉方、嫌が応でも体が硬くなる――筈だったのだが。
「何であんたが此処に居るんだよ」
先程までは仕事をするときの真面目な表情だったのだが今は完全に気が抜けた間抜け面。
しかしそれも仕方ないだろう、机の一番奥トップ中のトップ、大隊長のプレートが眩しく光る(誇張だ)その人物、見た事ある髭に歴戦の傷、年相応に落ち着いた物腰――ホルン、フルネームで言えばホルン=ソルダートなる人物がルフトとは対照的に引き締まった顔で席についていたのだから。
「ルフト遊撃兵! 貴様、大隊長に向かって何と言う口を!」
「まぁ落ち着き給えマルク部隊長、ゼーレ遊撃兵とは知り合いでな、つい素が出てしまったのだろう、なぁゼーレ君」
「申し訳ありません、思いがけない事につい気が動転してしまいました。しかし、失礼ですが大隊長はテポーレに着任しているのでは無かったのですか?」
そう、だから私達は驚いていたのだ。普通、正規兵は着任した地に住むはずだ、言い方悪いがテポーレは大隊長などと呼ばれる人物が着任する場所では無い。
「ふむ、当然の疑問だが……今は他の業務を優先させて貰いたい、良いかな」
「勿論です」
「よろしい、ではその席に座りたまえ」
気にはなるが仕事は仕事、直ぐに退き勧められた席へと腰を下ろす。
「君たちに来た貰ったのは他でもない、この依頼書」
そう言って私達への依頼の詳細が書かれた紙を此方へ机に広げる。長机なので私達からは内容を把握できない、だからと言ってもっとこっちに寄せて! などとは言える訳がない。
「この依頼書に修正を掛けさせて貰いたい」
その言葉に私とルフトが凍り付く。修正? 何か不味い事でもやってしまっただろうか? 出しゃばった事で上層部に何か因縁でも?などと様々な考えが頭を駆け巡るが、良く考えてたら今の私達を首にしたら間違いなくテポーレの住民から不満の声が上がるし、違約金もそれなりに掛かる筈だからその線は無いな。
「と言うと?」
少し当惑したような表情でルフトが尋ねる。それはそうだ、どう修正すると言うのだろうか? 報酬金を上げるか下げるか位しか修正は出来ないと思うのだが。
「我が部隊が修正したいのはこの部分だ」
そう言ってホルンが紙の一角を指差すがぎりぎり見えない、口で言って欲しいのだが。止む無く立ち上がり(その際のお偉方の眼は怖かった、しょうがないだろ!)その一角を見る。
「自由遊撃兵……役職、という事でしょうか」
「その通り、君たちには他の役職について貰う」
それは正直嬉しくない話だ。自由遊撃兵、この役職はルフトが戦死(逃亡)する上で欠かせない、とまではなくとも変に畏まった役職よりはやり易くなる。
「……どのような役職でしょうか?」
聞いた後でも遅くないと判断したのかルフトが問いかける。ちなみに私はさっきからずーっとだんまりだ、何か言おうとする前にルフトが言ってしまうからな、決して答えが分かっているのに授業中に手を上げられないタイプでは無いぞ、私は、本当だ。
「アイゼルで最も小さい構成単位である"四人組"。その長だ、ルートナイ君にはその補佐を務めて貰う」
最も"小さい"などとわざわざ言う必要があっただろうか? いや、無い。まぁ反語は置いておくとして、こんな事言ったのは、私達が今の役職から退きたくないのは分かっているのだろう、だから最小と銘打つことで、こちらの抵抗を少しでも減らそうとしてきたのだろう。
「辞退する事は?」
「出来ない。これは書状から分かる通り命令だ」
ホルンの声は高圧的で有無を言わせぬと言った心意を感じる、まぁ他の人の目がある中大隊長ともあろう人物が良いよーなどと言え無いだろう。だがまぁ、このまま何も言わないのも嫌なので一応は反論してみる。
「お言葉ですが、私達はまだ未熟です。長などと言う役職を背負うにはまだ日も立っておりません、差し出がましいかも知れませんがそれこそ余計な反発を招くかと……」
「その点は大丈夫だ。この間の戦役はここアイゼルにも知れ渡って居る、それに数日前から発布はしており、私が認める人物とはしっかり伝えた。全部とは言わないが、九割の隊員は納得しておるし、皆自分がお主らの組に入るのを期待している」
そう言われたら悪い気はしないが、それでも後の事を考えると断っておきたい……が、やはり無理か?
