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イザークはずんずんと歩いて先を進む。
私はついていくので精いっぱいだ。そのうち息が切れてきた。やがて遅れを取った私を、イザークは不思議そうに見ている。
「あ、歩くのが遅くてごめんなさい」
イザークは私に言われてハッとしたようだ。
「すまない」
イザークは気まずそうに首の後ろに手をやる。
足の長さも違えば、私はドレスを着用しているので、イザークみたいにスタスタとは歩けないのだ。
イザークは心なしか、しょんぼりして見えた。
「もう少しゆっくり歩いていただけると助かります」
「わかった」
躊躇したあげく、おずおずと差し出された手。
え……?
もしかして私をエスコートしてくれるつもりなのかしら?
びっくりして彼を見上げると、唇をギュッと結んでいる。
まるで決死の覚悟で手を出している、みたいな――。
緊張しているのか、頬を赤く染めている。
私にどう接していいのか戸惑いながらも、気遣ってくれているのだろう。
そんな表情を見せられたら、思わず笑顔になる。
両手を口に当ててコロコロと笑う私に、イザークはいささかムッとしたようだ。
「――いらないのか」
引っ込めようとした手をパッとつかんだ。
「いいえ、ありがとうございます」
せっかく相手から仲良くなれるチャンスを作ってくれたのだもの。無駄にはしたくない。
「……小さいな」
「え?」
私の手を握る彼から戸惑いが感じられた。
確かにイザークの手と比べたら、子供みたいかしら。
ギュッと握った彼の手はすごく大きくて、ごつごつしている。それに――。
「すごく硬いですね」
マメが出来ているのは、日頃から剣を握っている証だろう。私は感心したつもりだったが、イザークの表情が曇る。
「すまない。こんな手では痛いだろう」
「いえ、大丈夫です。日頃、真面目に訓練している努力の証ですわ」
長年の結果だろう。数日でできるものではない。
「この手で北部を守っていらっしゃるのだから、自信を持ってください」
彼の顔を見つめ、静かに微笑む。イザークは小さくたじろいだが、ギュッと手を握り返した。
「さあ、行きましょう」
訓練中だった彼をあまり振り回してはいけない。
だから少し案内してもらったら、彼を解放しようと思った。だが思いのほか、イザークはいろいろ案内してくれた。大きな図書室に宝物庫などにも連れて行ってくれた。
「あの建物はなんですの?」
私はずっと前から気になっていた、敷地内にあるのだが、離れの建物について聞いてみた。
「ああ、あそこは真冬に豪雪になった場合、街の人々が一時的に住む場所を提供しているんだ」
「まあ、そうなのですね」
確かに各自の家で過ごすより、大きくて立派な建物に避難すれば、安心していられるだろう。
「行ってみるか?」
「ぜひ」
私はイザークの案内のもと、建物へと足を進める。イザークは鍵で扉を開けた。
中からは湿気とカビの匂いがした。
「しばらくここも使っていなかったからな。本格的な冬が来る前に準備を始める」
目の前にある螺旋階段を上ると、大きな暖炉がある居間に到着した。長いテーブルがずらりと並んでいるが、ここで食事を摂るのだろう。
「壁が厚くできているから、思ったよりもずっと温かく過ごせるようになっている」
「そうなのですね」
ウォルクの街の住人がここで過ごし、冬をしのぐのだという。
「この先はどこに続くのですか?」
まだ長い螺旋階段の先が気になった。
「行ってみるか?」
私はうなずくとイザークと共に先に進んだ。
***
息を切らせてたどり着いた先には大きな鐘が一つあった。それ以外はなにもないが、大きな窓から見える景色はかなり眺めがいい。
「雪が続くとこの鐘を鳴らす。それを合図に人々が集まってくる」
窓からはウォルクの街が見える。
街に住む人々はこの鐘の音を頼りに、やってくるのだろうか。
「――最近、街で炊き出しをしていると聞いた」
ロゼールから話は聞いているのだろう。私は静かにうなずいた。
「ウォルクの街は表通りは栄えていますけど、裏通りは貧しい人たちの姿が目につきます。彼らが生きる気力を取り戻すには、まずは食事を提供しようと思ったまでです。あなたに許可もとらずにごめんなさい」
勝手なことをしたと怒られるかしら?
持参金と南部から持ってきた食糧を使っているのだから。
イザークがどう出るのか想像できず、お腹にグッと力を入れた。
真っすぐに私を見つめるイザークはゆっくりと口を開いた。
「――いや、感謝している」
意外な言葉が聞こえたので、目を見開いた。




