贈り物
「旦那様、欲しいものがあるのですが」
夕食中、ローゼが徐に口を開いた。
「貴様がものをねだるなど珍しい。言ってみろ」
俺はそう言って、ワインに口をつけた。
「指輪です」
指輪、と聞いて、俺は婚約指輪も結婚指輪も用意していなかったことを思い出した。
生まれてからこの方、公爵騎士の鍛錬しかしてこなかった俺には、物の価値というものが全くわからない。ローゼ自身が指輪を選んでくれるなら、それに越したことはない。
「良いだろう。好きに選べ」
「では、ブルーローズダイヤモンドの指輪を──」
「待て」
俺は思わず制止した。
ブルーローズダイヤモンドは高価な魔法石の中でも非常に希少なものだ。流石にぽんと買えるものではない。
「別のものにしろ」
「おや、『好きに選べ』とおっしゃったのは旦那様ではないですか」
「まさかブルーローズダイヤモンドを欲しがるとは思ってなかったんだ」
「では、どのようなものを想像していたのですか?」
ローゼはくすくすと悪戯っぽく笑った。それを見て、ローゼが本気で欲しがっていた訳ではないと悟る。また俺はローゼの術中にハマったのだ。
「……はあ。俺に選んで欲しいなら最初からそう言え」
「ふふ。左手の薬指に似合う指輪をお願いしますね」
ローゼは左手の薬指を指差して、にっこりと微笑んだ。
□
ローゼの願いを叶えるべく、商人を家に呼んだ。指輪をいくつか見せてもらった。
複数の宝石があしらわれたもの、カーブしているもの、模様のついたもの……などなど様々だ。
やはり、俺にはどれが良いかさっぱりわからなかった。ローゼが一番喜ぶのはどれなのだろうか。長考して、結局決められなかった。
「お、お気に召しませんでしたか……?」
悩んでるうちに怖い顔をしていたのだろう。商人は俺を見て怯えていた。
「指輪はあとにする。他のものも見せてくれ」
指輪以外の商品を見ている内に、考えがまとまるかもしれない。良い気分転換になるだろう。
すると商人は笑みを貼り付け、部屋いっぱいに商品を並べた。商人のセールストークを聞き流し、俺は商品を見ていった。
「あれとこれを買おう。ああ、それとこれも……」
俺は目につくものを次々に選んでいった。 指輪のように、一つに決めなくて良いというのは気が楽だ。
ドレス、帽子、靴、宝飾品……。どれもローゼを引き立ててくれるだろう。
ローゼはそんな俺を見て困った顔をしていた。
「旦那様、贈り物は大変嬉しいのですが……。私の身は一つしかありませんよ?」
「見ればわかるが」
何を当たり前のことを、と俺は呆れた。
「貴様はツィノーバーロート公爵夫人だ。その肩書きに見合うものを身につけて貰わねば困る」
俺がそう言うと、ローゼは笑みを消し、ため息をついた。
「旦那様、やはり頂けません」
「何故だ? 気に入らなかったか?」
「公爵夫人の役目を果たすだけなら、こんなにたくさん必要ないでしょう。今あるのだけで十分です」
「他に理由があるのなら別ですが……」とローゼはちらりと俺の様子を伺った。どうやら、俺に言わせたいらしい。
その場には商人もいるから俺は躊躇った。しかし、このままだとローゼは今買ったものを受け取らないだろう。俺は覚悟を決めて口を開いた。
「……全て、貴様に似合うと思った。だから、贈らせてくれ」
言ってて、だんだんと顔が熱くなってくる。やはり、人前で言うのは恥ずかしい。
「だ、旦那様……」
ローゼは俺以上に顔を赤くした。
「貴様が言わせた癖に何故照れる」
「すみません……面と向かって言われると照れてしまって」
ローゼは火照る頬に手を当てた。
「旦那様、たくさんの贈り物、ありがとうごさいます」
ローゼは買い上げたものを見回して、嬉しそうに礼を言った。彼女は俺の言葉一つでこんなにも喜ぶ。愛とは複雑なようで単純だ。
「それで、指輪はいつ頂けるのでしょう?」
「……少し待っていてくれないか」
「ふふ。いくらでも待ちますわ。悩んでいる間、貴方の頭の中は私でいっぱいになるでしょうから。ですが、ちゃんと答えは出して下さいね。『忘れていた』はなしですよ? 楽しみにしていますね、旦那様」
その後、俺は数週間ほど悩み、指輪を決めた。
それから二月後、指輪が届いた。婚約指輪と結婚指輪の二つだ。この二つを選ぶのにもかなり時間がかかった。
婚約指輪にはダイヤモンドが石座に嵌められている。ダイヤモンドには幸運のまじないがかけられている。それにより、希少なブルーローズダイヤモンドにも劣らない魔法石となっている。結婚指輪はシンプルなデザインのものにした。指輪の裏側にはそれぞれ俺とローゼの名が刻印されている。勿論、俺もペアのものを作って貰った。
ローゼは二つの指輪を見て目を輝かせた。その顔を見て、悩んで良かったと思った。少し待たせてしまったが、その時間にも価値があったと思えた。
「旦那様」
ローゼは指を差し出した。嵌めて欲しいと、期待した目で俺を見ていた。望み通り、指輪を左手の薬指に嵌めてやると、ローゼはそれはそれは嬉しそうな顔で笑った。




