第四話 優一、初陣す 1/4
「くっ、どいつもこいつも好き放題言ってくれるぜ」
二日後の日曜夜。僕、脇田優一はリビングでテレビを適当に流しつつ、スマホで開いたつぶやきったー(短文投稿サイト)を前に苦笑していた。
僕は前にも言った通り、漫画家としてそれなりに売れている。基本エロ漫画家なのであまり大手を振って誇れない立場ではあるのだけれど、ありがたいことに一定数のフォロワーが存在している。
もちろんフォロワーの中にはアンチも存在しているけれど、少なくともリアクションしてくれる人の半分くらいは確実に僕の作品のファンである。僕の作品を楽しみにしてくれている人たちなのだ。
だからこそ、僕は彼らに向けて「家庭の事情でしばらく創作活動の規模を縮小する。今度の冬の大同人誌即売会も不参加」という旨のつぶやきを投稿した。もちろん、セティと共に悪魔退治に専念するためである。
僕は業界でも一、二を争うほど筆が早いほうだという自負はあるものの、さすがに諸々が解決するまでは、今までのようなペースでは仕事ができないのは間違いないからね。
同じ理由で遠出もできないから、同人イベントの類は参加できない。こちらは商業作品ではできないことをはっちゃける場として使っているので、僕としても参加できないのは残念ではある。でもこればっかりは仕方ないだろう。
しかしそれを見たフォロワーたちのリアクションは、大体こんな感じだ。
『あっ(察し』
『遂に捕まったのか……』
『いつかやると思ってました』
『面会行ったらサインとかもらえる?』
どうですか、このノリのいい投稿の数々。どう見てもネットのおもちゃです、本当にありがとうございました。
まったく、どいつもこいつも遠慮ってものがないぜ。やってくれよる。
え、怒ってないのかって? そりゃまあ、いつものことだからね。僕はフォロワーと気軽に殴り合える距離感の漫画家なのだ。
だからこの投稿群を見てもせいぜい苦笑する程度だし、むしろ引用つぶやきを駆使して煽り返したりする。
プロレスみたいなもんだよ。もちろん、すべての投稿に反応するのは時間も何もかも足らなくなるからやらないけれど。
まあ当然だけど、すべての反応がこんなんばかりってわけじゃない。純粋に応援してくれる人や、家庭の事情と聞いて心配してくれる人もいる。
あとそもそも健全な作品は別名義、別アカウントでやっているから、そっちに至ってはほぼ全体通してまっとうなリアクションだ。そういう人にはちゃんと対応するとも。
何にせよ、表でも裏でもちょうど今持っている連載がないのは、不幸中の幸いかな。漫画家としては嬉しくないんだけどさ。
ということで息抜きも兼ねて、適当にいくつかの投稿にプロレスをしかけることにした僕は、スマホの画面をスワイプするのである。
「おーい優一ぃ」
そんな僕を呼ぶ声が、キッチンのほうからゆるりと飛んできた。
もちろん、声の主はセティだ。ひょっこり顔を見せた彼女は、二リットルサイズのペットボトル(空)を手にしていた。
その頭にはタオルが乗っており、火照った身体と緩い浴衣姿と合わせれば、風呂上りだということがわかるだろう。
それを見てえっちだと思ってしまうのは、僕の背負った逃れられぬカルマである。
「茶のペットボトルが空になったんだが、こいつは資源ゴミでよかったよな?」
「正解。ただしボトル本体と、キャップやラベルは別枠だから分別するんだよ」
「どっちもプラスチックだよな!?」
僕の答えに、納得いかないとばかりに声を上げるセティ。
うん、気持ちはわかるよ。僕も子供の頃、まったく同じことを母親に聞いた覚えがある。
「どっちもプラスチックではあるけど、材料の比率とかが違うからリサイクル方法が違うんだよ」
だから当時の母親と同じことを説明して、理解を促す僕であった。
……こんな感じで、ここ二日の間にセティは現代日本に馴染みつつある。
頭がいいからなのか、子供の身体だからなのかはわからないけれど、とにかく覚えがいい。直近で必要な知識は、一通り覚え終わったんじゃないだろうか。
今はもう知識を実践するターンだ。一人で風呂に入れるようになったし、トイレだってばっちりだ。今回のゴミの分別なんかもその一環だね。
とはいえ、ゴミの分別なんかは自治体によってルールが違ったりするから、一概にこうと言い切れないところでもあるんだけれども。この辺りは慣れていくしかない部分だろう。
「なるほどなぁ。そういうことならきちんと分けないとダメか……」
「面倒だけど、ゴミのことは環境問題に繋がるからね。仕方ないさ」
