大の噂好き
毎年、緑が芽吹く季節になると、豊穣を祈る祭が開かれる。
市井では屋台が立ち並び、貴族達は大々的なパーティーを開く。
俺はローゼと共に王宮のパーティーに参加した。
会場で知り合いを見かけた。しかしその人は、俺の顔を見てぎょっとし、そそくさと離れていった。やはり、俺のこの顔は恐ろしいものに映るらしい。
──わかっていたことだ。今更何に傷つくと言うのだ。
以前の俺なら、こんなパーティーになど絶対に参加しなかっただろう。だが、今は隣にローゼがいる。俺を火傷ごと愛してくれた彼女がいるからこそ、自信を持って立っていられる。
「おや、そこにいるのは【ミイラ公爵】と【腹黒悪女】ではないか」
声をかけてきたのは、この国の第三王子──マイス・クラールハイト殿下だった。
マイス殿下には何度か護衛についたことがある。噂好きでミーハーであるが故、軟派な人だと誤解されているが、国民を愛する立派な方だ。
俺が邪竜を討った後、御礼を頂いた。こんな風に積極的に声をかけてくれて嬉しい限りだ。声の掛け方が独特だが……。
「ご機嫌よう、マイス・クラールハイト殿下」
俺は胸に手を当て、頭を下げた。俺と合わせてローゼも礼をしている。
「久しぶりだな、アプフェル・ツィノーバーロート。──そして、ローゼ・ヴァイス」
ローゼは首を横に振った。
「殿下、私はもうツィノーバーロートの人間ですわ」
「ああ、そうだったな。学生時代の癖でそう呼んでしまった」
マイス殿下は満足そうに笑った。
学生時代の癖、と聞いて俺はふと思ったことを口にした。
「殿下は確か……妻と同級生でしたか」
マイス殿下は頷いた。
「彼女にはまんまと騙されたさ。まさか、【腹黒悪女】が真の悪女ではなかったとは!」
「お気を悪くさせてしまったなら申し訳ありません」
ローゼは軽く頭を下げた。
「貴女が謝る必要はない。噂とは信用ならないものだという教訓になった。貴女には策謀の才能があるようだ。どうだ? 我が妻となって、私を支えてくれないか?」
「──殿下、お戯れが過ぎます」
俺は二人の間に割って入った。本気ではないとわかってはいても、ローゼを目の前で口説かれるのは許せない。
マイス殿下は俺の顔を見て目を丸くした。そして直ぐにニンマリと笑った。
「どうやら、ミイラ公爵が妻にお熱という噂は事実だったようだな」
「それ、誰から聞いたんですか!?」
「みんな噂してるぞ? 何やら、公衆の面前で愛の告白をしたとか……」
「そんなことしていませ──」
俺はハッと思い出した。俺が過去になんと言ったか。
ローゼは「こんな悪女はお嫌いですか?」と尋ね、俺は即座に「嫌いではないか」と断った。
それがどこかで捻じ曲がり、「公衆の面前で愛の告白をした」と言われるようになったのか?
俺はあまりの恥ずかしさに頭を抱えた。
「噂とはやはり面白い」
マイス殿下は困り果てた俺を見て、心底楽しそうに笑っていた。
「勿論、さっきの誘いは冗談だ──が、ツィノーバーロート家を追い出されたら、いつでも私のところに来ると良い。友人の席はいつでも空いているからな、ローゼ・ツィノーバーロート」
マイス殿下はそう言い残し、立ち去った。
俺がローゼを追い出すなんて、絶対にない。ローゼが家を出ることはあるだろうが。
「殿下と仲が良かったのか」
俺はローゼに尋ねた。
「いいえ、全く。公の場で挨拶を交わす程度の関係でした」
「だが……」
──あんなに言い寄られて、親しくなかった訳がないだろう。
俺はローゼの顔をじっと見つめた。ローゼはくすりと笑って言った。
「殿下も噂好きですからね。噂の悪女と一度話してみたかったのでしょう」
「お前は噂を作るため数々の男に近づいたのだろう。殿下はその対象ではなかったのか?」
「殿下は私なんぞに興味などありませんよ。それに、王族を計画に巻き込むのには大きなリスクが伴います」
もし王家の不興を買ったら、ローゼも彼女の実家もただでは済まない。
