第12話「逃亡」
フィーヴェ。
ユアが、倒れたディルルを抱えてリサキに見入っていると、フィトラグスたちが駆けつけて来た。
「リサキ! どこに行ってたんだ?」
目の前の相手に聞くフィトラグスへ、ユアは違和感を覚えた。
「え? 知り合い……?」
「昨日、フィットが森から一緒に帰って来たんだよ。”リサキさん”って言って、ディンフルさんの古い知り合いみたいなんだ」
「今は、アジトでディンフルと二人で暮らしているんだってさ」
ティミレッジとオプダットが教えてくれた。
特にオプダットの説明で、ユアは思わず固まってしまった。
「ディン様と……二人で暮らしてるの?!」
そんなユアを見て、フィトラグスが「そんな説明じゃ誤解されるだろ!」とオプダットを小突いた。
「安心しな! あたしとディンフルは、恋仲じゃねぇ! ディンフルには、ウィムーダって想い人がいることも知ってるからさ!」
「ウィムーダさんのことまで知ってるの?!」
リサキはディンフルとは恋仲でないことを男口調で証言した。
自身たちしか知らされなかった過去を相手が知っており、ユアはまた驚愕した。
どうやらリサキから事情を聞いたらしく、フィトラグスへの誤解も解けていた。
◇
気絶したディルルをソファに寝かせ、ユアはリサキについて教えてもらった。
改めて、自己紹介が始まった。
「あたしはリサキ。素性は言いたくないが、君らの敵じゃないことは確かだ!」
「わ、私はユア! あなた、イマストVにいないよね?」
「イマスト・ファイブ……?」
首をかしげるリサキへ、ユアが説明した。
「このフィーヴェが舞台となっているゲームだよ」
「フィーヴェが舞台のゲーム? 君、リアリティアから来たのか?」
「は、はい。リアリティアも知っているの?」
「ああ。異世界の中では“絶対に行けない幻の世界”として有名だからな! そんな子がここにいるなんて、すごいな! どうやって、来たんだ?」
リサキはリアリティアに憧れがあるのか、目を輝かせながらユアへ尋ねた。
「ユアちゃんには生まれつき、リアリティアと異世界を行き来する力があるんです」
代わりにティミレッジが答えた。
「行き来? しかも、生まれつき……? 君、もしかして、ディファートか?」
リサキの率直な質問に、フィトラグスら三人がむせ返った。
「な、何を言っているんだ?! ユアがディファートなわけ……な、ないだろ!」
「そ、そうですよ! ユアちゃんは生まれも育ちも、リアリティアですし、人間ですよ!」
フィトラグスとティミレッジがあわてて否定した。
「でも、生まれつき変わった力が使えるって、ディファートしか考えられないだろ」
リサキは容赦なく言い続けた。
フィトラグスたちからすると、今はユアにバレて欲しくなかった。
「確かにディファートっぽいよな、ユアの力……。もしそうなら、ディンフルに続いて二人目だな、ディファートの友人!」
オプダットも否定したつもりだったが、どう見ても肯定に近かった。
ティミレッジは血の気が引き、フィトラグスは「てめぇ、この野郎」と言わんばかりにオプダットを睨みつけた。
「私がディファート……?」
ユアが口を開くと、仲間たちは一斉に身の毛がよだった。
もしユアにバレてしまえば、ディンフルからの「まだ言うな」という忠告を破ってしまう。
「それはないな~。だってティミーの言うとおり、リアリティア生まれだし、今まで誰からも“お前はディファートだ”なんて言われたことないも~ん」
ユアは苦笑いし、まるでおばさんが話す時のように、片手で宙を叩く動作をしながら言った。
本人があっさりと否定したため、フィトラグスとティミレッジは胸を撫で下ろした。
「いっぺん、調べてもらったらどうだ? だってその力、どう見たって……」
「そ、それより、ディルルをどうするか考えようぜっ!」
まだ引き下がらないリサキを、フィトラグスが必死にさえぎった。
ティミレッジとオプダットも、彼に続いて「そうだね」「そうだな!」と熱心に同調した。
「わ、わかった。でも信じられないな。この可愛い子が、あのイケメンに育ったディンフルだとは……」
ようやく、リサキの意識がユアから離れた。
三人は安堵から、今度は深くため息をついた。
その時、一行の前に白い光が輝いた。
