悪女の独白・芽吹きの章
ローゼ・ヴァイスという悪女の物語をお聞かせしましょう。
私の胸元には大きな傷跡があります。
邪竜の出現により、魔物の動きが活発化した時期がありました。その時、私は庭園で催された誕生日パーティーに参加していました。そこには、婚約することとなるビルネ様もいらっしゃいました。
皆が魔物から逃げる一方、ビルネ様は魔物に怯え、腰を抜かしておりました。私は咄嗟にビルネ様をかばいました。
胸の傷はそのときにつきました。
男の傷は『勲章』、女の傷は『価値が落ちる』。私の実の父──ヴァイス伯爵は責任を取るよう、ビルネ様のご両親に迫りました。その当時、ヴァイス家の子供は私ただ一人でしたから、彼の婿入りを求めました。
ビルネ様のご両親は渋りました。しかし、ビルネ様本人は「責任を取る」と私の手を握ったのです。彼のご両親は「そこまで言うなら」とビルネ様の意見を尊重しました。
こうして、私とビルネ様は婚約しました。
さて。
私の実の両親の話をしましょう。父は移ろいやすく、母の大人しい方でした。
母は父の不倫を知っていながら、黙認していました。今の生活が壊れることを恐れていたのです。母は心労が祟り、亡くなりました。
母亡き後、父が愛人を後妻に据えることは予想出来ていました。──まさか、隠し子までいるとは思いませんでしたが。
後妻とその娘・ライラックが家に来て、私の生活は一変しました。召使いのように扱われ、ローゼという子はまるでいないようでした。
私と仲良くしてくれていた使用人や家庭教師は、ライラックお嬢様へとあてがわれました。私の扱いを改善するよう申し入れた者もいましたが、直ぐにヴァイス家を追われてしまいました。以来、誰もヴァイス伯爵に逆らえなくなったのです。
使用人達は何も出来ないことを私に何度も謝りました。私はあなたがたは何も悪くないのだからと彼女達を慰めました。
私は何とか平心を保っていました。ビルネ様が婿に来たら何か変わるではないかと、そんな希望を持っていたのです。
そんな希望も打ち砕かれます。
ビルネ様とライラックお嬢様がキスをしているところを目撃してしまったのです。ヴァイス邸の一角。人気のない部屋で、二人は仲睦まじく抱き合っていました。
「ビルネ様ぁ。婚約者がいるのに、こんなことして良いんですかぁ?」
ライラックお嬢様は甘えた声で言いました。
「良いのさ、あんな傷物。あいつが俺を庇って怪我したせいで、俺は一生『女に庇われた腰抜け』と言われ続けるんだ。本当、最悪だよ」
ビルネ様はへらへらと笑っていました。
──そして、ことが始まりました。
私は自分の心が死んでいくのがわかりました。
ライラックお嬢様は私が見ていることに気づいて、ほくそ笑んでいました。
彼女は最初から全てを奪うつもりだったのしょう。家族からの愛情、家での居場所、婚約者──。
「そんなに欲しいなら、言ってくれればいくらでも差しあげたのに」
意地の悪い子。私は笑っていました。
□
それから暫くして、王宮騎士団の手によって、邪竜が討伐されました。それを祝して、パーティーが大々的に開かれることとなりました。私もライラックお嬢様もビルネ様も参加しました。
私の着る予定だったドレスはライラックお嬢様の嫌がらせによって、汚されてしまいました。着れるドレスは胸元の傷が見えてしまうものだけ。私はそれを着ていくしかありませんでした。
パーティーの最中、ビルネ様は相変わらずライラックお嬢様と共にいました。周りの人達は私の胸元の傷を見てひそひそと噂をしました。
私は居心地の悪い思いをしていました。俯き、背中を丸め、時が過ぎるのを待ちました。
そのとき、邪竜を討った王宮騎士団の皆様が入場しました。そこにはアプフェル様もいました。
全ての視線がアプフェル様に注ぎました。彼は全身に包帯を巻いており、その隙間から覗く肌は焼け爛れていたからです。
「他の騎士はあんなに怪我をしていないのに、何故彼だけがあんな大怪我をしてるんだ?」
「彼はツィノーバーロート公爵家の若き当主だろう? 大方、手柄のために焦って敵前に飛び出して痛い目に遭ったとか、そんなところだろう」
アプフェル様はそんな心無い声を無視して、私の隣に立ちました。
私は相変わらず下を向いて、その場をやり過ごしていました。
「その胸元の傷はどうした」
アプフェル様は私にそう声をかけてきました。
彼に話しかけられると思っておらず、私は驚きました。
「これは魔物から逃げる時に……」
義妹にうつつを抜かす婚約者のためについた傷だ、と言うのが恥ずかしくて、私は嘘をつきました。
「嘘だな。逃げる時に負ったのなら、体の真ん中につくはずがない」
「魔物に背を向けるか、体を丸めて頭を守ろうとするはずだ」とアプフェル様は言いました。
「誰かを守ったのだろう。貴女は勇ましい。胸を張ると良い」
アプフェル様はそう言った後、その場を立ち去りました。
私は彼の背中を目で追っていました。
貴方の全身に負った傷に比べれば、私の傷など大したことありません。なのに、見ず知らずの私を気遣って、声をかけて下さったのです。
──なんて優しい方なのでしょう。
私の胸がぼんやりと温かくなるのを感じました。