「ものの種類が増えてるから、ゴミの種類も増えてるのは面倒だなぁ。やるけどよぉ……」
そうしてセティは、ペットボトルからラベルをはがしながらキッチンに戻っていった。彼女のことだから、宣言通りきちんと分別してそれぞれのゴミ袋に捨てに行ってくれたのだろう。
彼女のそんな背中を見送りつつ、僕は立ち上がる。
「セティが風呂上がったなら、先に風呂入るかな。セティ、テレビ見るならつけておくけど」
「おー、そのままにしといてくれ。色々と見てみたい」
早くもテレビを使いこなしているセティは柔軟だなぁ、などと思いながら風呂場に足を向ける。
同時に、初めてテレビを使って見せたときのリアクションはすごかったなぁ……なんて思い返して、ふふっと笑う。画面にリアルタイムに映像を映し出せる、しかも生放送だなんてものすごくびっくりしていたからね。
おまけに彼女、テレビのことを黒くて平べったい謎のインテリアだと思っていたみたいだから、余計にオーバーリアクションでね。わりと冗談抜きに、跳び上がって驚いてくれたのは録画しておきたかったなぁ。
なんてことを考えながら、風呂で身体を洗っているときだった。
「優一! 大変だ!」
「きゃあぁセティさんのえっち!!」
突然セティが浴室に駆け込んできたものだから、僕は身体を隠して悲鳴を上げた。その拍子に、足でひっかけた桶がひっくり返って派手な音を響かせる。
しかしこの件に関しては、ほぼスルーだった。普通逆じゃない? みたいな反応を期待していたのだけれど。
「バカなこと言ってる場合じゃねぇ! テレビに悪魔が映ってる!」
とはいえそう言われてしまえば、僕も真面目にならざるを得ない。大慌てで身体を洗い終えると、急いでリビングに戻った。
「ニュース番組でな、俺の研究所を襲った悪魔の一体が映ったんだ! 目撃情報が相次いでるって内容だった!」
そう言うセティだったものの、既に該当のニュースは終わっていた。
なんなら番組自体が終わっていた。テレビが今映しているのは深夜バラエティになっている。
必要な情報がもう手に入らないことにセティが悔しそうにしているが、文明の利器はテレビだけじゃない。
僕はスマホでセティが見たであろう番組を調べると、地上波放送の見逃し配信をしているサイトにアクセス。続けて該当のニュース番組を再生した。どうやら、地方局がやっている地元のニュース枠らしい。
この様子を肩越しにセティがのぞき込んできて、顔と顔がものすごく近い。この間あんなことがあったくせに、距離感が近いのは誘っているんじゃないかと邪推してしまう。
「……毎時思ってるが、現代って本当にドえらい便利だよな……」
しかしその距離を気にする様子はなく、セティはただ目の前の現代技術におののいている。毎日じゃなくて毎時ってよっぽどだな。
そういえば、スマホはもちろんネットについてもまだ教えていなかったっけ……などと思いつつ。シークバーを操作して、それらしい報道を探す僕である。
「……これかい?」
「そうだ、これこれ!」
そうして見つけた報道。それは、「謎の巨大トカゲ、住宅地に現る!」という見出しがつけられていた。
謎の巨大トカゲ……? と首を傾げる僕だったものの、見出しに嘘偽りはなかった。何せ画面に映った問題のトカゲは、どう見ても一メートル以上ありそうだったから。
世界最大級のトカゲと言われるコモドオオトカゲが、確か三メートルを超えることもあるんだったか。それに比べたら小型ではあるけれど、少なくとも日本に生息しているトカゲでこんな大型のトカゲはなかったはずだ。
ペットとして飼育できるトカゲなら、これくらいの種はいたと記憶しているけれど……そうじゃない、悪魔だ、と断言できるのにはもちろん理由がある。
「これは……異世界のトカゲ、だよな?」
「ああそうだ。尻尾の先が棍棒になってるトカゲが、地球にいてたまるかってんだ」
そう、画面に映し出されたトカゲの尻尾の先には、ゴツゴツとした球体がついていた。さながらモーニングスターである。絶対に危ないやつだ。
しかも映像を見ている限り、結構な距離や高さを跳んで移動している。そしてその拍子にちらりと見えた腹部には、青色の魔石が半分ほど顔をのぞかせていた。
尻尾を含め、番組が「謎の」と評したのも納得である。
……なかなかにスマートな体格をしているけれど、この細身でどうやって身体を支えているんだろう。普通一メートルくらいのトカゲって、もっとゴツいもんじゃなかったか。やっぱ異世界って、地球の常識が通じないんだなぁ。
それとも、これも魔石によって生み出される魔力で、身体能力を爆上げして解決しているとか?
