幼馴染みの姉弟
「──アプフェル?」
聞き覚えのある声に、俺は思わず体を硬直させた。振り返ると、見覚えのある金髪の男女がいた。
「アプフェルじゃないの! 久しぶりね! 元気にしてた?」
「イーリス……それに、キーファ」
金髪の女性はイーリス、隣の男は彼女の弟のキーファだ。キーファは不機嫌そうな顔でぺこりと頭を下げた。
イーリスは明るく面倒見の良い性格だ。彼女の熱い励ましに何度背中を押されたことか。そのせいもあって、大人になった今でも弟のような扱いされるのは正直鬱陶しいが……。
キーファは俺と同じ、王宮騎士団に所属している。剣術に秀でており、成長意欲のある、将来有望な若者だ。
「イーリス、口の利き方に気をつけろ。今の俺は公爵で、お前は侯爵令嬢だ」
「私には泣き虫坊やにしか見えないけどねえ」
「いつの話をしてるんだ……」
余計なことを言うな、と俺は目でイーリスに訴えるが、イーリスはケロリとしていた。
『泣き虫坊や』なんてローゼに聞かれたら、昔のことを根掘り葉掘り聞かれてしまう。
俺はローゼの様子を伺うため、目を向けた。それに釣られるように、イーリスもローゼを見た。
「あら? そちらは……もしかして!」
「お初にお目にかかります、ローゼ・ツィノーバーロートと申します」
ローゼはにっこりと微笑んだ。
「ああ、やっぱり! アプフェルのお嫁さんだったのね! 初めまして、ローゼ様──あ、ローゼ様とお呼びするわね? 私はゴルデン侯爵の娘、イーリスです! こちらは弟のキーファ! キーファ、ほら、挨拶して!」
イーリスはキーファの背中を軽く叩いた。
「……初めまして、ツィノーローバート公爵夫人」
キーファはイーリスに紹介され、軽く頭を下げた。
「アプフェルが結婚したって本当だったんだ! こんな可愛い人を妻にするなんて、なかなかやるじゃない、アプフェルぅ!」
イーリスは肘で俺をつついた。俺は相変わらずの騒々しさに呆れて、ため息をついた。
ローゼは困ったように俺を見上げる。
「……あ! ごめんなさい! 馴れ馴れしくして! 弟のキーファとアプフェルは子供の頃、王宮騎士になるため一緒に訓練を受けていたんです。弟の訓練を見学した時、アプフェルと知り合ってそのまま仲良くなって……。まあ、幼馴染みって奴ですね! そのときの癖がなかなか抜けなくって!」
イーリスはからっと笑った。
「昔からの仲なんですね」
「ただの腐れ縁だけどね! でも、アプフェル、最近パーティーにも顔を出さないから、すっかり疎遠になっちゃってて……。私もキーファも心配してたのよ?」
イーリスは俺の方を見た。俺はふい、と顔を背けた。
「お前には関係ないだろう」
「もう! またそんなこと言って──」
イーリスは頬を膨らませた。
その後ろで、キーファはじろりと俺とローゼを睨んでいた。
「……姉さん、少し夜風に当たってくるよ」
「あらそう? 気をつけてね」
キーファは俺とローゼに一礼すると会場を出た。俺達は黙ってキーファの背中を見送った。
「私、よく思われていないようですね」
ローゼが肩を落とした。
「まさか! ちょっと人見知りしちゃったんですよ! ほら、ローゼ様はお綺麗だから!」
「そんなこと初めて言われました」
ローゼが悲しげに目を伏せると、イーリスは逡巡したのち、話し出した。
「キーファはその……今日の訓練でアプフェルに怒られて、拗ねてるみたいなんです。あはは、子供みたいでしょう?」
「怒ったんですか? 旦那様」
ローゼが俺に確認した。俺は「まあ」とだけ言った。
「アプフェルもアプフェルよ。『やる気がないなら帰れ』って言ったんでしょう? キーファが家を継ぐために頑張ってるところ、近くで見ていた癖に」
「フン。やる気のない騎士は足手まといになるだけだ」
「全く、怒りっぽいんだから! 昔はあんなに小さかったのに、いつからこんなに可愛げがなくなっちゃったのかしら」
「だから、昔の話はするなと……」
俺はちらりとローゼの反応を見た。ローゼはキーファの立ち去った方をじっと見ていた。
「アプフェル様、イーリス様、私も少し席を外しますね」
ローゼがそう言った。
「ローゼ様も行っちゃうの? 具合が悪くなっちゃったかしら? 付き添いましょうか?」
「心配には及びません。直ぐに戻りますので」
ローゼは俺達に一礼すると、早足で会場を出て行った。
「……ねえ、アプフェル。彼女、大丈夫なのかしら?」
イーリスが声を潜めてそう言った。
「何の話だ」
「男遊びが激しいって噂よ! アプフェル、知らないで結婚したの?」
勿論知っている。その噂はローゼ自身が流すように誘導したことも。
俺が既に暴いたのだが、イーリスは知らないようだ。
「キーファのこともじーっと見てたし、もしかして狙ってるのかも……。ね、ちょっと様子を見に行きましょうよ!」
俺はイーリスに手をぐいぐいと引かれ、ローゼを追いかけた。
俺達は直ぐにローゼ達に追いついた。
丁度、バルコニーで夜風に当たっているキーファにローゼが声をかけているところだった。
二人は会話を交わしたあと、ぴっとりと寄り添いながら歩き、別室へと入っていった。
「ああ、嘘! やっぱり、あの噂は本当だったんだ──!」
イーリスは興奮したように言った。
──そんな。ローゼに限って、俺を裏切るなんてある訳がない。
ローゼは俺と結婚するためにその身を投げ打ったのだ。簡単に心変わりするはずが──否。そもそも、ローゼが俺を好きになったのも一目惚れのようなものだった……。
ローゼを疑う自分が嫌になった。俺はまだローゼに愛される自信がないのだ。
何を悩む必要がある。この扉を開けばわかることだ。
俺はわざと足音を立てて部屋に近づいた。
「ちょっと、アプフェル?」
イーリスの制止を無視して、俺は思いきり扉を開いた。




