第七話 たたみ ※
まさか自分がこんな子どもっぽい真似をするとは思わなかった。
私は無理矢理春人さんを家に連れ帰ってきて居間の畳に押し倒した。人混みから離れ多少静かになったからか、やっと動きを止めたからか、自分が肩で息をしていることに気付く。私に倒されこちらを見上げている彼を見ていると、悔しさ、寂しさ、申し訳なさ……いくつもの感情が湧いてきて、それらを整理する為、息を落ち着ける為に一度唾を飲み込んだ。
外からは祭りに浮かれ騒ぐ声や、屋台の料理の匂い、楽しそうな話し声が聞こえてくる。提灯で飾り付けられた街の光が部屋に入って、暗がりでもはっきりと春人さんが見えた。畳には、藍の着物より数段暗い彼の長髪が扇のように綺麗に広がっている。両手の間で彼は静かに私を見つめていた。
「……すみません」
ここまで特に何も言わずに来て、私が最初に発した言葉はそれだった。
もう少し若かったら感情に任せて乱暴に彼を抱いたのかもしれない。でも落ち着くと、何をしているんだろうという気持ちになってきて、どうしたらいいか分からなくなってしまった。
「夜に連れてこないと決めていたのに。外で、人に見える場所で、手も掴んでしまったし。私は……」
消え入りそうな声で言うと、春人さんが苦笑した。
「あなたは優しすぎますよ。ごめんなさいは僕の方なのに。久しぶりに会ったのに、僕はいきなり別れを告げたんですよ。怒っていいのに」
「だって、初めから期限付きだと分かっていたじゃないですか。それなのに私はこんな真似をして……。駄々を捏ねているようなものです」
「……」
春人さんは微笑に寂しさや申し訳なさを滲ませて、起き上がるとそのまま私の唇に自分の唇を重ねた。首の後ろを掴み、求めろと言ってくる。それでも、これでいいのかと私が応えないでいたら合わさっていた薄い唇が開かれて、舌先がつんと触れた。彼の顔はいつもの甘いものではなく、寂しさの堪え切れなくなったもので……辛くなるばかりの私はもう、どうにでもなれと再び彼を押し倒した。
視線が交わり、鼻先をくすぐる吐息が温かい。唇を食めば柔らかく、触れていけばいつもと変わらず体が温もっていく。それでも寂しさに焼かれそうなので抱きしめると、少しだけ安心出来た。
着物の襟から合わせを乱し、私の手に転がされた春人さんはいつも通り……唇を離すと、凛とした顔が春の雪のように蕩けているのがよく見える。私はこの顔が好きだ。
ゆっくりと帯を解き着物を開き、現れるきめ細かな白い肌に私はそっと唇を落とす。とくん、と聞こえる心音が愛しく離れる気にならない。そのまま舌を這わすと彼は、ふっと小さく息を漏らした。優しく食む度微かに声を漏らし、絶えず瞳に私を映す。華奢に見えても舞をするから、触れる体は意外にもしっかりした男性の、けれど美しい線をしたものだ。こちらを見上げる顔は私を待っている。その端整な顔立ちは羨ましいとさえ思わない程に
「綺麗です」
「いつも言いますね」
「いつも思うので」
「嬉しいです」
彼が言葉通り微笑む。私はその頬に口付けをした。そして戻り際、視線が畳に行ったことでここが居間だったことを思い出す。
「……布団を出しますか?」
「ぐだぐだじゃないですか。最後の最後で」
「畳だと背中が痛いかと。……最後ですし」
聞いていた彼は仕方なさそうに小さく息を吐いて笑った。
「僕は構いませんけど、あなたが嫌そうなのでそうしましょうか」
軽く冗談を言って彼が帯を拾う。私は奥の寝室に布団を準備しながらちらりと彼の方を見た。これまでも私は偶にこういうことをしてしまっていたので、彼は慣れたらしく初めの頃のように落ち着かなさそうにはしていない。両手で帯を持って僅かに俯く彼の頬は赤らんでいたけれど、今日は目の下がどこか寂しそうだった。
もう布団はこれでいいかと思った時、後ろで帯を適当にその辺に落とした音がした。私の帯も勝手にするりと落ちていき、振り返ると彼が真後ろにいた。熱を帯びた瞳に誘われるようにして、私は頬に手を添え口付けをする。そのまま着物を脱がし、ゆっくり座り、漏れる声と共に彼を布団へ沈めていく。
「今日はよく見えますね」
こちらを見上げ彼が小さくはにかんだ。彼と肌を合わせるのはいつも夕方頃だったからそれに比べれば暗いのだが、今日は外の提灯により夜でもそこそこの明るさがある。
「今日が祭りで良かったかもしれません。あなたには覚えていてほしいんです。僕の、どんなに細かい所だって全部……」
私の手首をそっと掴んだ春人さんは、それを自分の臍の辺りへと連れていく。
「覚えています。片時だって忘れないよう」
私は彼の体に埋もれるように口付けを落とすと指を這わせた。
私達の熱がゆっくりと、布団を温めていく。
「……っあぁ」
艶かしく、甘えるような彼の声。応えようと、投げかける言葉は出来るだけ優しく、独りよがりにならないように。けれどいつも以上に彼が私を掴む力が強くて、私を呼ぶ声が大きくて。私は興奮なのか寂しさなのか胸が苦しくて、気を付けないと乱暴に抱いてしまいそうだった。
彼の、汗に濡れた体、緩んでいる口元、柔らかくて偶に不規則な息遣い、私を呼ぶ甘い声……。触れれば触れる程に熱が増す。
噛み締めたい。噛み締めなければならない。この愛を、時間を、彼を、その全てを。
だってもう、先がないから。




