042、いつの間にか進んでたことって、あるよね
「おっす、エアリー。今日は早いな」
「おはゼンダ氏! 急いでるのマリアさんは」
「精霊に呼びに行かせたよ。いつものとこで待ってな」
気が利くねゼンダ氏。伊達に髪の毛もっさり前髪じゃないね。そのもっさりの隙間から精霊が見えるのか? さすが『精霊商店』の店員だ。
しばし待ったらマリアさん来てくれた。
「いらっしゃい、皆さん……あらあら、お急ぎのようね」
精霊の伝言により事情は把握していらっしゃるようだ。直ぐにマリアさんはケープを羽織って授乳の用意。ユリシスを授乳枕に乗せた途端、はい、かぶりついたァ! ユリシス、待ちきれないスピードでレッツおっぱぁぁい!
この隙に私は動画視聴。卸す商品はもちろん、特にベビーニップルと哺乳瓶と搾乳器の動画を観まくった。
三十分程が経ち、ベビーニップル30点、哺乳瓶30点、搾乳器10点、その他のベビー用品も20点ほど、所狭しと目の前に出揃う。
基本、動画一本が五分前後、現実世界では50秒程。三十分で三十点の計算。
でもこれは通常。倍速で観ると二倍の量。
更に、この度[速度選択]に三倍速が増えていたので、通常の三倍の量を生産できた次第。
気づけばステータスアップもしてそうなステルスレベルアップに感謝である。
ユリシスの豪快なゲップ後、搾乳器で母乳を搾ってもらったら、一本の哺乳瓶に満タンいただけた。ストックできた。ありがてえ。
「慌ただしくすみません。ユリシスが泣く度に気が気じゃなかったもので」
昨夜など、ユリシスからお腹減ったと催促される度、目減りしていくストックに冷や冷やしたものだよ。足りなくなったら申し訳ねえって思いながら。
「気持ちわかるわ。レオノスの時は最初、お乳が出なくてね。お乳をあげられないなんて母親失格だわって、かなり落ち込んだのよ……」
おお、同士……!
私は前世でだけど、産院でお乳を出すトレーニングをした。
産んだばかりでも乳が出やすい体質の人は良いが、出にくい人は助産師さんに揉んでもらったり、お乳が出る体操とかしていた。
初めは、お胸がジンジンして乳首の先からジワリと出ることは出るが、圧倒的に量が少なくてね。息子は腹減ったと、もっと寄越せと泣き叫ぶし、あの時は参ったなあ。
いっぱい出て、安定してお乳をあげれるようになった時、どれだけ嬉しかったことか……。
などと懐かしく前世のお乳事情を振り返りつつ、レオノスくんとアウロくんに「まったねー」と手を振っている間に馬車が店の前に横付けされる。
この横付けは毎度のことだが、優秀で寡黙な御者さんが出入口に馬車の扉を寸分の狂いなく停車させる技は、純粋に凄いと思う。
前世での、日本の電車並の正確さである。
「いつもありがとうございまーす」
「…………」
まあ、挨拶も会釈もしない御者さんなんだが。
馬車に乗り込む前に、玄関脇の花壇へ水をやるゼンダ氏を発見。
ゼンダ氏の周り、水色に淡く輝く光が漂っているが……あれは精霊かな?
精霊さんが、この店全体に絡みつくように聳え立っている樹木に、たくさん集まっていることは知っていても、その姿形はハッキリ見えない私。でも、毎日ここに通うようになって、なんとなく精霊の存在みたいなものは感じるようになった。
「おっ、もう帰り?」
「ラグお爺ちゃんにお呼ばれしててね」
「なるー。気をつけて行けよ。世の中、物騒だからな」
「ありがと。そうしてると『精霊商店』の店員みたいだよ」
「『精霊商店』の店員だが?」
ですよねー。
ニヒヒと愛想笑いで誤魔化してから馬車へ向き直ると、すかさず、「エアリーお嬢様、お手を」とミアさんが。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、お嬢様をエスコートする栄誉を賜りまして光栄です」
て、なぜここでキラキラオーラを出すかな?! 姿はメイドさんなのに、ここで紳士ムーヴしたら駄目でしょう?!
