初夜リベンジ
ローゼの目的を暴いた舞踏会の後。
俺は再びローゼと寝室にいた。
「旦那様とまた寝室を共に出来るとは思いませんでした」
ローゼは俺に寄り添い、嬉しそうに言った。
「お前がゴネたからだろう」
「ふふ。実は今日、注文していたものがやっと届きまして。早速使ってみたいと思ったのです」
「届いたものだと?」
ローゼは箱をベッドの上に置き、包装を解き始めた。
──まさか、俺の名前でいかがわしい道具を買ったのではないだろうな。
俺は思わず身構えた。
「こちらです」
ローゼは手のひらに収まるサイズの容器を見せた。
俺は容器を受け取り、くるくると回して見た。
「これは……保湿クリームか?」
「はい。旦那様の火傷跡に塗ろうと思いまして。保湿だけでなく、血行促進や抗炎症作用もありますよ」
「必要ない」
俺は保湿クリームの容器を箱に戻した。
「旦那様」とローゼがため息混じりに呼びかけた。
「初めての同じ寝室で寝た日を覚えていますか。夜中、ふと目が覚めた時、私は見てしまったのです。貴方が火傷跡を掻きむしりながら、苦しそうに唸っているのを」
ローゼは心配そうに眉を下げた。
まさか寝ている俺がそんなことをしていたなんて知らなかった。
「ですから、私に何か出来ることはないかと考えたのです」
「それで、保湿クリームを……」
俺を思ってしてくれたのか、と胸が少し温かくなった。
「さ、旦那様、服を脱いで下さいませ」
ローゼはパッと笑顔になった。
「良い。自分で塗る」
「家にある保湿クリーム、あまり減っていないようですが?」
「何故そんなことまで把握してるんだ」
「おや、カマをかけてみたのですが、本当に塗っていないのですね」
ローゼはくすりと笑った。ハメられた、と俺は頭を抱えた。
「旦那様、観念して下さい」
「……はあ」
俺は寝巻きを脱ぎ、上半身を露出させた。一番火傷が酷い箇所だ。
「では、失礼しますね」
ローゼは蓋を開け、クリームを指で掬うと肩の火傷跡に塗り始めた。ふわりと花の香りがした。
「そのクリーム、香りがついているのか」
「ええ、薔薇の香りです。ツィノーバーロート邸には素敵な薔薇園がありますから、この香りにしてみました。いかがでしょう?」
俺は目を瞑り、鼻で大きく息を吸った。
「落ち着く香りだ」
「ふふ。お気に召したようで何よりです」
ローゼの細い指と小さな手のひらがが肩、腕、胸部、そして、足を撫でる。俺は眉間にしわを寄せ、ローゼの手を目で追った。
──これ……行為をするより恥ずかしいのだが?
俺はふつふつと湧き上がる邪な考えを心の奥に押し込んだ。
首から下の火傷跡が塗り終わると、俺はそそくさと寝巻きを着た。
「お顔も塗りましょうか?」
「……自分でやる」
俺はローゼから容器を奪い取ると、背中を向けて、顔の包帯を解いた。急いで顔へとクリームを塗る。
「隠さずとも良いではないですか。私に一度見せて下さったでしょう?」
「あのときと今では状況が違うだろう」
「ああ……あのときの旦那様は私を疑ってらしたのでしたね」
俺はバツが悪くて黙り込んだ。
「わかりました。再び、旦那様が見せて下さるまで、待ちますわ」
言った通り、俺がクリームを塗っている間、ローゼは俺の顔を覗き込むことはなかった。
顔へクリームを塗り終わり、俺は包帯を巻き直すと、ローゼの方を向いた。
「ちゃんと塗れまして?」とローゼは子供に言うように言った。
「さて、旦那様──」
ローゼは俺の肩をそっと押し、ベッドに押し倒した。
「……何のつもりだ?」
俺はローゼを見上げた。
「結婚したばかりの男女が寝室ですることと言えばただ一つ──初夜ですよ」
ローゼは聞いたことのあるセリフを言った。
「そうか」と俺は淡白な返事を返す。
「初めて伺った時ははお預けを食らってしまいましたからね。リベンジです」
「お預けされたのは俺の方だと思うが」
「おや? おやおやおや旦那様? お預けされたと思ったのですか? つまりあのとき、私に手を出したかったと?」
「失言だったな。忘れろ」
「忘れませんとも。ええ。脳に焼き付けましたとも」
「……はあ。良いから早く寝ろ」
「いいえ、今回こそは手を出して頂きます。献身的に保湿クリームを塗ったことで、私の愛は存分に伝わったでしょう?」
「いいから横になれ」
俺はローゼの手を引き、横に寝かせた。
「旦那様のたくましい背中、鋭い眼光、大きな手のひら、全て愛しております。私は旦那様に何をされても構わないのです」
「はいはい……」
俺は片手でローゼの背中をぽんぽんと叩いてやる。
「信じていませんね? 私が旦那様をどれだけ好いているか、じっくりと聞かせて差し上げます。今夜は寝かせませんよ、だんな……さ……ま……」
ローゼの声がだんだんと小さくなり、最後には、目を瞑り寝息を立て始めた。
──背中を叩くと寝るなんて、子供か? いや、まだ学園を卒業したばかりの子供だったな。
ローゼに布団をかけてやり、再び横になる。
彼女は生家で邪魔者として扱われ、十分な愛情を与えられてこなかった。俺と身を繋げることに熱心になるのは、それが原因だろう。
身を繋げるだけが愛ではない。俺達は出会って間もないのだ。
「ゆっくりと愛させて貰おう」
俺はローゼの額にキスをした。




