032、乾物屋の前で昼ドラ
中産階級が集まる市場は、都市の真ん中を流れる川を上った先にある。
貴族街までは行かないが、その手前。貴族門が見えるアルテミス通りとして、多くの店が集まっている。
ここまでゴミ拾いしながら歩いて来た。【身体強化】しているので余裕だ。素早さは足らないけれど、足腰頑丈なのはいいことだ。
ユリシスも背負えるし。
可愛いユリシスは道中で目覚めてしまったので、目の前にあった雑貨屋さんの軒先を借りて、おしめを変えた。
ついでに雑貨屋で目に付いたものを買う。
ユリシスが「ぷえ、ぷえ、ぷぷぷーう」とか手足動かしながら、はしゃいでいる。
【母子手帳】『健康・満腹・スッキリ・ご機嫌』
マリアさんにお乳を貰ってから出てきたおかげで満腹だ。更にスッキリご機嫌とは、その笑顔と動きが可愛いだけだぞ。あーかわちい、かわちい、ユリシスー。
ほっぺすりすりしてから塩探す。
塩いっぱいあった。【飲食探知】してお奨めのところで購入。ここは香辛料のお店だけど、なんと醤油が売られていた。魚醤の方だけど。
是非とも買い占めたい。しかし、安定収入もない小娘なので節約しなければ。
前回の売上金の残りや、今回もらったアイデア料があるけどね。この先、何があるか分からないし、ここは散財注意。我慢だ。
幸い、魔法でつくると材料は少しでいい。
穀物を買う時、調子に乗って大量購入してしまったから反省したのだ。
「お醤油と香辛料も、全種類、ひと瓶づつください」
反省とは。
ひと瓶づつでも全種類も買えば大量購入である。
またもや「持てるのかい?」と香辛料屋のおばちゃんに心配され、「いけます」と【育児収納】してしまう。
おばちゃんは、「便利な魔法が発現して良かったねえ」とニコニコだ。いい人だ。【悪意感知】に引っかからない店だもの。いい人が売っているに決まってるね。
次は乾物を探そうかな。出汁になるもの出汁になるもの……と、【飲食探知】したら、すぐ近所の乾物屋に注意マークがでた。
「ん? んんん? 見たことある輩がおるぞ」
濃い金髪を翻し、サイケな柄模様に毛皮という奇抜な服で、貴金属をジャラジャラ付けたあのケバい女────。
「こっち来んじゃないわよ、なんなのよアンタ、私がどこに居ようと勝手じゃない。ざっけんじゃないわよ。あっち行きなさいよ、しっしっ」
紅が厚く塗られた口から飛び出す言葉は汚い。おそらく多分、それなりのお嬢様だったあの女なのに、全てにおいて破廉恥で下品なのは、もはや歩く前衛的作品といえよう。
────て、なぁんでここにいるかなあ、カスリーナ……我が母よ。
そして、しっしっと追い払われているのは父カシオラスである。
「お前に用はねえよ。俺ぁ、そこのクソエルフと話があんだ」
ほうほう、クソエルフとな。
ふっと、そちらを見やったらば、ねじり鉢巻に黒前掛けに黒長靴な、どこをどう見ても海の男がいるわけで……。
ふーあーえるふ? うぇあーえるふ?
