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こんな悪女はお嫌いですか?  作者: フオツグ


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2/5

「この身を貴方様に捧げます」

 その日の夜。

 俺がベッドの上で本のページを捲って、寝室の扉がノックされた。俺は入るように促した。


「旦那様」


 現れたのはネグリジェ姿のローゼだった。

 俺はローゼを睨みつけた。


「何をしにきた。暗殺か?」

「私が暗殺者ならば、このように堂々と扉から入ってくるでしょうか?」


 ローゼはくすくすと笑った。


「結婚したばかりの男女が寝室ですることと言えばただ一つ──初夜ですよ」

「断る」


 俺はきっぱりとそう言った。

 ローゼはきょとんとした顔をする。


「この結婚に愛などない。貴様もそれを理解しているはずだが」

「それは旦那様がそう思っているだけでしょう。少なくとも私は、旦那様を愛しております」

「そう言えと誰に言われた?」

「これは私の正直な気持ちですわ」

「……戯言を」


 嘘に決まってる。この醜いミイラを愛する者などいるはずがないのだから。


「今すぐ出て行け。首を刎ねられたいのか」


 俺は剣を手に取って脅してみせた。だが、ローゼは全く引かなかった。


「旦那様、淑女には首を刎ねられるより恐ろしいものがあるのですよ」

「ほう? 言ってみろ」

「初夜に旦那様と別の寝室で寝ることです。そのことが知れ渡れば、わたくしはこの屋敷内で、延いては貴族社会で生きて行けません」


 ローゼは目元を拭うふりをした。

 既に【腹黒悪女】であることが知れ渡っているのに今更何を言っているのだ、と俺は呆れた。


「旦那様、後生ですから、寝室を共にする許可を頂けませんか。今夜だけで構いません。ただ眠るだけとお約束します」


 ローゼは胸の前で指を組んで、俺に懇願した。

 俺はため息をついた。


「貴様、俺を愛していると言ったな」

「はい」

「この顔を見ても、そう言えるか?」


 俺は顔の包帯を解き、ローゼに晒した。火傷の跡が顔の大半を締めている。

──愛してるだなんて、馬鹿馬鹿しい。皆、この顔を見て、離れていった。

 ローゼは俺の火傷跡を見て、目を細めた。


「なんと勇ましい……」


 ローゼはベッドに乗り上げ、俺の顔に手を伸ばした。


「っ!」


 ローゼの指が頬に触れる瞬間、俺はローゼの手を払い除けた。

 驚きのあまり、心臓が激しく脈打った。

──今、俺に触れようとした……!?

 俺はその行動の意味がわからず、混乱した。この顔に薬を塗るのだって、嫌な顔をされるというのに。

 俺は顔を手で覆い、指の隙間からローゼの顔を伺った。


「貴方から見せてきたのに、もう隠してしまうのですか?」


 ローゼは悪戯っぽく笑った。


「それとも、まだ痛むのですか?」


 一転、ローゼが眉を下げて、心配そうに尋ねた。

 俺はまた触れてくるのではないかと身構えた。それに気づいたのか、ローゼはふ、と微笑み、ベッドから立ち上がった。


「旦那様、貴方は自分が思っているよりずっと、魅力的なのですよ。誠実で、不器用だけれど優しい……私はそんな貴方に惚れたのです」

「貴様、目が見えていないのか?」

「見えていますよ。……少し見え過ぎるくらいです」


 ローゼは含みのある言い方をした。その真意を確かめる前に、ローゼは言った。


「いかがです? 旦那様。貴方の寝室に居座る許可を頂けますか?」

「……チッ。好きにしろ」


 俺はそう言って、ローゼに背を向けて横になった。


「感謝致します、旦那様。やはり、貴方様はお優しい方ですね」

「なんだ、追い出されたいのか?」

「それは困りますね。余計なことを言う前にさっさと口を閉じてしまいましょう」


 ローゼの声がだんだんと遠ざかっていくの感じ、俺は少し疑問に思った。


「では、こちらのソファを使わせて頂きますね」

「は?」


 俺は起き上がり、ローゼの方を見た。ローゼは何故かソファの上で横になっていた。

──一緒に寝るという話ではなかったのか?

