第二話 日々
「また会えたらお話してもいいですか?」
「もちろん。私も楽しかったです」
手を振り別れてから、家に帰っても私はまだ胸の辺りがほわほわと温かく心地良かった。
久しぶりの良い時間となった彼との対話は、私を度々神社へと向かわせることになった。思い悩んだので気分転換に。また話がしたいと思って。彼のことが頭に浮かんで……。
菓子を持って遊びに行ったこともある。私と目が合うと彼は人に気付かれないようにほんの少し微笑んだ。見られると緊張するのか落ち着かないのか、そわそわとしている様が愛らしかった。
「春人さん、その大量の花は何ですか」
ある日のこと、神社の裏手の草の斜面で、彼は座って何か作業をしていた。彼はよく草履を履いているけれど、私は下駄なので石階段を使って向かう。
「腕輪を作ってるんです。妹が欲しがってて」
彼女は春人さんの十くらい年下だと聞いた。この様子を見るにとても可愛がっているらしい。
「すみません、やりながらで」
「構いません。……手伝いましょうか?」
「いいんですか、助かります!」
恐らく彼一人でやった方が時間はかからなかっただろうが、彼は「妹が喜びます」と笑った。その笑みを見ていると、私は本当にいい巡り合いをしたものだと思った。
悩みを言えば
「先生なら出来ますよ」
そう応援してくれる彼の目は真剣で、舞の練習を頑張っているのを時折見ていた私は自分も励もうと思えた。
「先生、その髪飾りどこで付けてきたんですか?」
「髪飾り?」
「頭の桜です。あははっ」
「どこですか? すみません、取ってくれますか?」
私が困って頭を触ると春人さんが取ってくれたけれど、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「綺麗だから付けてても良かったですよ」
「それは恥ずかしいです」
はしゃいでいると本当に無垢な子どものような人だけれど、神社の仕事をしている時は尋常でない程大人しく清廉で、神か何かに見えた。そんな春人さんの仕事姿を遠くから眺めるのが好きになった。
くだらないことも話し合うようになって、彼という人が見えてくると、実に綺麗な猫に似ていると思った。
「日下部先生、最近青菜食べました?」
「……食べてないです」
「健康に悪いですよ。家のお浸し持ってくるので待っててください」
「はい。ありがとうございます……」
母親か何かかと思いそうな世話を焼いてくれることもあった。情けなかったが、歩いていく彼の足取りが軽やかで、顔が見えると微笑んでいたので少しだけ嬉しかった。
「ねこ太先生、何ですか? 僕の髪見て」
「あぁいや、綺麗に靡いているので。あ、変な意味ではなく。あまり長髪の男性を見ないもので、資料に良いと」
自分も背の中程まで伸ばしてはいるが、鏡台の前に座りでもしないとしっかり見えない。春人さんの髪は腰の辺りまで伸びていて綺麗だ。
すると彼は笑顔になって。
「僕資料になれるんですか!」
「嬉しいんですか?」
「最高です」
「あははっ」
真剣な面持ちで言ってくるので、私はついからからと笑ってしまったのだった。
春から夏へ。季節はゆっくりと過ぎていった。
いつものように神社の裏手の草の斜面で話していた時。春人さんの言葉の続きがないのでどうしたのかと見たら、その瞬間私に傾いてきて、ぽすんと肩に頭が触れた。
「春人さん?」
彼の顔を覗き込むと眠っている。そういえば「昨日読書がやめられなくて夜更かししてしまった」とか言っていたなと思い出した。軽く揺さぶってみるが起きない。もう一度強めに揺すり名前を呼ぶと、彼は飛び起きた。
「え、僕寝てましたか?」
「寝てましたよ。びっくりしました」
「ごめんなさい、ついしてしまった夜更かしが……。良くないですね」
春人さんは目をこすると手を組んで斜め上に伸びをした。少しだけ袖が下がって白い腕が見える。あまり見るのはよくないかと私は目を逸らした。
「それで、今度の夏祭り。あれで僕舞うんです。良かったら来てくださいよ」
「何日でしたっけ」
「二十四です」
「分かりました、行きます」
気付いたら友人のような関係になっていて、私は当たり前に彼の誘いに乗り行事に参加しようとしていた。元々そういったものは特に好きではなく、人との集まりにもあまり行かない。前に祭りに行ったのだって、それこそ問題の元恋人とのデートでだ。だから尚更、春人さんの提案に嫌な気が全くしなかったのが自分でも意外だった。まあそれは、彼が舞の練習を頑張っているのを知っていたから、そんな彼の本番の様子も見てみたいと思ったというのが大きいと思うが。
「待ち合わせして屋台も見ますか? 僕おすすめもありますよ」
「ではぜひ。色々回りたいですね」
「はいっ。じゃあ近付いたらまた待ち合わせ場所とか色々決めましょう」
春人さんの言葉が弾んでいるので、私は何だか嬉しく、祭りが楽しみに思えた。思い出の上書きを期待した訳ではないが、彼と回ればきっと楽しいだろうと。




