「こんな私はお嫌いですか?」
人々は話を止め、ローゼに注目した。皆、ローゼの次の言葉を待っている。
ローゼは徐ろに後ろ髪を両手で掴んで、口元に持ってくる。まるで、隠れるかのように。
「あ、貴方と結婚するため……です」
ローゼはぽぽぽ、と顔を赤らめながら、そう言い放った。
「………………は?」
俺は何を言われたのか全く理解出来なかった。
──けっこん……結婚……?
意味もなく、『結婚』という言葉を頭の中で反芻する。
「大怪我までしておいて、俺と結婚……?」
「はい……」
ローゼは恥ずかしそうに肯定した。
「お、おかしいだろう。俺と貴様は結婚後に初めて会ったんだぞ!?」
「貴方は覚えてないかもしれませんが、一度会って話したことがあるのですよ。そのとき、声をかけて頂いて、こ、恋に落ちまして」
ローゼは照れくさそうに言った。
「まさか、以前会っていたとは……」
俺は顔の火傷跡に手を当てた。
「こんな醜い姿になっていて、後悔しただろう」
「ふふ。本当に覚えてらっしゃらないのですね。私と貴方が出会ったのは、貴方がその姿になった後ですよ」
「嘘だ。こんな化け物を好きになる奴などいない!」
俺がローゼを怒鳴りつけた。
ローゼはふ、と目を細めた。まるで、愛おしいものを見るような目だった。
「私の胸元には大きな傷跡があります」
ローゼは胸に手を当てて、語り出した。
一時、邪竜の襲来により、魔物の動きが活発化した時期があった。ローゼも魔物に襲われた。その際、近くにいた友人を庇った。命に別状はなかったが、胸元に大きな傷跡が残った。
暫くして、邪竜が討伐され、それを祝うパーティーが大々的に開催された。
ローゼは胸元の傷跡が見えるようなドレスを着て参加した。それしか着れるドレスがなかったらしい。
婚約者のビルネはライラックと共にいた。周りの人達はローゼを見て噂をした。胸元の傷跡のこと、婚約者が義妹と仲良くしていること、あることないこと想像していた。ローゼは俯き、背中を丸め、時が過ぎ去るのを待っていた。
そのとき、俺──アプフェルが入場した。全ての視線が包帯塗れの男に注いだという。
「アプフェル様は私に声をかけてきました。『その胸の傷はどうした』と。私は恥ずかしくて、『魔物から逃げる時についた』と嘘をついたのです。すると、貴方は私の嘘を直ぐに見抜き、こう言いました」
『その傷は、誰かを守ったときについた傷だろう。貴女は勇ましい。胸を張ると良い』
「私は貴方のその言葉に救われました。貴方にとっては、忘れてしまうくらい、何気ない一言だったのでしょうが……」
ローゼは胸の前で手を握った。
「──だから、悪女になろうと思いました」
恋する乙女の顔から一変、ローゼは悪女の顔になった。
「私にはビルネ様という婚約者がいました。ビルネ様とライラックお嬢様が惹かれ合っていることは察していました」
ローゼはちらりと横目でビルネとライラックを見た。二人は気まずそうに目を逸らした。
「ですから、私が悪役となって、婚約破棄することにしました。それが二人への餞にもなると思いまして……」
結果として、婚約者を裏切ったビルネも、義姉の婚約者を略奪したライラックも、咎められることはなかった。
非難は全て、【腹黒悪女】のローゼに向かっていた──彼女の計画通りに。
「ヴァイス家は資金繰りが苦しく、年頃の娘を他家に嫁がせ、援助して頂こうと考えていました。私は援助金を用意するというアプフェル様を推薦しました」
確かに俺は援助金をちらつかせて嫁を募った。
「しかし、ヴァイス伯爵は愛娘であるライラックお嬢様を粗暴者と噂される【ミイラ公爵】に嫁がせたくなかったのです。ですから、私の婚約破棄騒動はヴァイス夫妻にとって、思いがけない幸運でした」
婿入り予定の婚約者をライラックにスライドさせ、【ミイラ公爵】にローゼを嫁がせる。鬱陶しかった前妻の子を手放すことが出来、尚且つ、金も手に入る。ヴァイス夫妻はさぞ喜んだことだろう。
「ライラックお嬢様とビルネ様は何の弊害もなく結ばれ、ヴァイス夫妻は愛娘を嫁がせることなく、援助金が手に入る。そして、私は愛する人と結婚出来る……。これで皆が幸せになりました」
これで良かったのだと、ローゼはホッとしたように言った。
「悪女のお前との結婚を、俺が断るとは思わなかったのか」
俺は疑問を投げかけた。
ローゼはくすりと笑った。
「アプフェル様は結婚相手を選んでいたでしょう」
俺は確かに結婚相手を選んでいた。
家のために我が身を顧みず、結婚しようとする誇り高き令嬢に、『ミイラ公爵の妻』という汚名を着せるなど、どうしても出来なかったのだ。
「義妹に婚約者を奪われた私では、貴方様に見向きもされないと思ったのです。ですが、義妹を殺しかけ、家族に厄介払いされる〝悪女〟ならば──」
ローゼは俺を求めるかのように、両手を伸ばした。
「ミイラ公爵の生贄に相応しい──そう思って下さると!」
ローゼは高揚した顔でそう言った。
俺はローゼとの縁談が舞い込んできた時、即座に結婚を決めた。この女で良い──〝この悪女しか有り得ない〟と思った。
それも全て、ローゼの思惑通りだったというのか?
