第9話「謎の少女」
リアリティアのアクセプト寮。
夕食時になっても、ユアは食堂へ行かなかった。
心配し、空想組の三人が夕食を部屋まで持って来てくれた。
「ユア、帰ってから元気ないよ?」
タハナが食事を差し出した。
「“お兄さんに会いに行く”って言ってたけど、ケンカでもしたの?」
ラッカが尋ねた後で、タイシが明るく言った。
「まぁ、話したくないならいいよ。でも、ごはんは食べよう。食べたら元気が出て、悩みも吹き飛ぶよ!」
友人たちに励まされ、「ありがとう……」と消え入るような声で礼を言うユア。
「ごめん、今は一人になりたいんだ。ごはんはちゃんと食べるから……」
友人たちは気遣い、部屋を出て行った。
腹を割って話せるまでに心を開いた友人たちだが、異世界事情はさすがに言えなかった。
(“イマストのディンフルが、美女とキスをしてた”なんて、誰も信じてくれないよな……)
ユアはモヤモヤを抱えたまま、一人で食事を口に運んだ。
いつもより、味を感じなかった。
食べ終わった頃、ファンタジーフォンが鳴った。
このファンタジーフォンは、リアリティアだけでなく、異世界でも使えるスマホだ。
つまり、異世界の者といつでも連絡を取り合えるのだ。
画面には、ミラーレにいるとびらの名前が出ていた。
「もしもし?」
「ユア! すぐに来て欲しいんだけど!」
「い、今すぐ……?」
ミラーレとは、フィーヴェのようなゲーム世界とは違う、リアリティアと平行している異世界。
とびらは同い年で、性格も似たようなドジっ子なので双子の姉妹のようなものだった。
彼女の食い気味な様子で緊急性を感じたユアは、空になった食器を食堂へ帰すと、寮母に告げてから出て行った。
◇
ユアの実家同然になった弁当屋「ネクストドア」。
もう閉店準備に入っており、のれんや看板は全部、店内にしまっていた。
ユアが裏口から入ると、とびら、キイ、まりね、こうやが注目した。
「よく来てくれたわ! ごめんなさいね、寮も門限があるのに」
とびらの母・まりねが真っ先に近づいた。
「寮母さんに言ったから、少し延ばしてもらえるよ。それより、どうしたの?」
「この子と話してあげて」
とびらが、イートインスペースのイスにちょこんと座った少女を指した。
十歳ほどで、紫色の髪を長く伸ばしており、黒いワンピースを着ていた。
彼女は、何故かユアたちを睨みつけていた。
「遅かったな」
少女は早速、ぶっきらぼうな言い方をした。
「電話があってから、すぐに出たつもりだけど……。てか、ダメでしょ! 年上に向かって、そんな口の聞き方は!」
「ユア、お前より年上だぞ……」
ユアが少女へ言い方をたしなめていると、後ろからキイが水を差すように言った。
「えっ? こんなに小さいのに?」
「大きさで判断しちゃダメだよ……」
さらに、とびらの父・こうやにも言われた。
再び少女が長い髪をかき上げながら、口を開いた。
「この見た目で、わからないのか?」
「う、うん。あなたみたいな子、初めて会うな~」
まだ理解出来ないユア。
次に、少女は怒鳴った。
「俺だ! ディンフルだっ!!」
「え、えぇっ?!」
思わず声を上げるユア。
次の言葉が出ず、再び少女を見つめた。
よく見ると、紫色の長い髪、青緑色のつり目はディンフルと似ていた。
何より、口調はディンフルそのものだった。
「ほ、本当に、ディン様……?」
「紛れもなく。マントの変身でもない。あれが理由なら、とっくに戻っている!」
ディンフルがいつも変身する時は、リアリティアでディーンの姿になる。
よほどでない限り、幼女の姿になることも性格的にありえなかった。
「な、何で、そんな姿に……?」
「話す前に、喉が渇いた。コーヒーを入れてくれ、ブラックで」
幼女化したディンフルは話す前に、好物のコーヒーを催促した。
