第10話「ディルル」
十歳ほどの少女の姿になったディンフル。
この日はミラーレの弁当屋に泊まった。
翌日の昼頃、ユアがリアリティアからやって来た。
店内に入ると、弁当屋のとびら家族と図書館から来たキイ、シオリ、ワードが、ディルルを中心に囲んでいた。
今日は図書館の休館日らしい。
「まさか、この可愛い子が、ディンフルさんだなんて……」
ディンフルに惚れていたキイの母・シオリは顔が青ざめていた。
「可愛いなら、いいじゃないか。それとも、大人の男性ディンフルの方が良かったのか? 結婚してからも、恋愛体質だし」
「や、やめなさい、キイ! お父さんが目の前にいるでしょっ!」
「普段から、僕がいながら他の人に恋しているじゃないか……」
からかう息子をシオリがたしなめると、キイの父・ワードが半泣きになりながら指摘した。
シオリが惚れっぽい性格は直りそうにないが、結局ワードへ戻って来るので、一応セーフ扱いだった。
「そんなことより、これからどうするの、ディンフルさん? フィーヴェの人たちには話したの?」
「いや……」
まりねに聞かれるが、幼女ディンフルは気まずそうに首を横へ振った。
「実は昨日、この姿になってすぐにモンスターに襲われたのだ。視線がいつもより低かったのと、大剣が上手く持てなかったために、こちらへ逃げたのだ。モンスターがいなくて、安心だからな」
「視線が低かったって、背が縮んだから?」
「そうだ。低い目線に慣れていないのと、大剣も重くて持てなかったのだ……」
今度はとびらの質問に答えるが、やはり後ろめたさを感じるような口調だった。
次にユアが尋ねた。
「そういえば、サーヴラスは? 弁当屋を手伝っていたよね?」
「彼なら、飲食店運営のセミナーや研修に行っているよ。庶民の食べ物を扱うのは久しぶりだから、基礎から学び直したいそうだ」
「色々なのを受けて来るらしいから、一週間は帰らないかも」
キイととびらが、ディンフルの側近の部下・サーヴラスの近況を教えてくれた。
「こんな大変な時に、いないなんて……」
ユアは苦言を言った後で、提案した。
「じゃあ、これからフィットたちに会いに行こうよ!」
「あ、あいつらに?! ……いや、会えぬ」
幼女ディンフルは、うつむきながら否定した。
「どうして? みんな、事情を話せばわかってくれるでしょ」
「俺も会った方がいいと思う。同じ世界の仲間だろ?」
「そ、そうだが……」
とびらとキイに勧められるが、幼女ディンフルには行けない理由があった。
特に今、フィトラグスには会いづらかった。
昨日、森の中で自身がリサキとキスをしていたところを、ユアと彼に見られてしまったからだ。
そういう明確な理由はあったが、ミラーレの者たちには言えなかった。
ましてや、本来ならユアに一番会いづらかった。
すると、ユアは幼女ディンフルへ目線を合わせるようにして屈んだ。
「今は理解者が多い方がいいよ。ディン様も、今までに経験したことない状況だよね? フィットたちなら、絶対に助けてくれるから」
当のユアは、ディンフルが幼女の姿になったので、それどころではなかった。
「……わかった」
幼女ディンフルは彼女と共に、フィーヴェへ行くことに決めるが、問題があった。
ミラーレとフィーヴェは異世界同士なので、一旦リアリティアへ帰ってから飛ばなければならなかった。
ユアは幼女ディンフルと共に、リアリティアへ飛んだ。
◇
リアリティアのとある場所。
二人で飛んだはずだが、幼女ディンフルの姿がなかった。
「あれ? ディン様?!」
きょろきょろしていると、横に幼女ディンフルが現れた。
自身の空間移動魔法で来たようだ。
「おそらく、お前だけの力では二人以上は難しいようだ。それにしても、面倒くさいシステムだ。ボヤージュ・リーヴルがなければ、リアリティア経由になるとは……」
「ディン様の魔法ならレベルを上げられるけど、私のは魔法って言えるのかどうか……」
リアリティアに着いた早々、幼女ディンフルが文句を垂れた。
生まれつき持っている力なので、ユアにもどうしようもなかった。
「じゃあ、フィーヴェへ飛ぶよ」
「ちょっと、待て!」
幼女ディンフルが、ユアを制止した。
うつむきながら、気まずそうに彼女へ尋ねた。
「昨日のことだが……フィトラグスにも、見られただろう?」
「……キスのこと?」
幼女ディンフルは詳細は言わなかったが、ユアはすぐに察した。
「言っておくが、あの女とは恋仲でも何でもない! ただの旧友だ! あいつは“挨拶代わり”とか言っていたが、俺も、まさか、あんな感じで来られるとは思わなかったのだ……」
幼女ディンフルは途切れ途切れに弁明した。
「……そっか。恋人じゃなかったんだ」
ユアは少しほっとした様子で答えた。
相手の反応を見て、幼女ディンフルも安堵した。
だが、同時に新たな心配も生まれた。
(ちょっと、待て。何故、誤解を解いている……? 昨日も思ったが、ユアは俺の恋人ではない筈。ユアも何故、ほっとしているのだ? もしや、俺のことを推し以上の目で見ているのか……?)