というか、人間以外も悪魔になるんだな。
いやでも、そりゃそうが。生き物に寄生するっていうなら、むしろ人間以外の悪魔のほうが多いのかもしれない。
「……おっと、目撃地点の情報出てるじゃん。これは助かるぞ」
なんて考えているうちに、ニュースは画面が切り替わってスタジオ。そこではキャスターたちが、トカゲが出現した場所を示す地図を出してくれていた。
真宮市の全体地図に、いくつかの赤い点がぽつぽつと描き込まれたものだ。しかもありがたいことに、それがいつのことだったのかを示す日付と時間帯まで込み。これはいい仕事してますわ。
ありがとう提供者の市民の皆さん。国民の大半がカメラを持っているも同然な、現代だからこそだねこれは。
「この感じだと、市の南部付近をうろうろしているみたいだね」
「ああ。だが時系列順に追っていくと、少しずつ北上していやがるな。当てがあるのかないのかわからんが……」
「最後に目撃されたのが今日の夕方、真宮高校の近くか……この感じだと今は市の中心辺りにいる、かも?」
道が空いていれば、ここから車で十分程度の距離だ。混んでいても、せいぜい三十分くらいだろう。行ってみる価値はありそうだ。
あるいはもう少し手前、駅前周辺を探索するのもアリか? このまま北上してきているなら、今まさにその辺りに可能性もあるだろう。
「セティはどう思う?」
「……俺はその前に、この辺りが気になる」
しかしセティが示したのは、トカゲが初めて目撃されたところだった。
「これが今から四日ほど前。もしこの辺りで一度、魔石を誰かに植え付けていたとしたら……そしてその誰かが魔石に適合していたとしたら?」
なぜかと視線で問いかけたところ、返事がこれだ。なるほどと僕はうなった。
「そうか! 魔石を植え付けられてから魔法に目覚めるまでが、大体三日から五日くらいだったね。ちょうど今くらいだ」
「ああ。前に優一が言った通り、これは人類と悪魔との生存競争だ。悪魔どもを倒すのも大事だが、悪魔が増えないようにするのも同じくらい大事だからな。……しかしさて、どうしたものか」
むぅ、と腕を組んで考え込むセティ。
僕も考えてみるけれど、答えは出てこない。なぜなら、色んな理由から二手に分かれるという手は選択肢にないからだ。
だからどんなに悩もうが、最後は一点に答えを絞るしかないわけなんだけど……。
「セティ、どっちにしても今からすぐに探しに行くのは無理だろう。今夜は意見をまとめるのに専念したほうがいいんじゃないか?」
「……それもそうだな。それからでも遅くはない、か」
僕の意見にセティも頷いた。
なぜここに一旦落ち着いたかって? 簡単な話さ。
問題のトカゲの悪魔の外見が、真っ黒だからだ。夜にその姿を視認するのは至難の業、というわけなのだった。
そして色々と二人で調べ、話し合ったけれど、結論として僕たちは真宮高校周辺を当たろうということで一致した。
理由は一つ。トカゲの悪魔が最初に目撃された地域周辺で見つかった死因不明の遺体の体内から、謎の石が検出されたというニュースがひっそりと報道されていたからだ。
その石はビー玉二個分ほどのサイズで、一体どういう理屈で体内にあったのかさっぱりわからない、とも。
「魔石に適合できなかった生き物は死ぬ。それは前に言った通りだが……このとき、体内の魔石もまた死ぬんだ。他生物を侵そうという意思は消え、鮮やかな色彩は失われて、ただの黒ずんだ石になるんだよ。腑分けしてそれを見つけたら、謎の石扱いもやむなしだろうな」
この石に対して、セティの説明はこうだった。つまり今回亡くなった方は、このトカゲの悪魔に魔石を埋め込まれた可能性が高い。
そして彼女はさらに、こう補足する。
「悪魔が他者に植え付けられる魔石を生み出すまで、個体差もあるがそれなりに時間がかかる。だから人間の悪魔は使わず手元で保管することが結構あるが、トカゲとなれば保管場所もないだろう。恐らくこいつは、これ以降魔石を植え付けていない」
