「貴方様の隣に立つだけで心が踊って」
俺の元に舞踏会の招待状が届いた。
社交場から離れた俺に毎回律儀に招待状を送ってくる、奇特な人からだ。
いつもなら直ぐに欠席する旨を伝えるのだが、今回は違った。ローゼの本性を暴く、絶好の機会だと思ったのだ。
俺は主催者に許可を得て、準備を進めた。
舞踏会当日。
俺はローゼと共にダンスホールへ足を踏み入れた。
ローゼは俺の左腕に腕を絡ませ、俺を見上げて言った。
「まさか、貴方様が舞踏会へ参加されるとは思いませんでした。パーティーはお嫌いだと聞いていましたので」
「フン。たまたまそういう気分だっただけだ」
俺は冷たくそう返した。
「この舞踏会に私の義妹が来るか確認してましたね」
俺は驚いて、ローゼを見た。ローゼは微笑みを消し、じっと俺の顔を見つめていた。
──今日の計画がローゼに知られている? どこから漏れた? いや、それよりも、どこまで知られている……?
俺とローゼは暫く見つめ合い、腹を探り合う。
すると、ローゼはパッといつもの微笑みを顔に貼り付けた。
「ふふ。少し妬いてしまいますね」
結局、ローゼが俺の計画をどこまで把握しているのかは探れなかった。だが、今更あがいても遅い。準備は万全だ。
「──ミイラ公爵だ」
そんな呟きが俺の耳に届いた。
「彼が社交場に出て来るなんて珍しい」
「隣にいるのは義妹を散々いびった挙句、殺人未遂までした悪女だとか」
「金を出して迎えた嫁がそれでは、ミイラ公爵とはいえお気の毒ですね」
「愛のない夫婦でも顔さえ良ければ救いがありましたのに。公爵のあの顔では……ねえ?」
「因果応報とは正にこのこと」
こそこそ、くすくすと俺達を見ては笑っている。相変わらず、噂好きな連中だ。全く嫌になる。
「ローゼお義姉様! お久しぶりですね!」
空気を読まずに話しかけてきたのは、人懐っこそうな少女。ローゼの義妹──ライラックだ。
彼女の横にいる不服そうな顔の青年はローゼの元婚約者だろうか。
「ライラック様、ビルネ様、お久しぶりですね」
ローゼは微笑んだ。
「ご結婚されたそうですね。お二人の幸せを心からお祝い致します」
「ありがとうございます! 無事運命の人と結ばれることが出来ましたわ! それもこれも全て、お姉様のおかげですわ」
ライラックは隣にいる青年の腕にしがみつき、無邪気に笑っていた。
ローゼは俺に顔を向けた。
「アプフェル様、紹介させて下さい。義妹のライラックと、ヴァイス家の次期当主となるお方、ビルネ様です」
こいつがローゼの元婚約者──ビルネか。調べによると、かなりのボンクラのようだ。
ライラックに現を抜かし、婚約していたローゼを蔑ろにしたどころか、勉学も疎かにしていたらしい。そんなのがヴァイス家の次期当主など、聞いて呆れる。
「アプフェル・ツィノーバーロートだ。ご結婚、心よりお慶び申し上げる」
俺は定型的な挨拶をした。
「よく顔を出せたものだな、ローゼ」
ビルネは俺を無視し、ローゼをぎろりと睨みつけた。
「ライラを殺しかけておいて、へらへらとしやがって。お前が階段から突き落としたせいで、ライラは二度と歩けなくなるところだったんだぞ!? 今日のところは見逃してやる。今直ぐここから立ち去れ」
「おや、舞踏会はまだ始まったばかりですのに……」
「お前がいると、ライラが怖がって舞踏会を楽しめないんだよ! 普通は言われる前にお前から立ち去らないといけないんだぞ!? 昔から気の利かない女だな!」
ビルネの手がローゼに伸びる。
「──礼儀がなっていないな、ビルネ・ヴァイス」
俺はローゼとビルネの前に割って入った。
「それと、口の利き方に気をつけろ──俺の妻だぞ」
俺が少し声を低くして睨みつけると、ビルネとライラックは小さく悲鳴を上げた。
ローゼはすかさず俺の視界に入り、頭を下げた。
「申し訳ありません、アプフェル様。義妹達は舞踏会に舞い上がっているようでして……。どうか無礼をお許し下さい」
「……フン。次はない」
俺はそう言い捨て、その場を離れた。ローゼは義妹達に一礼して、俺の後ろを追いかけてくる。
「恐ろしい顔……。あんな人と結婚させられたなんて、お義姉様、可哀想!」
口ではそう言いつつ、ライラックはへらへらと笑っていた。
「ライラは優しいな。あんな女を心配するなんて」
ビルネはだらしない顔でライラックの頭を撫でていた。
とんだ茶番だと、俺は鼻で笑った。
「義妹と義弟が失礼致しました」
ローゼは改めて俺に頭を下げた。
「貴様に謝られる筋合いはない」
「しかし、お気を悪くされたでしょう。今日はもうお帰りになられますか?」
「まだダンスすらしていないだろう」
「おや、お誘いして下さるので?」
ローゼはくすりと笑った。
「なんだ。俺と踊りたくないのか?」
俺は手を差し出した。
ローゼは目を丸くした後、嬉しそうに手を取った。
「まさか。貴方と踊れる日が来るなんて、まるで夢のようですわ」
ローゼは俺に手を引かれるまま、ホールの中心へと歩いた。
ミイラ公爵と腹黒悪女のダンスに皆が注目しているのがわかった。
ああ、嫌になる──俺は目を瞑った。
「旦那様」
ローゼの呼びかけに、俺は目を開けた。目の前にローゼの顔があった。
「私だけを見ていて下さいね。貴方の妻は私なのですから」
俺を好いていると錯覚するほど、耳障りの良い言葉達。全て、偽りだと言うのに。
俺とローゼは緩やかに踊り出す。
俺達の様子を伺っていた人々は、直ぐにローゼに釘付けになった。
無駄のない足運び。完璧にリズム。髪の先から爪の先まで神経が通っているような、優雅な所作。どう見られるか、どう思われるか、全てが彼女の手のひらの上だった。
俺はローゼにリードを〝させられていた〟。だが、悪い気はしなかった。ローゼがあまりにも無邪気に、楽しそうに笑っていたからだ。
──ローゼは元婚約者とダンスしたことがなかったのだろうか。まあ、他の女に目を奪われるような男だ。踊らせてやる価値もない。
俺は久々のダンスを楽しんだ。これがローゼとの最後のダンスになるだろう。そう思うと、