「ユアちゃーーーん!!」
幼女ディンフルが色々考えていると、聞き覚えのある甲高い男性の声がした。
ソウだった。
「ソウくん?!」
「よかった! 来てくれたんだね!」
「へ……?」
突然、ソウから身に覚えのない言葉を掛けられるユア。
わけがわからないでいると、彼が説明し始めた。
「昨日、LIFE送ったんだけど? “よかったら、モールで遊ぼう”って」
ユアはあわてて自身のスマホを取り出し、連絡アプリ・LIFEを起動した。
すると昨晩、ソウから誘いのメッセージが届いていた。
「ごめん! 色々あって、読めてなかった!」
「やっぱり……。ずっと既読つかないから、そうじゃないかと思ったんだ。じゃあ、ここへ来たのは?」
ユアたちは、ショッピングモールの入口に立っていた。
ユアはここに着くとは思っていなかったので、少し考え込んでから言った。
「……偶然です」
「そっか。偶然で会うなんて、運命みたいだ~!」
ソウは快く返事をすると、「それよりこの子、誰?」と今度は幼女ディンフルへ目をつけた。
「あ、こ、こ、この子は……」
「すごいな! この子、何だかディンフルっぽいね!」
さすが、イマストファンのソウは、雰囲気だけですぐにディンフルを連想した。
ユアは焦りながら言い始めた。
「そ、そうなんだよ! この子、グロウス学園に新しく来た子で、園長から世話を任されてるんだ! ディンフルが大好きなんだよ~! ね~?!」
ユアに急に話を振られ、幼女ディンフルもノリで「わ、私、ディンフル、好き……」とまるで、ロボットのような口調で答えた。
「ユアちゃんと同じだね!」
ユアが咄嗟についたウソを、簡単に信じるソウ。
幼女ディンフルは、別のことで絶望していた。
(自分を“好き”と言う日が来ようとは……)
「名前、何て言うの?」
そんなことも知らないソウに尋ねられ、幼女ディンフルは飛び上がりそうになった。
今のこの姿は、ミラーレとフィーヴェだけの秘密にしておくつもりで、仮の名前など考えていなかった。
そもそも、リアリティアの者から聞かれることすら、頭になかった。
「ディ、ディルルちゃんだよ!」
ユアが言った名前に、幼女ディンフルは思わず顔をしかめた。
ソウは目を輝かせて反応した。
「ディルルちゃん?! めちゃくちゃ可愛いじゃん! てか、名前までディンフルに似てるってすごくない!?」
「そ、そう! 私も初めて聞いた時、ビックリしたんだよ~!」
「そうか。ディルルちゃんの世話があるなら、今日は無理だね」
「う、うん。ごめんね、ソウくん。また今度、誘ってね!」
ユアが謝ると、ソウは「こっちも急に誘ったから仕方ないよ」と許してくれて、別れるとそのまま一人でモールの中へ入って行った。
「よかった、理解のある子で……」
「だが、油断はするな。リマネスかアヨの回し物かもしれぬぞ」
「そんな子に見えないけどな~」
「“見た目だけで判断するな”と言っているのだ! お前は騙されやすい傾向がある! それよりも何だ、“ディルル”とは?!」
「昨日、寝る前に考えた名前! 仮の名前はあった方がいいと思ったんだ」
「……まぁ、今回は助かった。感謝する」
「どういたしまして、ディルルちゃん!」
「その名で呼ぶな!」
二人はそんなやり取りをしながら、改めてフィーヴェへ飛んだ。