まりねが奥へ行き、準備をし始めた。
来るまでの間、彼――いや、彼女は説明し始めた。
「イポンダートの元へ行っていたら、黒い人影に襲われた。正体はわからぬ。あちらの攻撃を受けたら、こんな姿になっていたのだ」
幼女ディンフルは、いつもの古風で硬い話し方をするが、その見た目と高くなった声のせいで、ユアは呆然としていた。
「おい、聞いているか?!」
「ご、ごめん。何か、話が入って来なくて……」
「無理やりでも聞いてくれ! これは、重大事項だぞ!!」
幼女ディンフルがまた声を上げると、見ていたとびらがクスクスと笑い出した。
「な、何だ、とびらまで?!」
「その見た目と声で、ディンフルのしゃべり方をされると、ギャップがすごくて……」
キイも、笑いをこらえていた。
「俺も、好きでこんな姿になったのではないっ!!」
「すまない……。ん? ディンフル、前から一人称、“俺”だったか?」
ディンフルは、前の戦いからユア以外の人物の前でも「俺」と言うようになった。
弁当屋や図書館の面々も、例外ではなかった。
「可愛くなっちゃって~!」
とびらは思わず、幼女ディンフルに抱き着いた。
「コ、コラッ! 今は少女でも、中身は男のままだぞ!」
今の一言で、ユアに衝撃が走った。
彼女は真っ先に走り寄り、とびらを引っぺがした。
「ダメだよ、とびら! それは、私がするもんなんだから!」
「そ、そうだった。ユア、ディンフルが好きだったよね。ごめんね~」
とびらは謝ると、幼女ディンフルから離れた。
「そこで張り合うな! 今はハグしている場合ではないだろ!!」
ところが、ユアは抱き着こうとはしなかった。
「あれ? 抱っこしないの?」
とびらが尋ねた。
ユアは昼間、ディンフルがキスをしている光景を思い出してしまったのだ。
それを察して、幼女ディンフルも何も言えなかった。
「お待たせ~」
そこへ、コーヒーを入れたまりねがやって来た。
「……先に飲ませてもらう」
幼女ディンフルは「いい時に来てくれた」と思うと、まりねが入れたコーヒーを息で冷まし、一口飲んだ。
すると、すぐに吹き出してしまった。
「な、何だ、この苦さは?!」
「コーヒーなんだから、当たり前だろ……」
「そうだよ。それに、ディンフルさん……今は“ちゃん”かな? ブラックを頼んだだろう?」
キイがツッコみ、こうやも指摘した。
確かに先ほど、幼女ディンフルは「ブラックで」と細かく注文していた。
「ブ、ブラックにしても、苦すぎるぞ! スプーン何杯分入れた?」
「いつも、あなたが飲んでいた量だけど……」
唖然とする幼女ディンフル。
そこへ、見かねたユアが奥へ行き、角砂糖を入れたポットを取って来た。
「いらぬ。昔から、砂糖は入れぬ主義だ」
「いいから、入れてみて」
何かを察したユアに言われ、幼女ディンフルは角砂糖を一個だけコーヒーに溶かして飲んだ。
「ん……?」
もう一個、さらにもう一個……次々と増えていく角砂糖。
「い、入れ過ぎじゃないかな?」
こうやからドン引きされるが、幼女ディンフルは十個ほど入れたところでコーヒーを口にした。
「……美味い」
「やっぱり……」
角砂糖十個目で、ようやく幼女ディンフルの口に合った。
「ユア、何で角砂糖で飲めるってわかったの?」
とびらが聞くと、キイたちもユアへ注目した。
「ブラックで苦いなら、甘くした方がいいと思ったんだ。ほら、子供って苦いの飲めないでしょ?」
「もしかして、味覚まで子供になっているのか……?」
「そうかも……」
キイが戦慄すると、ユアも落胆しながら返事をした。
認めたくはないが、そう思わざるを得なかった。
一番ショックを受けていたのは、幼女ディンフル本人だった。
好物のブラックコーヒーを、砂糖入りで飲む日が来ようとは夢にも思わなかったからだ。




