041、世知辛い世の中やで
翌朝、起床してから即、寝惚けながらも【飲食探知】の検索バーに『代乳 人からの貰い乳』と放り込む。
昨夜のユリシスは元気で、よく目覚め、よく運動し、よく飲んだ。おかげでマリアさんから頂いていたストックも失くなった。
これはもう、直ちに新しい乳を探さねばならない。欲を言えば、動物より人間のお乳が欲しい。
【悪意感知】【世界地図】と同時に連携させ、有力な候補先を探す。
部屋中に広がる360度3D地図パノラマ。絶景かな絶景かな。
全方向にカメラが付いたドローンを飛ばした時のような空も風も感じれるような映像美に、寝惚けていた頭も覚醒した。
うっほ。『精霊商店』に巻きついている木が輝いておるわい。精霊かな。精霊だな。たまに私の脳内を賑やかしてくれる精霊たちだろう。
空から空中散歩で見て、初めて知ったこと。
ケミスさん宅は、店と本宅の間に川があって、そこを渡り廊下で渡る仕様。その渡り廊下の外側、車輪のようなものが何個かある。
あれって、水車?
へえ、水車群になっていたのか。郊外の風車まで行かなくても、あそこで粉挽きできるのだね。
と、風景を楽しむ暇はない。乳探さねば。
以前はマリアさんをピンポイントで突撃した私。他にも都市中に授乳フラグは立っている。哺乳瓶のアイコン付きで。
その中から近い順に見ていくが…………。
「一番近くに居るお母さん、授乳を了承してくれる確率1%……次も1%、次は……3%……1%、5%……」
貧困街に居るお母さんたち、軒並み低い数値だ。
まあ、その日を生きるのに精一杯な貧困層の方々が、他人の赤ちゃんの面倒など看るわけもないか。
世知辛いねえ。
中産階級や王侯貴族の住む場所までチェックしたが、個人で授乳のお願いを受けてくれる人は見当たらず。
え、どゆこと? 赤ちゃん産んだ人いないの? とは思ったけれど、それ以前の問題。
私のような貧困街の見窄らしい子供に、おハイソな人たちが会うわけがないという事実に気づく。
姿見られただけで無視されるわな。酷いと罵声を浴びせられ護衛によって排除されるだろう。
世知辛い世の中やで。
こうなるとマリアさんは、かなり稀有な存在だったのだね。さす聖母。
個人がダメなら団体だ。組合──ギルドというやつ。
「商業ギルドで乳母の募集、6%……職人ギルド婦人の会、8%……尽く低いな」
満を持して、冒険者ギルドで依頼を出すのが30%だ。
いちばん高くて、これ、だと……?
この都市に住む人々の人情どうなってんだ。
世知辛いのう(三回目)
仕方ない。心苦しいけどマリアさんに今後もお願いしつつ、時々に検索して確率の高い人を見つけたら突撃する方向でいこう。
そんなことを思いつつ洗面、ユリシスにも【清拭除菌】、家の中の掃除、ユリシスのおしめ替え、朝食づくり、ユリシスにベロベロバーとやっていたら、玄関が開いた。
「はよーす! エアリー、ユリシス、元気か? 俺は心に傷を負った! もうダメだ!」
兄ヘクトルが、元気に「もうダメだ」と朝の挨拶をかましてきた。
そんな元気に嘆くやつは心に傷など負ってないから大丈夫。
「エアリーちゃん、ユリシスくん、おはよ。あ、ご飯、手伝うよ」
良い子な姉ユリアは、ユリシスの小さな手に指をくっつけ、それをユリシスが反射的にキュッと握ったら満足笑顔で、朝食づくりの手伝いをしてくれた。
殆ど作り終わっていたから、盛り付けと、年季が入ってギシギシ軋む食卓机の台拭きと、カトラリーを並べるのをやってくれた。
本当に良い子ですね、うちの姉は。
昨夜は兄姉、実家には泊まらず二人して帰った。夜も遅い時間だったから泊まっていけばいいのに、律儀に帰ることを選んだ二人。
なんでも、冒険者ギルド職員寮に住んでいるらしく、「門限ギリギリだー」と急いでまで帰った。
この家にいても、親父と顔合わせないといけないから居心地悪いのだろう。
昨夜の夕飯の食卓は例外的に家族みんな(母親除く)で囲ったけど、全員無言で、親父は早々に酔い潰れ、その後は私と姉が喋るばかりで、兄ヘクトルは上の空であった。
