「とんだ悪女だ」・3
「──カメーリエ様、私の味方をしたのは貴女だけでした」
ローゼの横にいた令嬢に皆の視線が集まる。
「……え?」
カメーリエは思わず失笑した。
「私はローゼ様のために、勇気を振り絞ってイーリス様に言い返したんですよ!? それなのに悪者扱いして……ローゼ様、酷いです!」
カメーリエは手で顔を覆い、わっと泣き出した。
「出会って間もない私をかばうなんて、余程、イーリス様に不満があったとお見受けします」
ローゼはそう言って微笑んだ。
カメーリエはひくり、と口端を引き攣らせた。
「キーファ様、お願いした件、調べて頂けましたか?」
ローゼはキーファに目線を向けた。
「……はい。言われた通り、カメーリエ嬢について調べました。怪しい取引の形跡が見つかったため、先程家宅捜索を行った結果、カメーリエ嬢の私室から〝禁薬〟が見つかりました」
「は……!?」
「最近確認された禁薬【ガビー】。精神に強く作用するもので、その効果は飲んだ人間は他人の言うことを全て鵜呑みにしてしまうのです」
「そんな恐ろしい薬があるなんて」と周囲がざわついた。
「マイス・クラールハイト殿下はその存在にいち早く気づき、我々に【ガビー】の調査を依頼していました。まさか、令嬢の部屋でそれが見つかるとは……」
キーファはカメーリエにちらりと見た。
カメーリエは顔を真っ青にしながら、冷や汗をだらだらと流していた。
「カメーリエ嬢は姉さんの縁談相手やその家族に接触し、それを飲ませ、姉さんの悪評を吹き込んでいたようです」
イーリスはあのミイラ公爵と不適切な関係にある──そう吹き込んだ。【ガビー】の効果でそれを信じ込み、彼らは縁談を断った。
「──こうして、カメーリエ嬢は姉さんの縁談をことごとく潰して行っていたようです」
「ああ、やはり」とローゼは納得したようだった。ローゼはどこまで想定していたのだろうか。
「嘘です! いくら姉弟だからってそんな嘘をつくなんて……!」
「騎士団の諜報部隊が調べたことだ。何か文句でも?」
キーファがカメーリエを睨みつけた。カメーリエは少し怯んだが、直ぐに言い返した。
「た、ただの令嬢に国の諜報部隊を動かしたの!?」
「我が王宮騎士団の誇る英雄の名誉が傷ついたんだ。皆、率先して調査してくれましたよ」
キーファは胸を張って言った。
英雄だなんて大袈裟な、と俺は呆れた。
「その過程で【ガビー】の捜査が進んだのは僥倖でした。カメーリエ嬢、これをいつ何処で手に入れたのか、詳しく話を聞かせて頂けますね?」
「ああ、もう! なんで!」
カメーリエは地団駄を踏んだ。
「カメーリエ様……どうしてこんなことを……」
イーリスが震える声で尋ねた。
「……『どうして?』。本当に何もわかってないんですね。私、貴女のことがずっとうざくて仕方なかった! お父様が仲良くしろって言ったから仕方なく一緒にいたけど、本当は貴女を破滅させたくてしょうがなかったのよ! 気づかなかった!?」
カメーリエは計画の筋書きを話し出した。
元婚約者を忘れられず、縁談を断ってきたイーリス。再会した幼馴染みで元婚約者の公爵はいつの間にか結婚していた……それも相手は悪名高い【腹黒悪女】だ。
イーリスはそれが気に食わず、公爵が自分と不倫していると噂を流した。公爵とよりを戻すためと悪女への当てつけのためだった。
だが、それだけでは飽き足らず、【腹黒悪女】の頬を叩いた!
「こんな話が公爵様の耳に入ったら、お節介女は破滅する! 完璧な筋書きだったのに!」
カメーリエは歯を食い縛り、だん、だんと足を踏み鳴らした。
「可哀想な方……」
皆がカメーリエに怯える中、ローゼはため息混じりにそう言った。
カメーリエはぴたりと動きを止め、ゆるゆるとローゼに目を向ける。
ローゼは彼女に憐憫の目を向けていた。
「完璧な筋書きなんて、所詮は妄想。現実になる訳がないのに。カメーリエ様、本当に上手くいくと思っていたのですか?」
カメーリエは言われたことを理解すると、みるみるうちに顔が赤くなった。
「あたしをそんな目で見るなあっ!」
カメーリエはワインクーラーに刺さっていたワインボトルを掴み、ローゼに向かって大きく振り被った。
「ローゼ様っ!」
イーリスは立ち上がると同時に、ローゼに飛びつき、かばうように覆い被さった。カローゼを抱き締めて、ぎゅ、と目を瞑り、痛みに備えた。
俺は素早くカメーリエの腕を掴み、背中を押して、床に縫い付けた。ワインボトルを掴んでいた手を乱暴に後ろ手に捻り上げる。肩が外れる感覚がした。
「ぎゃ、あ、あぁ……!」
カメーリエは汚い悲鳴を上げた。ワインボトルが手から滑り落ち、ごとりと音を立てた。
「俺の妻に手をあげようとは愚かなものだ」
自分でも驚くほど、低い声が出ていた。俺はかなり頭にきているようだ。
俺はカメーリエの細い首に手をかけた。
「次は首を捩じ切ってやろう。二度とこんな真似が出来ないようにな」
「ひっ……ひいっ……。ごめんなさ……ゆるしてくださ……」
カメーリエはがたがたと体を震わせ、顔を涙と鼻水塗れにしながら命乞いを始めた。
ローゼには逆上して、俺には謝るのか。頭がスーッと冷え切っていく。本当に首を捻じ切るのも良いかもしれない。そう思い、手に力を入れようとした時だった。
「アプフェルさん、そこまでして下さい」
キーファが止めた。
カメーリエを殺してしまえば、過剰防衛で俺が罪に問われる。俺は冷静になろうと深呼吸をした。
「あとのことは僕に任せて下さい。アプフェルさんは夫人の元へ」
丁度、警備隊が到着した。
俺はカメーリエのことをキーファと警備隊に任せ、ローゼとイーリスの元に駆け寄った。
「二人とも、怪我はないか」
「はい。旦那様とイーリス様のおかげで……」
ローゼは何ともないように笑った。
「もう大丈夫ですよ」とイーリスを引き離そうとするが、イーリスは離れようとしなかった。
「……イーリス様?」
「おばか! なんで煽るようなこと言ったの! 死んじゃったらどうするのよ! アプフェルもそう! 勝手に死にかけて……! 私、私……うわああああん!」
イーリスはローゼを抱き締め、わんわんと子供のように泣いた。




