懺悔
扉を開けると、ローゼとキーファがいた。
「あら、旦那様。騒がしいことで」
ローゼが平然とした顔でそう言った。
俺は二人の体制を見て、眉を顰めた。
「……お前達、何をしている?」
キーファは椅子に座り、ローゼはキーファに跪いてた。よくよく見たら、キーファは片足だけ靴と靴下を脱ぎ、素足をローゼに見せていた。
「足を怪我されているようでしたから、座って休まれてはどうかと提案したんです」
ローゼは手でキーファの右足を指し示した。くるぶし辺りが赤く腫れ上がっていた。
イーリスはそれを見て、顔を青くさせた。
「……酷い腫れです。お屋敷に戻ったら、お抱えのお医者様に診て貰って下さい。今はとりあえず、早く冷やした方が良いでしょう」
「わ、私、氷を貰ってくるわ!」
イーリスは慌てて部屋を飛び出していった。
「……ローゼ、キーファが足を怪我していると、どうしてわかった?」
俺はローゼに尋ねた。
「足音です。旦那様は無意識に足音を消して歩くでしょう? 他の王宮騎士団の方々も同じです。存在感を示すときにはわざと足音を立てていますね」
確かに、王宮騎士団の騎士見習いは幼い頃から足音を消して歩くよう訓練をする。まさか、一般人に気づかれるとは思わなかった。やはり、ローゼの観察力は侮れない。
「キーファ様は足音を消しきれていませんでした。重心が僅かに左に寄っていたので、右足が痛むのではないかと」
「……夫人に言い当てられて驚きました。誰にも言ってないのに、と」
キーファが気まずそうに言った。
「怪我をしたのは今日の訓練でしょうか?」
「見ていたんですか……!?」
「いえ、私の想像です。アプフェル様もキーファ様の怪我に気づいておられたんでしょう? だから、帰るように促した……違いますか?」
俺は黙るしかなかった。
「それはあり得ありません」
キーファはきっぱりと否定した。
「どうしてそう思うのです?」
「アプフェルさんは僕のことなんて眼中にありませんから」
「そうなんですか? お二方は幼馴染みだと言っていましたが」
「……昔の話です。今は違う」
キーファは口を噤んだ。
「キーファ様がアプフェル様を見るときの感情は……警戒、焦燥、嫉妬。関係が変わったのはそれらが原因でしょうか」
ローゼの言葉に、キーファは目を丸くした。
「貴女は……なんでもお見通しなんですね」
「私は何もわかりません。ですから、貴方の口から話して頂けますか?」
「僕は……アプフェルさんに酷いことを言ったんです。若くして公爵位を継ぎ、邪竜を討ち倒して英雄となった彼に嫉妬して」
『こんな酷い火傷、国民には見せられない。同じ王宮騎士団として恥ずかしいです』
俺が火傷を負った直後、キーファはそう言い放った。俺は怒りで我を忘れて、初めてキーファに手を上げた。
「アプフェルさんが激怒するのも当然でした。殴られるのも仕方ない……」
キーファは肩を落とし、うなだれた。
「その日から、周りはアプフェルさんを異常者だと言うようになりました。『彼は気が触れた』とか、『機嫌を損ねたら半殺しにされる』とか、好き勝手言いました。僕が悪いんだと言っても、誰も信じてくれなかった……。アプフェルさんも僕が暴言を吐いたことを言わなかった。僕が謝ろうとしても、突っぱねるだけ」
キーファは顔を上げ、俺の顔を見た。彼は泣きそうな顔をしていた。
「なんで、アプフェルさんは何も言わないんですか。どうして、謝らせてくれないんですか」
俺はその質問に答えなかった。代わりに、ローゼが口を開く。
「……何故、アプフェル様が沈黙したのか……少しわかる気がします」
「部外者に何がわかると言うんです!?」
キーファは激昂した。ローゼはじっとキーファを見つめた。
「これは私の想像ですが、アプフェル様が沈黙したのは、貴方の居場所をなくしたくないからではないでしょうか」
「は……?」
「身を挺して邪竜を討った騎士に、貴方は暴言を吐いてしまった。それが知られたら、騎士団での貴方の居場所がなくなってしまうかもしれません。アプフェル様はその事態を避けるため、異常者と呼ばれることを受け入れた」
ローゼはちらりと俺を見た。
「いかがですか? 旦那様。私の〝妄想話〟はお楽しみ頂けましたか?」
「ローゼ、お前は……」
──見え過ぎだ。
「どうして……暴言を吐いた僕にそこまで……!」
キーファは悔しそうに拳を握った。
「キーファ、お前は若い」
俺は諦めて口を開いた。
「お前はいずれゴルデン侯爵位を継ぐだろう。俺よりももっと、大きいことを成し遂げる──未来がある。俺に潰されて良いものではない」
「貴方の名誉を汚してまで得たい未来などありません……!」
「俺が爵位を継いだことで、お前が焦っているのは知っていた。俺が手を上げなければ済んだ話だ。だが、あのときの俺は暴言を聞き流すことがどうしても出来なかった……」
あの頃は火傷の痛みで眠れない日々が続いていおり、俺を見る周りの目が変わったことでかなり疲弊していた。
幼い頃からの仲だったキーファにまで心無い言葉を投げかけられ、俺は我慢の限界に達し、キーファに暴力を振るった。言い訳するつもりはない。俺が未熟だったせいだ。
「お前は悪くない」
「違います。全部、僕のせいです! アプフェルさんが【ミイラ公爵】なんて呼ばれるようになったのも、婚約破棄したのも、全部……僕が発端だった……」
キーファは感極まって泣き出した。俺もつられて泣きそうになるのをグッと堪えた。
「お二方、もう十分悩んだでしょう。そろそろ仲直りしても良いのでは?」
ローゼが改めて言った。
キーファは深く頭を下げた。
「数々の暴言、すみませんでした、アプフェルさん……」
「俺も、殴って悪かった」
俺も頭を下げた。
「──氷! 持ってきたわよ!」
イーリスが氷の入った袋を手に戻ってきた。イーリスはキーファに駆け寄り、腫れている部分に氷を当てた。
「キーファ、暫く訓練は禁止だ。騎士団長にも怪我のことは報告しておく」
「……はい」
キーファは聞き分けよく頷いた。
「アプフェルったら、またキーファに意地悪を言ってるの?」
イーリスが呆れ顔で俺を見た。
俺はキーファに背を向けた。
「きちんと治せ。……王宮騎士団の訓練場で待っている」
「アプフェルさん……! はい!」
キーファはパッと顔を明るくさせ、大きく頷いた。
イーリスは俺とキーファの顔を交互に見て、不思議そうな顔をしていた。




