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終わりの夜に  作者: いとい・ひだまり


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第六話 夏祭り

 春人(はるひと)さんと恋仲になってから約一年が経った。暫く忙しく、春人さんに会うことが出来ずにいたら夏祭りがやってきてしまった。思うと最近彼が来なかった理由も忙しかったからだ。彼は今宵、舞台で舞を披露するのだから。

 神社の境内から近くの商店街、その裏を少し行った普段静かな通りである私の家の辺りまで提灯が飾り付けられ、どこから湧いてきたのかと思う程辺りは人で溢れている。

 商店街から境内まで続く色とりどりの屋台からは美味しそうな匂いが漂い、時たま元気な子どもの声が突き抜けて聞こえる。

 あの一年前の祭りを思い出す。あの日は事前に待ち合わせ場所も決めて、春人さんの舞が終わってから一緒に屋台を見て回った。彼のおすすめはかき氷とか林檎飴とか、甘いものばかりだったな。

 今年は忙しくて待ち合わせ場所を決めることも出来なかったが、去年同様舞の後にお社の側にいれば見つけられると願おう。

「もうすぐ舞が始まるって」

「行こう行こう」

 私が階段を登っていると、若い娘達の声が聞こえた。彼女達も彼の舞が楽しみらしい。


 境内の中心よりほんの少し右、お社寄りに舞台は設置されている。木製の舞台にはしっかりした造りの欄干があり、お社側へ数段の階段、その先に白い天幕と続いている。

 数畳の広さである長方形の舞台には、お囃子を担当するのだろう数人がお社側の薄色の座布団に既に座っている。ぎりぎりまで仕事をしていて少し来るのが遅くなったらしい、辺りは結構混んでいて最前列には行けそうにない。馬鹿者、と自分を叱責しながら待っていると、後ろの天幕から舞の衣装に身を包んだ眉目(びもく)秀麗な青年が出てきた。途端に、辺りは時が止まったかのように静かになる。

 春人さんは真っ白な衣とズボンを着用しており、袖には朱や金、翡翠色の飾り紐が揺れる。胸の前に銀の神楽鈴を一つ持ち、一歩、二歩とこちらに歩んでくる。髪は高い位置に結われており、それを留める薄手の布が髪と共に僅かに風に揺れた。遠いので今日は見えないが、その布の端に淡い色で花の刺繍が施されているのを去年彼が近くで見せてくれた。

 階段を上る為僅かに伏せられていた彼の瞳が、舞台へ上がると再び正面を向く。ゆっくりと、しかし重みのある足取りで彼は中心へと向かうと、そこで一つ、僅かに手首を動かしシャンと鈴の音を響かせた。それを合図に、ひゅるりと笛が歌い始め、ドンと太鼓が加わり舞が始まる。

 心臓が震え鼓動が増したかのように感じる太鼓の音と共に、彼の足は軽やかに運ばれ下り、清水の流れのように笛の音と共に手が(くう)を撫で鈴を鳴らす。微笑みは柔らかく淑やかで、それでも強い芯のある舞だ。

 舞台上は時に炎が咲き、氷と水に(きよ)められ、花が笑むかの如く展開していく。まるで御伽噺(おとぎばなし)のように美しい。

 あの桜の日、彼は桜の精に思えた。けれど今はそれより……何と言ったら良いのか。天上人(てんじょうじん)のように見える。私の知らない、手の届かない存在かのように。去年も似たように感じたけれど、今は何故かその時より、更に遠く感じる。

 女性と見紛うような美しい見目をした彼の舞。皆見惚れていたのだろうか、夢中で見ていた私には分からない。けれど終わった時、ちらと周囲に目をやると皆満足そうだった。

 彼はまた、行きと同じようにゆっくりと天幕へ戻っていった。


 去年同様、私はお社の側で春人さんが着替えて天幕から出てくるのを待っていた。約束はしていないけれど、あまり人のないここで待っていれば春人さんは私を見つけるだろうし、一緒に屋台も回ってくれるだろうと思っていたのだ。たとえ忙しくても、一声くらいは掛けてくれるだろうし。

「……何を食べよう」

 香ってくる屋台の匂いが胃袋を刺激する。焼きそばの匂いが強いな。あれにしようか。なんて考え事をしながら屋台の方を眺めていると、名前を呼ばれた。目を向けると藍色の着物を着た、いつもの姿に戻った春人さんがいて私は少し安心する。

 けれど、春人さんの顔は明るくなかった。どうしたのかと聞く前に彼は口を開き――

「言わないといけないことがあるんです」

 一瞬にして、私の心臓は強く握りしめられたかのように痛みだし……

「何、ですか」

「終わりに、しないといけなく……」

 上ずった声だった。

 父親に言われたのか、見合いを引き延ばすことに限界を感じたのか。春人さんは後に言葉を続けることなく下を向く。祭りの光も賑やかさも、随分と遠くに感じる。さっきまで楽しみにしていたのに、私と彼だけが隔絶された闇の膜に閉じ込められたかのように、酷く重く息苦しい。

 こんなところで終わってしまうのか。

 ――嫌だ。

 大きく主張した心の声に、私は喋る余裕もなく春人さんの左手首を掴むとそのまま歩き出す。

 人の目に触れる、噂になる。散々気にして気を付けたのにもう構っていられなくて、私は人混みに飛び込んでもそのまま歩き続ける。

「っあの、どこに行くんですか……?」

 不安げな彼の声。自分でも分からない答えを探して訪れた沈黙の後

「家です」

 出た答えはそれだった。

 今はどうにか――どうにかしたい。逃げたい、落ち着きたい。だから、二人きりになれる場所へ。この人混みから、二人だけのあの場所へ。

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