そんな心中を視線でルフトに伝え、帰って来た返事は「無理」実にシンプルで分かり易い答えだ、もう少し粘る気ないのか当事者。
「分かりました、ルフトともどもしっかりとその役目勤め上げたいと思います」
◆◇◆◇◆◇
せっせと店内を駆け回る店員、肺に侵入してくる煙草の煙、喧しい喧噪、絵にかいたような酒場が私の網膜に描かれていた。
「で、なんで組長なんかに押し上げてくれちゃったんだよ、おいさんよ」
「相変わらず口のきき方がなって居らんの、お主は」
こんな所(店の人たちに聞かれたら怒られそうだ)に来た理由は一つ、ルフトがじと目で言ってる通り、なんで組長(顔に傷無し)なんかに押し上げてくれちゃったのか聞くためだ。
ちなみにルフトが目上なのにため口なのは、テポーレに居る間、毎日闘技場に連れて行かれたからだ。
「だがまぁ、お主の言いたい事も分かる、本来なら戦争に参加するために来たんだからの」
「……まぁそうだな」
本来の目的をいう訳にもいかないので、若干口ごもりながらの返答だ。
「その事に関しては本当に申し訳ないとは思っとる、今回のお主らの異例の出世は儂の我儘での」
「本当に異例ですよね、私達ここに来て二週間無い上に、約二か月後の開門襲撃戦が終わったら正規兵ですら無くなる訳ですし」
「そこまでして何を俺達にやらせようって言うんだ?」
そこまで無理矢理押し通してまでの頼み、恐らくとても深刻な問題が――
「……息子の矯正じゃ」
どうやら、父と息子間でのすれ違いは何処にでも生まれ、何処でも大きな問題となるらしい、丁度一年ぐらい前にも同じような問題を取り扱った事がある気がする。今回に至っては権力でごり押してるし、ホルンさんには悪いが……どんな親馬鹿だ、と言わざるを得ない。
「…………よし、この爺吊るすぞ。闘技場の時の数倍ギタギタにしてからな」
こめかみをひくひくと動かす様からは冗談の"じ"どころか冗談と言う文字を忘れてしまう程だった、捻り過ぎて意味が解り辛い。
「わ、儂とて情けない頼みとは分かって居る。だがこれは、お主たちの所為でもあるのだぞ!」
「あん?」
聞き方がチンピラだ、しかしルフトのやる事を考えるとホルンのフォローをする気にはなれない。
「テポーレ防衛と闘技所の事じゃ」
「どういう事だ?」
「あの日、儂はヴァンパイアを掃討して、細々とした戦後処理を終えて、やっとこさ帰ったら「女性に守られてよくアイゼルの戦士を名乗れますね」などと一番下の息子に言われての」
ああ、確か息子さんは三人兄弟だったな、そうか末っ子は甘やかさる云々の話はここにも適用されたみたいだな。
「親父そっくりに育ったわけか」
「……そうじゃの、アイゼルの気質を言い訳にはせぬわい。だがこれはまだ良かったのじゃ、久しぶりに実践稽古をしてやったら、少しは見直しての、決定的にあいつがねじ曲がったのはお主と戦った闘技場の時じゃ、散々ボコボコにされた儂を見てただ一言「失望した……」などと言われた時は、持った槍で後ろから突くところじゃったわい。その上、奴は訓練学校を首席で通過しよっての、天狗になっているところ事も……」
次々と口から零れる息子への愚痴、酒がみるみる減って行き、口数はどんどん増えて行く。それを私はは右から横に流し、ルフトは真正面から叩き割る。
「……息子の育て方を間違ったな。それじゃ」
「という事で、儂が全面的に悪いのは認めるから。あ奴を肉体的にも精神的にも鍛えてくれぬか?」
先程まで私達に責任が云々言ってたような気がするのだが、まぁ気のせいにしておこう。それにしても、ホルンさんも家族の事に関すると弱いらしい、ブルーナさんが言ってた通り、今まで表だって家庭の事をに関わらなかったと事が負い目になっている見たいだな。そこら辺も息子さんには情けないと思われてるのだろうか?
「ころっと言い分を変えやがっ……」
「頼む……!」
頼むも何も実際にはやるしか選択肢は無いのだが。酔いも手伝ったのかホルンは頭を深く下げる。その態度にルフトも一瞬たじろぐが、直ぐに持ち直し辛辣な言葉を吐き捨てる。
「そういうのは親がするもんだろ、爺様から言えば良いじゃないか」
「確かに、儂が叩きのめし言って聞かせるのは容易い……だがのう、それじゃあまた直ぐに元に戻ってしまう。それが分かっていても儂にはそれ位しか出来ぬ、だから、だから……!」
そう頼み込むホルンの目には"後悔"の二文字が濃く浮き出た雫が満ちていた。
「あーもう、泣くなよ爺様、ったく泣き上戸かよ。分かった分かった、やる、やるよ」
「すまん……!」
水を差すが、何度も言う様に命令なので拒否権は無い。だがまぁその場の流れだ。
「但し、俺のやり方に後で文句言うなよ」
何か思いついたのか、そんな言葉を付け足す。その顔は酷く真面目で、やる前に謝っているようにも見えた。
「もちろんだ」
「よし、それじゃあ、話を纏まった所だし改めて呑もうか」
「ああ……」
「私はそこそこ呑んだしこれで失礼させて貰うぞ」
「おう、明日は顔見せだから遅刻厳禁だぞ」
「分かってるさ」
自分の分の代金を机に置き、尻や胸を触ろうとする不埒な奴らを避けつつ出口を目指す、胸が目玉焼きなどと言った輩は蹴り飛ばしておいた、気にしてる訳では無いが上手い事言ったみたいな顔にカチンときた、今は反省している。
「息子が……で!」
「それは……そんなの……だろ!」
ホルンが愚痴り、それをルフト元気づけ笑い飛ばしているのが出口まで聞こえる、そんな声を聞きながら――
「私、来なくても良かったよな」
ポツリ、虚しい一言を吐き出した。