目、目、目がぁ、眩し過ぎて潰れるう。と、某大佐の気分で視線を逸らし、座席へ。
既に兄姉は乗り込み、ユリシスが大きい方を催したみたいでオムツ替えしているところだった。
「うんこはなるべく広いところでしろ。狭い馬車の中ですんな。……あ? 生理現象に文句言うなこの下僕とか思ってんだろ。知ってんだぞ、お前、エアリーやユリアの胸を見て残念がってるだろ。……あん? ここで言うなだと? ここで言わなきゃいつ言うんだ」
まーた兄がユリシスとツーカーなことしておる。
う、羨ましくないんだからね!
馬車は一路、都市門を目指す。王都へ行くためだ。
ラグお爺ちゃんのお屋敷は王都にある。ミアさんは毎日、王都からこの都市へ通って来ていたのだ。
めっちゃ遠距離通勤……て、思うじゃない?
ところがどっこい。
都市門を潜れば、そこからは高速道路に乗るから、そんなに時間はかからない。通算の通勤時間は一時間以内だそう。
「うわああ……! え、これ、陸橋の上を走ってるの?」
都心へと、真っ直ぐに向かうアウトバーンは石畳で舗装され、歩道用・車道用・追い越し用と三車線ある。
この馬車はラグお爺ちゃん作製の特別仕立てな馬車だから、これまでの普通の道路でも揺れが少なくて快適だったけど、高速道路に乗った途端、もっとスムーズに動くようになった。
振動なんてゼロ。まるで新幹線のような乗り心地の中、追い越し車線を一直線に走ってゆく。
他の馬車なんか目じゃないスピードだね。さす三頭立て馬車。
「お兄ちゃん、見て、見て、下は麦畑だよ。あっ、あそこ、何か生き物がいる……!」
姉ユリアもはしゃぐ快適さよ。
陸橋の両端は岩壁で景色は灰色状態だが、陸橋の下はどこまでも果てしなく続く麦畑のようで、壁の低いところや壁の隙間から、その様相が垣間見える。
麦畑は黄金色。
灰色から黄金がチラチラ見える様を、一同、飽きずに外を眺めていたら、いつの間にか王都に着いていた。
……いや、だから、何故こんなに早いのだ?
いくら高速道路に乗ったとしても、ここまで一瞬で着くとは思えない。そう思った瞬間にも、王都の中も素早く駆け抜け、数分もしない内にラグお爺ちゃんのお屋敷へ到着したのだった。
「わかった。これ、ナイトバスだ」
前世で観た某魔法少年の映画を思い出す。ナイトバスという空間を無視して進む乗り物が出てきた。あれに似ている。
ただ、ナイトバスだと乗客までもが揺れて吹っ飛んで乗り物酔いどころか怪我しそうなシーンがあったけど、この馬車は揺れひとつなく、スムーズに目的地まで辿り着いた。
ラグお爺ちゃん作の錬金馬車、やべえ……。
「一時間も掛からなかったですよね」
馬車を降りながらミアさんに尋ねる。
ミアさんはメイド姿なのに、またもや紳士然とした対応で馬車を降りる私をエスコートしてくれた。
「ちょっと急がせました。全速だとこれくらいです。ただし燃費が悪いので、普段は一時間くらいかけて通勤しておりますね」
普段はエコ通勤で、全速力だとものの数分で通えると、そういうことですね。
「急がせ……あ、精霊商店に寄ったから……すいません、私の都合で燃費悪い方を選ばせてしまって」
「いえいえ、お嬢様のせいじゃ御座いません。元より、今日の予定を勝手に押し付けたのはこちらですから。こちらの都合でお客様をお待たせしているのもあって、ラグバルド様から『急行』のご指示がありました。だから、完全にこちらの都合なのですよ」
気に病まないで下さいねと、優しいメイドさんに微笑まれたら、ときめきしか感じないのだが──。




