「とんだ悪女だ」・終
カメーリエは警備隊によって拘束された。
聴取にて、彼女は直ぐに禁薬【ガビー】の出所を吐いた。彼女の証言を元に、闇市場や製造元は一斉摘発にされた。
禁薬【ガビー】が本格的に出回る前に潰せたのは幸運だった。人の言葉を鵜呑みにしてしまう精神感応薬……使う場面が違っていたら、取り返しのつかないことになるところだ。
俺とローゼの元に、カメーリエの両親が謝罪に訪れた。
「もう一度、俺の視界にあの女を入れてみろ。次は腕を折るだけでは済まないぞ」
俺は彼らにそう言い放った。
暴虐的と噂のミイラ公爵に目をつけられた。次は殺されるかもしれない。そう思ったカメーリエの父母は、カメーリエを俺の目の届かない僻地の修道院に送った。
貴族として生きてきたカメーリエには酷だろうが、しっかりと己の罪と向き合えるだろう。
噂は歪みに歪み、いつの間にか、ローゼの頬を叩いたのはカメーリエということになっていた。カメーリエはローゼを憎み、自分とミイラ公爵の不倫の噂を流した。それがバレてビンタをした、挙句、ワインボトルでローゼの頭を殴ろうとして──ミイラ公爵に止められた。
ミイラ公爵の怒りを買ったカメーリエは、見るも無惨な姿になっていたという……。何故そうなった。
イーリスの名前は完全に消えていた。それも、ローゼの思惑通りなのだろうか。
「どこまで読んでいたんだ?」
俺は屋敷の薔薇園で紅茶を啜りながらローゼに尋ねた。
「カメーリエ様のイーリス様を見る目に強い悪意が見えまして。イーリス様に危害が加えられる前に何とかして貰おうと、弟のキーファ様に相談をしたのです」
ローゼは頬に手を当てた。
「まさか、カメーリエ様が禁薬に手を出していたとは……」
キーファはローゼの観察力を目の当たりにしている。カメーリエには必ず何かあると、諜報部隊を使い、本格的に調べ始めたのだろう。結果、禁薬を取り締まることが出来た。
キーファはマイス殿下直々に労われた。俺はとても誇らしかった。
「イーリス様が私を平手で打ったことは、瞬く間に広がるでしょう。ですから、もっと大きな噂でかき消さねばなりません」
「例えば、ワインボトルで殴られる、とかか?」
「ふふ。旦那様にはお見通しですね」
「はあ……。それで神経を逆撫でするようなことを言ったんだな。本当にワインボトルで殴られていたらどうするつもりだったんだ」
「きっと旦那様が助けて下さると信じていましたわ」
……まさかこいつ、俺に助けられたいがためにカメーリエを挑発したのか? ローゼならやりかねない。
「二度とあんな真似をするな」
「こんなこととは?」
「自分の身を危険に晒すようなことだ」
「自分が出来事の中心にいた方が状況を操りやすいのですが」
「それでも駄目だ」
俺は強く言った。
□
「本当に申し訳ありませんでした」
イーリスから平身低頭謝罪された。頬を叩いたことと、自分の浅はかさが原因で命の危険に晒してしまったこと。そして、ローゼがどう思うかを考えず、俺の昔の話ばかりしてしまったことを。
「頭を上げて下さい、イーリス様。謝るのは私の方です。わざと怒らせて、貴女に手を出させてしまったのですから」
「何を言ってるの! 私は助かったのよ! あのまま、カメーリエ様の不満に気づかなかったら、取り返しのつかないことになってたと思う!」
イーリスは一息つき興奮を覚ましてから、再び口を開いた。
「人に誤解されて、追い詰められて、カッとなって手を上げて、言われのない悪評をされる……。あのときのアプフェルもきっとこんな気持ちだったのね。ごめんなさい、アプフェル」
俺は「もう気にしていない」と返した。事実、イーリスの本音を聞いてから心が軽くなっていた。
俺の火傷跡を見て顔をこわばらせるのは、醜いだけではなく、痛々しいからもあるのだと知れた。
「本当にごめんなさい。私はもうあなた達には関わらないようにするわ」
「え!?」
ローゼが驚いた声を上げた。
「どうしてですか……?」
「迷惑をかけたし……。私、貴女に嫌な思いをさせたでしょう?」
「私が言った言葉を気にしてるんですか? あれは嘘です! 私、イーリス様に『本当の姉だと思ってね』と言われて、嬉しかったんです。私に姉はいませんでしたから」