「やあ、カシオラス。寝取ってすまんかった!」
力強く謝りおった。悪びれもしない。いっそ清々しい寝取り発言に、店先は騒然である。
ただでさえ、カスリーナが騒いでいたのに、道行く人々から大注目を浴びる三角関係……。
何これ、カオス。まるで昼ドラだ。
「分かってんじゃねえか。だったら、俺が求めるもんも分かるよなあ」
「ああ、カス女なら、熨斗つけて返そう!」
「んなもん、要らねえよ」
修羅場だけど話ができているようだ。ただし噛み合ってない。
そっと、ユリシスの【母子手帳】を見る。
父:ギルヴェイ・ユーグ・アソヴィ
母:カスリーナ・タイショー
えーと、あのクソエルフさんが、ここに名前のあるお方でいいのかな。苗字があるから貴族だと思っていたけど、乾物屋っぽい。謎。
「寝取った女を返す。今後関わらない。それでいいじゃないか。何が不満だ?」
「慰謝料払えっつってんだよ。子供の養育費もだ。てめえが勝手に子作りしやがったから、俺はいたく傷ついてんだよ。金出せこら」
「そういうことか! ────ん? 子供だと??」
どういうことだとカスリーナに問うが、
「赤ちゃんを産んだわ。貴方にそっくりなの。認知して養ってよ。私の生活の面倒も見なさいよ。化粧品が足りないの。宝石も欲しいわ」
カスなのでカスなことしか言わない。
もう一度、「そういうことか!」と驚きを隠せないクソエルフさんことギルヴェイ・ユーグ・アソヴィさん。
長いな。乾物屋のギルさんでいっかな。
「子供に関しては認めよう。養育が必要なら、我が父祖の地へ連れて行く。だが、浮気された男に払う金は無い」
「あんだと」
「まあ、聞け。俺だってな、好きで寝取った訳じゃない。カス女が勝手に寝所へ潜り込んできたんだ。不法侵入だ。お前だって知ってるだろう。この女は男好きだ。昔っから破廉恥なんだ。俺は被害者だ。カス女に慰謝料を請求する!」
ばーん、と。漫画であったなら、ギルさんの背景には裁判所の絵と集中線と擬音語が並んでいたことだろう。
「バッカじゃないの」
カス女が、もっともなことを言った。如何せん、普段がカスなので、まともなことを言ってもカス目立ちし過ぎて、全てが非常識の部類だ。
「いいから、私を養いなさいよ」
ほら、カスだ。
「絶対に嫌だ。俺は被害者だからな。カス女を養う義務はないし、カス男に金を払う必要もない」
「けっ、クソエルフが。寝取った女の面倒も見れねえとは見下げたチンコだぜ。被害者は俺だっつーの」
大変だ。この中では、駄目親父が一番それらしいことを言っている。ただし下品だ。
それぞれが勝手なヤツらだってことは分かった。勝手にやってればいいし、勝手にくたばればいいと思う。
でも、一つだけ……。
「すみません。乾物屋さん、そこの干物を見せていただいてよろしいでしょうか?」
私は買い物に来たのだから、商品を見せて欲しい。修羅場は勝手にどこかでやって下さい。
「エアリー?! いつの間に」
駄目親父が驚いてるけど、ずっと居たよ、あんたの後ろに。
「ぎゃあ、鬼娘!」
失敬なカス女だな。咄嗟に、両腕を前で交差させて、胸を守るファラオポーズするカスリーナの横を通り、乾物屋のギルさんに話しかける。
「干し魚と、干した海藻が欲しいです。肉厚の昆布ありますかね。あ、どんこあるじゃないですか。どんこ下さい。削り節も、海苔も、あ、これ、いい風味……」
なんてこった。ギルさんの乾物屋は乾物の宝庫だった。乾物屋だから当たり前かもしれないが、ここは内陸の都市だ。海の幸が、乾き物とはいえ、こんなに沢山あるのは珍しい。目移りしちゃう。どんこは山の幸だけど。
とりま全部、少しづつ買った。
これで、前にもらった売上金の十分の一が無くなった。海の幸は高いね。
「お嬢さん、乾物に詳しいな。よく知ってんな。え、カス男とカス女の子供? トンビが鷹を産んだなこりゃあ! 魔法も一級品だ!」
堂々と【育児収納】使ったので、ついでに【母子手帳】も見せてあげる。
「ここに記述があります通り、ユリシスは貴殿とカス女の子供です。私が育てるので、心配はありません。養育費を下さると言うのなら、ありがたく頂きますが、父祖の地とやらへは、今は行くつもりはありません。できたら、これからもユリシスに会ってやって下さい。貴殿は、私の弟の、本当の父親なのですから……」
「うぐう……なんて、しっかりした子なんだ……! ユリシスというのか、知らずにすまんかった……!」
乾物屋のギルさん、泣き崩れる。
カスたちのことが嫌いなだけで、根は良い人、いや、エルフだった。
しゃがんだことで、その耳が見えた。
ユリシスと同じ、とんがりお耳だ。
こんなに寝取り寝取り言ってて大丈夫なんですかねこの小説はなろうにいていいの(以下略)