なぜ兄がこんな反応かと言うと、私がミッダンテさんから貰った手紙の件で、姉ユリアがキャーキャー盛り上がっていたからだね。
女子たちの会話に混ざれない思春期男子がそこにいた。かわいそす。
だが安心しなはれ、兄よ。手紙の内容は『ユリシス誘拐未遂事件』についてだ。
特に色っぽいものではない。決してラビュレタアとかいうやつじゃない。
ちょっと良い匂いがする香紙とかいう高級紙に書かれていたけど、これはエチケット的なやつだろう。
「ユリシスくん、誘拐未遂……! だ、大丈夫だった? 怪我してない? 怖かったねえ、よしよし」
姉ユリア、ユリシスを目いっぱいハグしてから、あちこちを撫でている。心配なのだろう。心優しい姉だ。
ユリシスは姉になでなでされ瞳をキョトキョトさせたが、すぐ嬉しそうにケタケタ笑った。
「あと、『殺蛙事件』の真犯人についてもお話したいそうで……兄姉も一緒にって書いてあります。明日の朝、迎えに来るそうです」
「……んじゃあ、また明日もここ来る」
「大丈夫です? 通常業務に差し支えません?」
「あー、しばらく休んどけってギルド長に言われてる」
復活した兄が、やや白い目剥きながら話しに加わった。
退院したばかりだから、冒険者ギルドでのお仕事は気を使ってもらえているようで何よりだ。
「ギルド長さんと言えば……ご挨拶には、いつ行きましょうかね? 明日は無理だと思うのです」
「ん~ギルド長、今、居ねえらしいから、帰ってきたらでいいんじゃね?」
どうやら兄、姉を抱えたまま精霊商店を飛び出した後、冒険者ギルドへ行ったみたいだ。マロくんに追いかけられながら。
冒険者ギルドで騒動を起こしながらもギルド長不在を知り、我が家の方へと避難したはいいけどマロくんはどこまでもくっついて来たと。
どこまでもどこまでも……ストーカーかな。
マロくんたら、ミッダンテさんがいなかったら我が家に泊まる勢いだったのかもしれない。
こんな、食卓の大机さえガタガタな荒屋に、お高貴な人を泊める客室なんぞ無いよ。帰って正解。
あ、食卓を【復元復活】で直しておこう。よし、ガタつかなくなった。ポイント貰えた。すんばらしい。
そして本日、晴れやかな朝の日差しの中、満を持して現れるのです。
「私のユリア、おはよう」
一晩経って落ち着いたのでしょうか。そこには甘い笑顔の微笑み王子が立っておりました。
姉ユリア、その顔はあれだ。ときめきがめきめきした顔だ。良かったね。
さて、豪勢にも三頭引きの大きな馬車でやってきた微笑み王子。
この貧乏人の巣窟で、それはあかんやろ。目立ち過ぎ。
そう思ったのは私だけではないようで、兄も目ん玉ひん剥いて「早く出発しよう」となった。
長居したら危ない。ご近所さんからの【悪意感知】はビンビンだ。
こういう時のために王侯貴族なら護衛を連れて来そうなものだが、なぜか護衛なし行動なのだ。このロイヤル兄弟は。謎。
馬車は御者さんに操られパッカパッカと進む。
護衛はいないけど御者さんはいる。いつも同じ人。挨拶しても返してくれない無言の人でもある。黙々と仕事をする仕事人なのだろう。
「おはようございます、エアリーお嬢様」
「ミアさん、おはようございます。今日も素敵メイドさんですね。早速ですが、すいません、先に『精霊商店』へ寄っていただけませんか?」
ユリシスのお乳が、お乳が、もう無いのじゃよ。
「それは大変です。こちらは急いておりませんので、先に寄りましょう。勝手に予定を立てたのもこちらですから、融通は利かせますよ」
メイド姿のミアさん、御者さんに「急行で」と命じたのも束の間、ものの数秒で『精霊商店』に到着した。
「────ほ?」
「さあ、お手を」
お手を拝借で馬車を降りる。
何がどうなって、こんなに早く目的地に着いたのか……?
理由を知りたいけど、ユリシスのおまんまが先だ。
ユリシスったら、お鼻をヒクヒクして今にも泣き叫びそうだから急がねば。
気ばかり急いて、お店に入った。




