仮面舞踏会
「仮面舞踏会だと?」
俺は耳を疑った。
「ええ。夫婦で参加するとお返事しておきました」
ローゼはあっけらかんと答えた。
静かなディナータイム。ローゼに一週間後の夜の予定を空けておくように言われ、何故かと聞いたら、仮面舞踏会があるからだと答えたのだ。俺は参加するつもりなどなかったのだが……。
「勝手なことを……。今度は何を企んでいる?」
「企んでいるだなんてそんな。私の浅知恵など、旦那様に直ぐに暴かれてしまいますもの」
ローゼはくすくすと笑った。
仮面舞踏会──顔と身分を隠し、貴族達が羽を伸ばす、定期的に開催されるパーティーだ。参加者は他の参加者の正体を決して探らない──それが仮面舞踏会のルールだ。
「仮面では俺の火傷跡は隠せないぞ」
俺の火傷跡は顔だけでなく首や手にもある。直ぐに俺が【ミイラ公爵】であるとバレてしまうだろう。それでは仮面舞踏会の意味がない、
「〝仮面〟舞踏会ではありますが、旦那様は包帯を外して、──ミイラ公爵の仮面を剥がして参加して頂きます」
「どういうことだ?」
「旦那様の顔をすっぽりと覆い隠す被り物をご用意してあります」
ローゼは使用人に何かを持ってくるよう指示を出した。
直ぐにものが運ばれてきた。魔獣の頭──を模した被り物のようだ。魔クマに魔オオカミ、そして、魔ウサギ……。
「これを仮面舞踏会に被っていくのか?」
「私も同じものを被る予定なので、ご心配なく」
ローゼは魔ウサギの被り物を手に取った。
「旦那様お一人にはさせませんわ」
「浮くことに変わりはないが」
「旦那様はクマかオオカミ、どちらがよろしいですか?」
「しかも、俺に選ばせるのか」
「大きな体躯の魔クマ、狩りの達人の魔オオカミ……どちらも旦那様に似合いますもの。私では選べませんわ」
ローゼは困ったように息をついた。
「一度、どちらも被ってみてはいかがですか?」
俺は首を横に振り、魔クマの被り物を選んだ。
□
仮面舞踏会当日。
俺は魔クマの被り物を被った。首には襞襟をつけ、手には白い手袋をはめて、火傷跡を徹底的に隠した。これで、俺がミイラ公爵であることは誰にも気づかれないだろう。
「やはり、魔クマの頭は旦那様に似合いますね」
「俺が獰猛な獣だと?」
「たくましい、という意味ですわ」
ローゼは俺の腕に絡みついた。ローゼも俺と同様に被り物をしている。顔が見えないからか、ローゼの所作の美しさが目につく。
「ウサギ夫人、私と一曲踊って頂けませんか」
赤い蝶の仮面をつけた男がローゼに声をかけてきた。
「ええ。喜んで」
ローゼはそれに応じた。俺は気分が良くなかった。
「おい、ロー──」
「旦那様」
ローゼが俺の唇に人差し指を突きつけた。
「ここで名前を呼ぶのは御法度ですわ」
俺はムッとした。ローゼにはそれが見えていないが、肌で感じ取ったのだろう。俺を宥めるように手を撫でた。
「直ぐに戻ってきます。良い子で待っていて下さいね、クマの旦那様」
俺はローゼの背中を見送った。ローゼが他の男と踊っているのを見ていると、何だか胃がむかむかとした。
「ご機嫌よう」
緑色のアイマスクをした男が話しかけてきた。
「凄い〝仮面〟ですな。魔クマの頭ですか」
「……ええ」
「奥方は魔ウサギですか。夫婦で魔獣の被り物とは仲が良いですな。いやあ、羨ましい。はっはっは。わしもね、何度も妻を誘っているんですが、断られてしまいまして。『貴方は顔よりも隠すべきところがあるでしょう』とね!」
緑色の仮面の男は露出した頭皮を撫でて大笑いした。
俺は被り物の下で苦笑いをした。