光はたちまち人の形になり、中から老師・イポンダートが姿を現した。
「イポンダートさん?!」
全員が驚きの表情をし、ユアが代表して声を上げた。
「何の用じゃ?」
しかし何故か、やって来た側の老師から謎の質問が出た。
ユアたちは思わず、ずっこけそうになった。
「それ、俺らのセリフだから……」
「冗談じゃ! 実は、お主らに話があって来たんじゃ」
フィトラグスがツッコむと、イポンダートは急に真面目な顔をして言い出した。
「話? ちょうど良かった。僕らからも、相談があるんです」
ティミレッジが切り出すが、老師は早速、自分の用件から話し始めた。
「わし、引っ越すことにしたんじゃ」
「えぇっ?!」
唐突な知らせに、ユアたちは声を上げた。
「引っ越すって……どこに?!」
「わからん」
オプダットが切迫した様子で聞くも、相手はあっけらかんとしながら答えた。
「じゃあ、もうあの山を登らなくて済むんだな?!」
イポンダートが引っ越すと言うことは、フィトラグスは過酷な山に登らなくて済むことを喜んだ。
すぐにティミレッジが、再び切り出した。
「そうじゃないでしょ! イポンダートさん! 僕らからも、聞いて欲しいことがあるんです!」
「すまんが、聞いてやれん。何せ、早めに去らねばならんからのう」
「そんなこと言わないで聞いて下さい! ディンフルさんが大変なんです!」
「わしも大変なんじゃっ!!」
ティミレッジが声を大にするが、相手からそれを上回る声量でさえぎられてしまった。
「大変って何が……?」
ユアがそこまで聞いたところで、アジトのドアが勢いよく開いた。
驚き、振り返る一行。
ドアは勢いがつけられ過ぎて、外れてしまった。
「ドアが!? ……あれ?」
ユアがドアに目をやった時、入って来た人物の顔も見えた。
「フィーヴェの物知りばあさん」として知られている老婆・エプンジークが恐ろしい形相で立っていた。
小柄な体に杖をつき、すっかり白くなった髪は足元まであった。
「エプンジークさん?!」
「イポンダートは?!」
エプンジークは入って来るなり、憤慨しながら聞いた。
一行が、イポンダートが立っていた場所を指さすが、すでにもぬけの殻だった。
「いつの間に?!」
エプンジークは許可を取らずに、ズカズカとアジトの奥まで入って来ては、辺りを見回した。
「……逃げられたか。あのジジイ! 今日は、本格的に離婚手続きするために来たって言うのに!」
エプンジークは、老師・イポンダートの妻。
だが、イポンダートの浪費癖が原因で今は別居中。
「離婚するのか?」
「ああ! あのジジイの請求書が、何故かあたしのとこにいっぱい届くんだよ! あの野郎、今月も酒にギャンブルなど、無駄な金使いやがって! しかも、あたしのとこに届くってどういうことだいっ?!」
エプンジークは怒り心頭だった。
これには、ユアたちも同情せざるを得なかった。
「酒代やギャンブル代を、エプンジークさんに払わせているんですか……?」
「最低な夫だな……」
「だから、逃げるように引っ越したんだな。まぁ、どう考えても、じいさんが悪いが……」
ユア、フィトラグス、オプダットの順に、イポンダートの感想を述べた。
一方で、ティミレッジは自分の両親が離婚しており、複雑な心境からか苦笑いするしかなかった。
最後のオプダットの意見を聞き、エプンジークの目がさらに血走った。
「“引っ越す”って、あいつが!? 教えてくれ! あいつはどこに行ったんだ?!」
「探索魔法があれば、簡単だ」
お腹に掛けていたひざ掛けを持ちながら、ディルルが起きて来た。
「ディン様! 具合はどう?」
「どうもこうも、うるさくて寝てられぬ! この際、エプンジークでも構わん! 俺を元に戻して欲しい!」
ディルルは藁にもすがる思いで、老婆へ頼み込んだ。
しかし、今のエプンジークの頭の中はイポンダートのことでいっぱいだった。
「な、何が起こっているのじゃ……?」
エプンジークはディルルを凝視した後で、次はリサキへ目をやった。
「あと、お前さんは、この世界の者ではないな? フィーヴェの気配がせんわい」
「おっ、さすがだな!」
突然知らされるリサキ事情。
皆が驚く中、彼女のみドヤ顔を決めていた。
これから始まるであろう話し合いは、確実に長丁場になるだろう。




