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「あっ、ああ。先に湯を浴びさせてもらった」
「いえ、いいのよ。私もさっき浴びたから」
シャルロットはふわりと微笑んだ。
それだけで甘い香りが部屋中に充満するようで、全身が熱くなる。
身に着けている薄手のネグリジェが視界に入ると、心臓の鼓動が早くなる。
「イザーク?」
パッと顔を背けると、シャルロットは不思議そうな声を出す。
「ごめんなさいね、私の部屋で。本当は客室を用意するってお父さまがおっしゃったのだけど、イザークが話があるようだったから、一緒がいいと思ったの」
無邪気に微笑むが、シャルロットはその意味を理解しているのか。
「悪かったかしら?」
いいわけないだろう……!
少なくとも今夜は眠れる気がしない。
「いや、そんなことはない」
本心とは違うが、強がって気丈に振る舞う。
「私のベッド、広いから大丈夫よ」
そこは大丈夫じゃないだろう……!
シャルロットはニコリと微笑み、ベッドから立ち上がる。
そして俺に近づいてきた。
「そういえば、話があるって言っていたけど……」
シャルロットが近づいてきたことで、より一層強く甘い香りを感じる。
俺の顔をのぞき込み、首を傾げる。
どうやって話を切り出そうか、グッと唇を噛みしめる。
しばらく無言で見つめ合うと、シャルロットは小さく微笑んだ。
「どうしたの? そんなに言いにくいこと? 唇、切れちゃうわよ」
そっと手が伸ばされ、頬に優しく触れた。
その瞬間、カッと全身が熱くなり、思わずシャルロットの手をつかんでしまった。
「い、いいんだ。話はあとからする」
「……そう」
しまった、これでは彼女を拒絶しているみたいじゃないか。
眉根を下げたシャルロットの表情には少し落胆の色が浮かんだ。
「じゃあ、寝ましょうか。疲れたでしょう」
「あっ、ああ」
シャルロットがベッドへと向かう。
心臓がドクドクと音を出し、彼女に気づかれているかもしれないと不安になる。
シャルロットが足を止め、クルリと振り返る。
「どうしたの? 眠らないの」
そう問われて、言葉に詰まる。
「――同じベッドを使うわけにはいかないだろう」
このままでは手を出してしまう。自制が効かなくなるだろう。シャルロットの隣で眠るなんて――。
まだ話をしていないのに、それは不誠実だと感じる。
「俺はあっちで十分だ」
ベッドの横にある、ソファを指さした。
「――そう」
シャルロットはポツンとつぶやくと、クローゼットから予備の毛布を取り出して俺に手渡した。
そのままソファへ行き、横になる。
シャルロットはベッドへ行くと、脇にあった灯りを消した。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
部屋がほのかな灯りと静寂を包む。
俺は当然眠れるわけもなく、天井を見つめる。
情けない――。
自己嫌悪に陥り、ため息をつく。
シャルロットが南部に戻ったと聞き、居ても立っても居られなくなり、勢いだけでここまで来た。会えたら正直に気持ちを伝えようと、そして北部に戻って欲しいと懇願でもするつもりだった。
だが、実際に彼女を目の前にしても、言いたいことが言えなくなってしまう。
俺は恐れているのだ。彼女の口からはっきり北部を……いや、俺を拒絶する言葉を聞くのを。
だからといって、今の有様はなんだ、イザーク・カロン。
俺は――南部まで、ソファで眠るためにきたのではない。
自分の不甲斐なさは、じゅうぶんに自覚している。
だが俺は、シャルロットと話をしたくて来たんだ。
覚悟を決め、ベッドへ視線を向ける。
もう、彼女は眠ったのだろうか。
こんなに意識して眠れない夜は、俺だけなのだろうか。
「シャルロット」
小さく彼女の名前を呼んでみる。すると――。
「……どうしたの? 眠れない?」
返事があったことに、安堵した。
「ああ、眠れそうもない」
同じ部屋で、シャルロットの存在を感じながらなんて、眠れるものか。
「じゃあ、話でもする?」
シャルロットが小さく笑う声がした。
ソファから身を起こすと、彼女も起き上がろうとしたのがわかった。
「ああ、あんたはそのまま横になっててくれ」
出産に立ち会ったのだから、疲れているだろう。
「あなたこそ、疲れていないの? 北部から来て」
「いや、俺は別に」
無我夢中で馬を走らせ、部下に無理をさせた自覚はある。だが、疲れなどシャルロットの顔を見た途端、吹き飛んでしまった。
あんなに意気込んできたのに、彼女を目の前にすると言いたいことの半分を口に出せない自分が、情けなかった。




