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◆イザーク視点
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魔物の心臓を一突きすると、グワワァァァと耳をつんざく声がした。
返り血を浴びながら、魔物の断末魔を聞く。
鼻につくのは鉄の錆びた臭い、顔に飛び散った血を腕でぐっと拭う。
「お見事でした、イザーク様」
今回の魔物は大きな翼を持ち、自由に空を動きまわる、やっかいなタイプだった。
街の近くで見かけた情報が入り、すぐさま討伐に足を向けた。被害こそ大きくはなかったが、一度街を襲った魔物は味を占め、再び襲うだろう。
それを知っているからこそ、絶対に見逃さない。
臣下を引きつれ街に出た魔物を追い詰めること、七日目。ようやく奴の根城を突き止めた時は、思わず心の中でガッツポーズを決め込んだ。
根城に魔力結晶を投げ込むと、たちまち煙に包まれる。
いぶられて苦しくなって穴から這い出てきたところを、一撃で見事に仕留めた。
「いつもながら、素晴らしい剣さばきです」
ロゼールがパチパチと手を叩く。剣についた血を振り払い、鞘にしまった。
「しっかし、すごいもんですよね。魔力結晶の効果は」
「ああ」
「魔物の討伐に行くと言ったら、身を案じてこれだけの魔力結晶を持たせてくれるなんて、愛されていますね」
ロゼールが軽口を叩く。
愛されているのだろうか――。
そうだったのなら、どんなにいいことか。
あの日、ネザークロウの洞窟から瘴気が抜けた。早速、採掘を始めると、高純度の結晶がゴロゴロと採掘された。
シャルロットは南部と連携を取り、出荷する手筈をあっという間に整えた。
その結果、想像以上に北部の財源が潤った。
「これで毎年の冬の燃料なども、大丈夫でしょう」
結晶に炎の魔力を込めて家の中央に設置すると、家全体が温かくなる。
たくさんの結晶が採掘できるようになり、人々の生活にも行き渡るようになっていた。
鉱山で結晶の採掘に携わることが増え、職にあぶれる人々が減った。北部が活気に満ちてきていると感じていた。
それは俺が生まれてから、初めてだった。
南部に出荷するとその半分は、魔力が込められた魔力結晶となって返却される。残りの半分は南部に流通した。
南部と北部、どちらも得をする結果となり、鉱山の利益を分け合っているようなものだ。
シャルロットの実家であるセバスティア家が手筈を整えてくれ、スムーズに事が進んだ。おかげで短期間でグッと生活が楽になった。
「これもすべてシャルロット様のおかげですね」
ロゼールは手放しで褒める。
シャルロットが洞窟の瘴気を払ったのは、王族より遣わされた水晶を使用した、ということになっている。彼女自身が魔力を扱えることは、口にしていない。
これは秘密だ――夫婦の。
彼女の魔力は、南部の家族と王族しか知らない事項だと言っていた。だが、俺にも教えてくれたということは、少しは夫として認めてくれたのだろうか。
今回の魔物討伐に向かう俺に、シャルロットは小袋を手渡してくれた。
中を開けると魔力結晶がいくつも入っていた。
「魔物に攻撃できる魔力を込めておいたから。使ってみて」
南部から購入したと見せかけて実のところ、シャルロット自身が魔力結晶を作ったという。
彼女が俺のために――。
胸にジーンと感動がわきあがり、お礼を口にすれば、シャルロットは柔らかく微笑んだ。
あの日、シャルロットから南部に帰るつもりだと聞き、目の前が真っ暗になった。
なにを言ったのか覚えていないほど衝撃を受けた。
もう一度、彼女と向き合う時間を取らねばならない。
固く決意したものの、結晶の採掘や南部への出荷、加えて魔物討伐などが重なり、なかなか時間を取れずにいる。
いや、これは言い訳だな。俺は彼女の本心を聞くのが怖くもあるのだ。
脳裏に浮かぶのは笑顔で出迎えてくれるシャルロット。いつも優しく微笑み、俺を気遣ってくれる。
「イザーク様、そろそろ戻りましょうか」
「……そうだな」
ああ、彼女に会いたい。
早く戻るつもりが、七日も会っていない。今すぐ君のもとに戻りたいんだ。
そして声が聞きたい、優しく微笑んで欲しい。
願わくは華奢な体を抱き寄せ、耳元で愛していると――。
「どうなされました、イザーク様?」
部下の声にハッと我に返る。
いけない、自分はなにを妄想しているのだろうか。
あの日、シャルロットを引き止めはしたが、彼女はどう思っているのだろう。
街では食堂に出向いたり、鉱山にも積極的に足を向けている。
忙しくしているところを見ると、北部にとどまってくれる気になったのだろうか、と思う。
……本当は話し合う時間がないなんて、嘘だ。
勇気がなく彼女に確認することが出来ずにいる自分。こんな気持ちを知られたら、臆病者だと笑われるかもしれない。
「皆、帰路につくぞ」
部下たちに声をかけると歓声が上がる。皆が帰りたい気持ちは一緒だった。
ああ、シャルロット。
今頃、なにをしているのだろうか――。