ただのスパイが俺の思考をここまで深く読み切ることが出来るだろうか? 否。俺を心から愛しているからこそ、ここまでしたのだ。これを愛と言わずして何と言う!
俺はようやく、ローゼの言ってることを理解した。理解した途端、俺の顔が燃えるように熱くなった。
「それで、あの、アプフェル様……」
先程まで堂々としていたローゼが突然、しどろもどろになった。
「こんな腹黒い私はお嫌い……ですか?」
「──嫌いではないがっ!?」
俺は食い気味に否定してしまった。
もうこの際、嘘でもいい。何を企んでいても構わない。貴様に騙されてやる。
だって、そうだろう。悪女になってまで、俺のことを愛してくれたと言われたら、好きにならない訳がない!
「謝罪させてくれ。お前を疑ったこと、そして、大勢の前で吊し上げたことを」
「お止め下さい。旦那様の頭の中が私でいっぱいになっていることが嬉しくて、誤解を解かなかった私の責任です」
「いいや、お前はずっと正直だった……」
ローゼは俺への愛を言葉や行動でちゃんと伝えていた。俺が信じることを恐れていただけだ。信じて、裏切られることを……。
俺が目を合わせられずにいると、ローゼは頬を両手で掴み、無理矢理目を合わせた。
「臆病な旦那様、お可愛らしいこと」
ローゼはそう言って笑い、俺の頬を撫でた。
『夫婦喧嘩は犬も食わない』とはこのことか──。
「どういうことだ、ライラ!」
場を同じくして、別の夫婦喧嘩が勃発していた。
「ローゼの散財も、男遊びも、義妹いびりも、殺人未遂も! 全部嘘だったのか!?」
ビルネがライラックに問い詰めた。
「違いますわ! ライラはお義姉様の策略にハメられたんですの!」
「ローゼがお前にいびるように言ったのか!? 自分の診断書を使って婚約破棄しろと!?」
「そ、そうですわ! 全部、お義姉様のせいなんですの!」
「嘘をつくな! わざわざ自分をいびらせる奴がどこにいる! 俺を騙したんだな!? この嘘つきめ!」
ビルネは喚き散らし、ライラックは泣き叫んだ。
「おや、困りましたね。義妹夫婦の関係を壊すつもりはなかったのですが」
ローゼは白々しく呟いた。
「奴らを恨んでないのか?」
俺が尋ねた。
「ヴァイス家は資金繰りに困っていると話したでしょう? それが奥様とライラックお嬢様の散財癖により、急激に悪化しておりまして。ヴァイス伯爵にも二人に散財をやめさせるよう、再三言ったのですが、あの二人には甘いものですから」
「ほう。奴らは何もせずとも、いずれ破滅すると」
「さあ。それはヴァイス伯爵と次期当主様次第でしょう」
ローゼはくすりと笑った。
「フン。腹の黒い女だ」
「こんな私はお嫌いですか?」
「いや、大変好ましい」
俺はローゼの手を取り、手の甲にキスを落とした。それだけで、ローゼは顔を真っ赤にして喜んだ。
こんな可愛らしい悪女を、絶対に手放してや