 ローゼの考えてることが全くわからない。完全に手のひらの上で転がされている。

──……まあ、別々で寝るならそれで良い。油断させて暗殺する気なら、反撃するまでだ。

 俺は横になり、目を瞑る。


「………………」


──駄目だ。気になって眠れない。

 俺は目を開けた。


「おい」

「はい、何でしょうか」


 ローゼは待ってました、と言わんばかりに起き上がった。


「貴様がベッドで寝ろ。俺はソファで寝る」

「旦那様を差し置いてベッドで寝る訳には参りません」

「女をソファで寝かせる趣味はない。良いから来い」


 レディをソファで寝かせ、自分は悠々とベッドで寝るなど、俺のプライドが許さなかった。


「旦那様も共にベッドで寝るとおっしゃるなら、喜んでそちらに参りますが……」


 ローゼは頬を赤くさせてそう言った。

 俺は舌打ちをした。


「何でも良い。早く来い」

「では……」


 ローゼはおずおずとベッドに座り、こちらを向いて横になった。

 俺の姿を見たくない癖に、何故こちらを向くのだ。本当に訳がわからん女だ。

 俺は訝しげにローゼを見た。ローゼは目を瞑り、口元は笑っている。

──俺を困惑させて、面白がっているのか? 俺が手を出したら、どうするつもりだったんだ……。

 俺がローゼを見ていると、彼女の胸元に目が行った。


「……!」


 俺は思わずローゼから目を逸らした。見てしまったのだ──ローゼの胸元に大きな傷跡があるのを。


 □


 そして、何事もなく朝を迎えた。

 あれからローゼは誘惑してこなかったし、命を狙う素振りもなかった。本当に、ただ眠っただけだった。

 使用人は俺の寝室にローゼがいることに腰を抜かすほど驚いていた。

 そして現在、食堂でローゼと共に朝食を摂っている。


「まさか主様が初夜を過ごされるなんて……」

「しかも、噂の【腹黒悪女】と!」

「主様は懐柔されてしまったのだろうか」

「悪女に屋敷で好き放題されてはたまったものじゃない……」


 使用人達の噂話が聞こえてくる。あれで声を潜めているつもりなのだろうか、と俺は呆れた。


「旦那様」


 ローゼがそっとナイフとフォークを置いた。


「申し訳ありませんでした」


 そう言って、ローゼは深く頭を下げた。俺は意味がわからず、眉間に皺を寄せた。


「……それは何に対しての謝罪だ?」

「昨夜、旦那様に無理矢理迫ったでしょう」

「それは──」


──昨夜、話がついたではないか。

 ローゼがハッと顔を上げた。ローゼの顔は青ざめ、体は小刻みに震えていた。


「あのようなことは二度と致しません。今後、寝室は別ということで構いません。ですからどうか、命だけは……」

 

 俺は困惑した。この女は、俺を恐れるような奴じゃない。寝室でのはっきりとした物言いを聞いた後だからわかる。

──これは……何のための演技だ。

 

「流石は主様だ……」

「あの悪女を一晩で手なづけるなんて!」


 使用人達は声を上げて喜んでいた。

 それを見て、目的は〝これ〟かと、俺は納得した。



 それからローゼは〝改心した〟。

 散財せず、男を誘惑せず、誰かをいびることもない。我儘一つ言わず、お淑やかに振る舞った。

 使用人達とは俺という共通の畏怖の対象を以て打ち解けたようだ。

 俺の株も上がった。噂の悪女を手なづけた絶対的な主君として。

 そんなローゼに対して、俺は得体の知れない恐怖を感じていた。全て、あの女の思惑通りに進んでいる気がしてならなかったのだ。


 ローゼ・ヴァイス断罪劇について、調べ直す必要がありそうだ。あの狡猾な女があんな醜態を晒すとは思えない。きっと何か裏がある。

──それに、あの胸元の傷跡……。

 あれを見て、ローゼのことを知らなければならないと強く思ったのだ。


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