ローゼは体を揺らし、照れくさそうに笑った。
「ローゼ様……」
「……イーリス様、またお茶会に呼んで頂けませんか? もっとお話がしたいです」
「……ええ、ええ! 勿論よ!」
イーリスはローゼに抱きついた。ローゼは戸惑いながらもイーリスの背中に手を回したのだった。
ちなみに、マグノーリエ嬢からも謝罪を受けた。初めてのお茶会で嫌味を言っていたらしい。
どうやらマグノーリエ嬢はイーリスが俺のことを好きだと勘違いしていたようで、想い人を奪ったローゼを好ましく思っていなかったらしい。イーリスは政略結婚だと何度も言っていたようだが、照れ隠しだと思っていたとか。
ローゼは謝罪を受け入れ、お詫びに次のお茶会でおすすめの紅茶を持ってきて欲しいと頼んだ。それでこの話は終わりにしようと。
ローゼが詫びの品を求めるなんて珍しい。何故かと問うと、「マグノーリエ様のような人は謝罪を形にしたいでしょうから」と答えた。お人好しめ。
□
そして、現在、薔薇園のお茶会をするに至る。
「これで、諦めがつきまして?」
ローゼはティーカップをソーサーの上に置いた。
「何の話だ」
「イーリス様のことです」
「ちゃんと説明しろ」
「イーリス様は縁談がまとまるでしょう。結婚なさいますから、旦那様と浮気は出来ませんわ」
「待て? 俺が浮気だと?」
「言ってたではないですか、『浮気を考えている』と」
「は……? そんなこと言ってないが」
「私、確かに聞きました。豊穣祭のときのパーティーで」
俺は何と言ったか、頭を捻って思い出した。
──「……旦那様、まさかとは思いますが、浮気を考えておいでで?」
──「それは考えてしまうだろう」
……まさか、あの言葉か?
「いやいや、浮気するのは俺じゃなくてお前だろう!?」
「は? 私が浮気? 誰から聞いた噂ですか?」
「噂ではなくて……。あああ……! お前はとんでもない勘違いをしている!」
俺はあの言葉の意図を正しく説明した。
自分が浮気することを考えていたのではなく、ローゼが浮気しないかと考えていたのだと。
「……も、申し訳ありません。私ったらとんだ勘違いを……」
ローゼは顔を真っ赤にさせて頭を下げた。
俺はローゼの目移りを考えていたが、ローゼは俺の目移りを考えていたらしい。……いや、この顔でどうやって浮気するというのだ。
「旦那様はご自身の魅力について全く鈍感ですのね。……はあ、やれやれ、ふう」
ローゼは心底呆れています、とアピールした。
「……ふ」
「ちょっと、何を笑っているんです?」
「いや、お前の嫉妬は可愛らしいなと」
「……旦那様、右の頬を差し出して下さい。平手をお見舞いしてやります」
「やれるものならやってみろ」
ローゼは手を振り下ろしたが、俺に楽々と避けられ、悔しそうに唇を噛んでいた。
「旦那様、大人気ないですよ。甘んじて叩かれて下さい」
唇を尖らせるローゼは可愛らしく、俺は笑みが溢れてしまった。
「此度の件、殿下は大変お喜びだ。お前に何か褒美をやらねばと思っていた。俺の頬で良ければいくらでもやろう」
「では、旦那様、歯を食いしばって下さい」
冗談のつもりだったんだが。まあ、良い。その細腕でのビンタなど高が知れている。
俺は頬を差し出し、目を瞑った。
ふに、と柔らかいものが頬に触れた。それが唇だと気づいた俺はパッと目を開けた。
「へ、へへ……してやったり……です」
ローゼは頬を赤らめながら、強がるようににへらと笑った。
俺はローゼの後頭部を掴み、顔を引き寄せ、唇を重ねてやった。
ローゼの呆けた顔を見て、俺はしたり顔で言ってやる。
「してやったり……だな」
勢いでキスしてしまったが、嫌だったりしてないだろうか。俺は急に不安になって、ローゼの反応を伺う。
ローゼの顔は耳まで真っ赤だった。
「旦那様はずるいです。私がどれだけ策を巡らそうと、貴方の一手には敵わない。次こそは、旦那様を誘惑してみせますわ。覚悟の程、よろしくお願いします」
誘惑せずとも、俺はとっくにお前しか見えていないのだがな……。
俺は深いため息をついた。
「全く、とんだ悪女だ……」