これにより、僕たちは最後にトカゲの悪魔が目撃された地点周辺を洗おう、ということになったわけだ。
……今後こういったニュースが増えてくるんだろうな、と思うと少し気が滅入る。
僕は運よく助かったけど、どうしてもそうではない人は出てきてしまう。悪魔たちの所在がわからない以上、それはどうしても避けられないだろう。
仕方ない、と割り切れてしまうのは、僕が良くも悪くも大人になってしまったからかな。十代の頃だったら、きっともっと葛藤したんだろうけれど。
「優一。経験者として言っておくが、あまり考えすぎるなよ」
「……セティ?」
「気持ちは痛いほどわかる。助けられなかった自分の不甲斐なさもな。だがそれに囚われると潰れるぞ。自戒は必要だが、適度に肩の力は抜いていけ」
そんな僕に対して、セティはそう言って自嘲めいた小さな笑みを浮かべた。僕の背中を、優しくぽんぽんと叩きながら。
見た目にそぐわないその様は、まさに年齢と共に後悔を重ねてきた人間のもので。
……ああ、やはりそうなんだね。君はそれだけのものを、異世界で見てきたんだね。
セティは幼女の見た目に反して、きちんとした道徳心と責任感を持った大人だ。そんな人が、犠牲者に対して何も思わないはずがないんだ。ただ、表にそれを出さないようにしているだけで。
きっと辛かっただろう。それでも挫けずここまでやってきて、遂には魔石浄化装置まで作って見せたんだから、本当にすごい人だよ。尊敬する。
そんな過去があるからこそ、僕の気持ちも理解できるんだろうな。そのうえで、アドバイスまでつけてくれた。
彼女のそういう気遣いが嬉しいし、であればそれに応えたいとも思う。
何より、まだ始まってもいない状況から落ち込んでいるようじゃ、セティを一人で戦わせたくないという最初に思った自分自身を裏切ることになる。
だから僕は、できる限り不敵に笑って見せた。これくらい大丈夫だと、そう言うように。
「……ん、いい顔になったな。よしっ、それじゃ行こうぜ。出陣だ!」
これを受けて、セティは少し冗談めかせてそう言った。僕の手を引きながらだ。
きっと気を遣ってくれたんだろう。見た目はかわいいの権化なセティだけど、こういうところにかつて男だった彼女の男気や、長く生きただけの年季が見える気がして、かっこいいなぁなんて思ったりする。
紫乃ばあ、男を見る目は確かだったわけだなぁとも思ったりして。
「おお……! すっげぇ……なんて活気にあふれた街並み……!」
まあそういう心の動きをすべて吹き飛ばすのが、こういうところなんですがね。
ご覧なさいよ。助手席で窓ガラスに顔と手を当てて、目を輝かせながら車窓の外を眺めているセティの姿を。
たった数日の間に、このかわいいの暴力で真正面から何度も殴られたのが僕なんだよね。そりゃあどうにかなるし、どうにかしたくなるでしょうよ。
うーん、好き。やっぱこの振れ幅のデカさこそ、ロリババアの醍醐味ですわよ……。
惜しむらくは、運転手の僕にはその様子をスケッチするどころか、この目に焼き付けることすら許されないということだ。絶対かわいいのに……!
まあそれはそれとして、ここ数日は現代知識を詰め込むためにずっと家にカンヅメだった。いい加減、セティには今の景色ってものを見せてあげたかったから、こうやってはしゃいでいるところを見ると素直に嬉しい気持ちもちゃんとある。
異世界ではもちろん、前世でも色々と苦労をしてきた人だからさ。この調子で、現代を楽しく過ごしてくれればと思うのだ。
第四話はいよいよ異能力バトルが本格的に始まります。
いやー、久しぶりに真面目に戦闘シーンを書いた気がする・・・!
なお今回のエピソードは、ネトコン14の締め切りの都合上、一日二回更新します。
この話は本日一回目の更新になりますので、読む順番にご注意ください。
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