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「子供はたくさんいた方がにぎやかで楽しいぞ」
初夜もまだの関係なのに、子供が産まれるなど、到底ありえないことだ。
「なっ……! お父さまってば……」
シャルロットの頬が赤く染まっているのに気づくと、つられて自分も熱くなってきた。
「あなた、人にはタイミングというものがあるのですから」
笑顔のセバスティア侯爵夫人にピシャリとたしなめられる。
「む、それもそうだな」
セバスティア侯爵は目に見えてシュンとした。
「いや、すまなかったな。そう急ぐ話でもなかった」
「そうよ、お父さま。早すぎるわ」
「いや、いつかは、の話だ。今は忘れてくれ」
シャルロットは腰に手を当て、父であるセバスティア侯爵に説教している。
「今は二人で過ごす時間が楽しいに決まっているわ。イザーク殿がシャルロットを迎えにくるということは、少しでも離れていたくないという、心の現れでしょう!」
セバスティア侯爵夫人の言葉が、見透かされたようで、タジタジになる。
セバスティア侯爵夫人はにっこりと微笑むと、俺の腕の中から赤ん坊を抱きあげた。
「さあ、そろそろあなたのお母さま、ローズのもとへ戻りましょうね」
そして部屋から出て行った。
「それでイザーク殿、今夜は身内で軽く祝いたい。ぜひ、夕食を一緒に食べてくれ。部屋も皆の分、用意させる」
セバスティア侯爵の申し出を受けることにした。
そうだ、俺はシャルロットに話がある。
そもそも、彼女は俺と一緒に北部に帰ってくれるのだろうか――。
拳をギュッと握りしめた。
***
夜の晩餐会はとても豪華だった。
北部から連れてきた部下も丁寧にもてなされ、皆がご馳走になった。
何種類もの料理が出てきたが、どれも絶品、北部で味わったことがなかった。
「さあ、どうぞ食べてくれ、イザーク殿」
セバスティア侯爵はワインを片手に上機嫌だ。
「イザーク殿も飲んでくれ、私には娘ばかりだから、君のような息子が欲しかった」
シャルロットの屈託のない明るい性格は父親譲りなのだろうか。真っすぐな性根と明るく周囲を照らすのは。
この南部の雰囲気そのものを現しているように思えた。
それに比べて北部は――。
途端に卑屈になりそうになるが、慌てて止める。
北部には北部の良さがあり、何より俺が育ち、守らねばならぬ場所だ。
シャルロットは共に帰ってくれるのだろうか。
今夜確かめねばならない。
セバスティア侯爵の陽気な声で続くお喋りを聞きながら、心は違うことを考えていた。
「――ごめんなさい、父が飲みすぎてしまって」
晩餐会も終わりに近づいた頃、セバスティア侯爵が酔い潰れてしまい、先に退席した。
「いや、構わない。それだけ孫の誕生が嬉しかったのだろう」
「でも、あなたも同じぐらい飲んだのに大丈夫?」
出されたワインは口当たりが良く、後味がすっきりして飲みやすかった。そのせいかいつもより多く飲んでしまったが、これしきでは酔うことはなかった。
「ああ、俺は大丈夫だ」
これから大事な話をしなければいけない。酒に酔ってなど、いられなかった。
「――話があるんだ」
ゴクリと喉を鳴らし、口を開く。
「話? どうぞ」
シャルロットは不思議そうに首を傾げる。だが―――。
「ここではちょっと……」
のちほど落ち着いて話をしたいと告げると、シャルロットは小さくうなずいた。
「じゃあ、後からね」
食事を終えるとあてがわれた部屋へ案内する、メイドのあとをついていく。
「こちらになります」
広く、豪華な調度品に囲まれ、贅沢の尽くされた部屋に足を踏み入れた。
ここは――。
鼻をスンと鳴らすと甘い香りがした。これはシャルロットの匂いだ。
もしや……。
バッとメイドに顔を向ける。
「こちら、シャルロット様のお部屋になります。本日はこちらを二人で使用して欲しいと、旦那様からの言伝になります」
お、同じ部屋に……!?
「では、失礼します。ごゆっくり、お休みください」
頭を下げたメイドは、そのままパタンと扉を閉めた。
シャルロットと同じ部屋!?
ゆっくり休めるわけなんてないだろう!!
喉まで出かかったが、グッとこらえた。
花柄のカーテンに趣味の良い調度品。
チラリと視線を向けると天蓋レースつきの大きなベッドが視界に飛び込んできた。
その瞬間、自分でもわかるぐらいに全身が熱くなった。
いやいや、話をしたいと思っていたから、ちょうど良かったじゃないか!
頭を大きく横に振り、冷静さを取り戻そうと必死になる。
まずは、心を落ち着かせるため、湯を浴びよう。
部屋から続く扉を開けると、浴室が飛び込んできた。
かわいらしい猫足バスタブに、棚にはいくつもの香油が並ぶ。
シャルロットは、いつもここで湯を浴びていたのだろうか――。
なんだか緊張してしまうが、気にしないように努める。
湯を浴びてガウンを羽織ると、さきほどよりは少し気が落ち着いた。
気を取り直して部屋に戻る。
「あ、イザーク」
ベッドに腰かけていたシャルロットの姿を視界に入れると、心臓がドクンと音を立てた。