「ヴァイス家に迷惑をかける訳にはいきませんもの。第一、王家に旦那様との婚姻を認めて貰えなかったら困りますから」
「……そうか」
俺は何だか照れ臭かった。
マイス殿下と挨拶をしたのをのを皮切りに、他の貴族も次々と俺に声をかけてきた。怯えながらも笑顔を貼り付ける者や好奇心で近寄ってくる者などだ。
彼らは当たり障りない挨拶を交わすと、そそくさと立ち去っていく。その方が俺もありがたい。
「ツィノバーロート公爵、お久しぶりです」
妻を連れた爽やかな紳士が声をかけてきた。見覚えはあるが、名前が思い出せない。
「アプフェル様、ベージュ侯爵とそのご夫人です」困っていると、ローゼがそう耳打ちしてきた。
「お久しぶりです、ベージュ侯爵」
俺はベージュ侯爵にそう挨拶した。紳士は「覚えていて下さったんですね!」と嬉しそうにしていた。
ローゼは皆の顔と名前を覚えているのか? 俺はローゼの方をちらりと見た。ローゼはじっと夫人の方を見ていた。
俺とベージュ侯爵が世間話をしていると、ローゼはベージュ侯爵夫人に歩み寄った。
「ベージュ侯爵夫人、もしかして──」
ローゼはベージュ侯爵夫人にこそこそと何かを耳打ちをした。
「……ええ、そうなんです! よくわかりましたね」
「なんとなく、そうではないかと……。おめでとうございます」
「ふふ。ありがとうございます」
ローゼとベージュ侯爵夫人は笑い合っていた。
ベージュ侯爵夫妻と別れると、俺はローゼに尋ねた。
「夫人と何の話をしていた?」
「ここだけの話にしておいて下さいね。どうやら〝おめでた〟のようで」
「な……! そうだったのか。知らなかった」
「まだ安定期に入っていないので、公表を控えているそうなんです」
「……それなのによくわかったな」
「ベージュ侯爵夫人は海鮮好きで有名です。しかし、今日は夫人のお皿に海鮮類が全く乗っていませんでした。飲み物もノンアルコールでしたから、もしかして、と思いまして」
「よく見ているな」
「人間観察が趣味なもので。学園でも道ゆく人を観察し、その人の生を妄想して楽しんでいました。陰鬱な趣味でしょう?」
ローゼは自虐的に笑った。
「いいや、楽しそうだ。お前の妄想話をもっと聞かせてくれないか」
「では、お言葉に甘えて……」
ローゼはこほん、と咳払いした。
「あちらの恰幅の良い方はカーキ伯爵様。給仕の女性に鼻の下を伸ばして声をかけておりますね。彼は家に帰ったら、奥様に平手を食らうことでしょう」
「確かに、あの顔を奥方が見れば怒るだろうな」
「奥様は不在のようです。ですが、あちらのカーキ伯爵を睨んでいるご淑女がいますでしょう? 彼女は奥様のご友人でして、告げ口することが予想されます。カーキ伯爵は奥様の御機嫌取りのため、宝石類を貢ぐことになるでしょう」
「お前の観察力、情報収集力、推理力には毎度目を見張る」
「恐縮です」
俺は壁際に立ち、少し息を吐く。いろんな人と話して疲れてしまった。
「旦那様、大丈夫ですか?」
「問題ない」
「そのような顔色はしていませんが……。社交なら私が致しますから。無理にパーティーに出席しなくても良いのですよ」
ローゼは心配そうに俺を見た。
「俺が出ると決めたんだ」
ローゼは気品に溢れ、社交の才もある。一人でパーティーに出席なんかしたら、男共に言い寄られてしまうだろう。マイス殿下がそうだったように。
俺も共に出席して、周りに牽制しておかねばならない。俺の妻に手を出すな──と。
「……旦那様、まさかとは思いますが、浮気を考えておいでで?」
「それは考えてしまうだろう」
俺の顔は醜い傷がある。俺よりも魅力的な男性は多い。いつローゼが心移りしたっておかしくない。
「そうですか、そうですか。旦那様にもそういうお気持ちがあるのですね。では、しっかりと、わからせてやらねばなりませんねえ」
「……ん? 待て。何の話だ」
「ふふ。こちらのお話です」
ローゼは悪い顔で笑った。また何かを企みそうだ。こうなった彼女に目を光らせておかねばならない。