「今度はわしも被り物にしてみましょうかね。そうしたら、妻も来てくれるやもしれません」
「無理に誘わずとも良いのでは?」
「いやあね、妻は肌荒れを気にして、社交の場に出なくなりましてな。少し憂鬱になっているのですよ。仮面舞踏会なら人目を気にせず済むでしょう? ですから、まずはわしがこうやって一人で様子を見にきてるという訳ですな」
「……妻を愛しておられるのですね」
「はっはっは! いやあ、お恥ずかしい!」
「何も恥ずかしいことはないでしょう。人を愛することは」
「はは! 同じ愛妻家に言われると説得力がありますなあ」
「あ、愛妻家……?」
「おや、自覚がない? わしにも劣らない愛妻家に見えますがなあ」
緑仮面の男はまた豪快に笑った。
「緑仮面殿、また惚気話ですか?」
白いフルマスクの男が歩み寄った。
「クマ頭殿、真面目に聞いてたら、胃もたれしてしまいますよ。緑仮面殿は初めての人全員に惚気話を聞かせるんです」
「良いではないですか、白マスク殿。これがわしの仮面舞踏会の楽しみ方なんですから」
「仮面を取って堂々と話せば良いではないですか」
「顔も身分も隠しているからこそ、堂々と惚気られるんですよ。惚気たことが知られると妻に叱られてしまいますからな。まあ、照れ屋なところもまた良いのですがな……」
「ああほら、また始まった!」
緑仮面の男とフルマスクの男は笑い合った。
「そういえば、郊外で魔鳥のスタンピードが起きたそうですよ──」
フルマスクの男は世間話を始めた。
誰も俺を知らない。俺を怖がらない。普通に接してくれる。こんなに穏やかな歓談は久々だった。
「……あ、ウサギ夫人の踊り終えたようですよ。では、我々はこれにて失礼致します」
「ああ、クマ頭殿が聞き上手でつい話し込んでしまいましたな! では、またお話し出来る日を楽しみにしておりますぞ!」
緑仮面の男とフルマスクの男が別れを告げて立ち去った。
二人と入れ替わりでローゼが戻ってきた。
「いかがですか、旦那様」
「ローゼ……俺をここに連れ出して、一体何をしたかったんだ」
「知って欲しかったのです。貴方様は、本当は穏やかな人なのだと」
「皆、俺がミイラ公爵だと気づいていないだけだ」
「皆様ではありません。貴方様自身にです」
「俺自身に……?」
「貴方様は自らミイラ公爵の仮面を被っている。今日はそれを脱ぎ捨てて、本当の自分を知って頂きたかったのですよ」
ミイラ公爵の仮面……。
俺は火傷跡を隠すため、顔に包帯を巻いた。その包帯が俺にとっては〝仮面〟だった。
俺は傲慢な態度や口調を取って、皆が望むミイラ公爵を演じていた。そうすれば、心ない言葉に傷つかずに済むと。
一体いつからそう思うようになったのか……。
──アプフェル、酷いわ! どうしてこんな乱暴をしたの!? 貴方は顔だけじゃなく、心まで醜くなってしまったのね……。
〝彼女〟に言われた言葉が脳裏に蘇った。
彼女の言う通り、俺は変わってしまった。醜い化け物になった。だから、社交界から姿を消した。
「旦那様? 顔色が悪いですよ」
「顔色なんて被り物の上からではわからないだろう」
「急に黙り込んでしまいましたから……。私は余計なことをしてしまいましたか」
ローゼは落ち込んだように視線を足元に向けた。
「……いや、今日は久しぶりに楽しかった。ありがとう」
素直に感謝の言葉が出て、自分でも驚いた。顔を隠しているからだろうか。
ローゼはぱっと顔を上げ、「良かった」と弾んだ声で言った。ローゼの笑顔が見えないのが残念だった。
次は被り物をしていないときに言おう。俺は魔ウサギの頭を恨めしげに見つめながらそう思った。




