第三話 期限が出来た日
祭りの当日、彼は世界の中心で奇跡を起こしたのではないかと思う程私達を魅了した。天女さながらの彼の舞は、舞台が雲上かのように異世界の人に思えた。ただ、そんな彼が着替えて天幕から出てくると、爽やかな笑顔で「疲れました!」なんて。思わず笑みがこぼれて「お疲れ様です」と伝えると屋台へと引っ張られた。そこで渡された彼のおすすめが全て甘いものだったのは、いたずらかと思えばただの甘党だったというのも楽しい思い出だ。
祭りで見た彼が美しかったから、笑顔が可愛いから、話していると楽しいから。理由はいくつもあるような気がする。でも何が決め手だったのかは分からない。晩秋頃、気付くと私は彼の一挙手一投足を追うようになっていた。
軽やかな口調と、風に靡く結われた黒髪、穏やかな顔に落ちる睫毛の薄陰、弧を描く唇、色白で、それでも節が見える手……。「読者に手を出そうなんて最低だからやめなさい」と自分を律し目が行くのを堪えながら、私は日下部ねこ太であり続けようとした。
そんなある日。私達はいつも通り、神社の裏手の草の斜面に座り話していた。「紅葉が綺麗で」なんて彼ははしゃいでいたのに、ふっとその笑みが消えたのでどうしたのかと聞くと彼は口を開いた。
「この間父が言ってきたんです。そろそろ見合い相手を探してもいいんじゃないかって」
「後継ぎですもんね。神社の」
「そうなんです」
春人さんは頷くが、あまり嬉しそうではない。悩んでいるのだろうかと、私はちらりと目をやった。
「お見合い、緊張しますか?」
「緊張というか……嫌ですね。好きな人がいるのに、知らない人と結婚なんてしたくないですよ」
「……」
好きな人、その言葉で私は雷に打たれたかのようだった。考えたことがなかった訳ではない。ただ、いざこうして明かされると胸が痛いどころではない。
春人さんにもそういう相手がいたのか。いや、いるだろう。彼だって二十三の男なのだから。けれどたった今私が失恋したことを顔に出す訳にはいかないし、せめて相談には乗りたい。想い人の幸せを願えてこそ、真の想いというものだろう。
普段であれば絶対にこんな話はしないし、したくもない。なのに……と思いながらも、私は提案した。
「その人に想いを伝えてみてはどうですか? 上手くいけば結婚までいけるかもしれませんよ」
「男なんですよ」
「……男」
まさか春人さんにもそっちの気があったとは、と思うと同時に、彼の境遇に心底同情した。私は特に何かを継ぐような家ではなかったし、兄に既に家庭があるからか両親は結婚についてとやかく言ってこない。そもそも例の件で私が両性愛者であることは周知の事実なので、期待などされていないのだろう。盆や正月に実家に帰るが特に興味はなさそうだ。
「難しいですね」
「……そうなんです。いっそ告白して玉砕すれば見合いにいけるんじゃとかも思いますけど、付き合えることになっても結局は期限付きじゃないですか。僕は結婚して、家を継がなきゃいけない。付き合っても一緒にいられるのは半年……数か月かも。迷惑はかけたくないから……」
「そうですか。……後悔がないならいいですが、私は心配です。期限付きであることも踏まえて関係が持てれば、何もしなかったより悔いが残らないとは思いますけど……」
言葉選びに迷いながらも、彼には幸せになってもらいたいと春人さんの方を見る。と、彼は既にこちらを見ていた。
「……和仁さん」
「なんですか?」
初めて名前で呼ばれたので少し驚きながら、続きを待っていると。
「和仁さんです。僕が好きなのは、和仁さんなんです。ただの読者がのぼせ上がってるって、振ってもらってもいいです。でも、好きなんです。僕とお付き合いしてくれませんか?」
真剣な顔に、僅かに不安の色を滲ませて彼は私を見つめてくる。
返答に困ったという訳ではなかったけれど言葉に詰まった。まさか自分がその相手だなんて思ってもみなかったし、そんな素振りだってなかったものだから衝撃で口から心臓が飛び出るかと思った。
「わ、私でいいならお受けしますが――」
「本当ですか!」
一瞬で彼の不安気な顔が笑顔に変わる。ただ、いつになく彼の声量が大きかったので私は慌てて人差し指を立てた。私の噂はどうでもいいが、彼に飛び火すると良くない。
「あ、すみません。嬉しくて」
「……あの、何故私を?」
「……何でなんですかね。分からないですけど、好きで」
頬を赤らめて、恥ずかしいのか彼は笑う。そんな彼にだけ言わせておくのもみっともないと、私は小さく咳払いした。
「私も、実は好きでした」
「本当ですか? 嬉しい」
一方通行だと思っていたのだろう、春人さんは心底安心した声をした。けれど次には不安そうになって。
「あの、本当に良かったんですか? 僕で」
「いいです。嬉しいです。私は諦めようと思っていましたよ」
それに春人さんは驚いた声を上げた。
「どうして……」
「あなたは読者ですから。……いえ、読者だからと理由を付けて告白するのを渋っていただけかもしれません。私は小心者ですね」
もう慣れてしまったから、通りすがりの人に何とかと揶揄われるくらい何てことはない。何か言われて私が変わる訳でも、何か言って相手が変わる訳でもないから。けれど春人さんは友人で、手を出して離れられた時のことを思い怖がっていたのかもしれない。
私が苦笑すると、聞いていた春人さんは微笑んだ。
「和仁さんが受けてくれて良かったです」
「でも、一つ気になることが……。あの、いいんですか? 私はもうすぐ三十路なんですが」
「ただの年上のお兄さんじゃないですか。……それとも何ですか、僕がそんなに子どもに見えますか?」
「んー、どうでしょう。時と場合によります」
舞をしている時はとても二十三には見えないが、今のように少し拗ねた顔は可愛らしく見える。いや、これは子どもっぽいというより、ただ彼が可愛いのかもしれない。
「あなたが三十路になったら僕も二十四になりますよ。たった六つしか離れていないのに」
春人さんは小さく文句を言っているが、私はそこまで年の離れた下の人と付き合ったことがない。いや、春人さんに割と世話を焼かれていたし猫を被っていた訳ではないから「年上として」というその辺の緊張はしなくてもいいのかもしれない。それより緊張するのはこの恋が絶対にバレてはいけないということだ。これは彼の未来に関わる。変な噂が立たないよう、私は彼を夜に招くのは絶対にやめようと決意した。




